番外編
数年後。
王都の図書館は、いつも静かだ。
だが最近、その静けさの中にひとつだけ“定番の騒がしさ”が生まれつつあった。
人々の話題は同じ本に集まっている。
『王都騒乱記録──婚約破棄とその後』
王太子の婚約破棄騒動、平民の少女、貴族社会の混乱。
事実と噂と憶測が混ざったその記録書は、なぜかいつも貸出と返却を繰り返していた。
そしてその一冊が原因で小さな火花が散る。
「それ、先に取ろうとしてた。」
同時に伸びた手の先で、本が止まる。
声を出したのは金髪の少年だった。
レイヴァン。
王太子バロンの息子で、王族として育てられている少年だ。
そして同じ本を掴んでいたのは、白銀の髪の少女。
エルナ。
ディアナと魔塔主レイの娘である。
「わたくしが先よ。」
エルナは本を離さないまま言う。
「僕が先に触れた。」
「わたくしが先。」
「でも先に狙ったのは僕だ。」
「証明できないじゃない。」
「事実だ。」
沈黙。
そして、同時に。
「ほんっとムカつくわね!」
「それはこっちの台詞だよ!」
2人は司書に注意されるまで言い争っていた。
翌日の図書館。
今度は同じ席。
「またいるの?」
エルナが先に言う。
「ここ、静かだから。」
レイヴァンは淡々と答える。
「私も静かだからここ。」
「僕の席だ他を当たれ。」
「貴方が他にいけば。」
司書が大きな咳をした。
「仕方ないわね。わたくしが反対側の席で我慢するわ。」
エルナは本を抱え直す。
「その本譲ってやったんだ、早く読んでくれ。」
「無理、まだ途中だもん。」
「できるだけ早く読んでくれ。お気に入りなんだ。」
少しの沈黙。
「その本どうだ?面白いだろ。」
レイヴァンが本を読むエルナに聞く。
「普通。」
「普通ならやめれば。」
「うるさい。」
また沈黙。
だが昨日より空気は軽い。
「僕はそれ読んで面白いと思ったけどな。」
「ふーん。」
「ディアナって人、すごいな。色んな意味で。」
「・・・そうね。」
エルナの声が少しだけ小さくなる。
「まだ貸さないわよ。」
「読み終わってからでいい。ちゃんと次は僕に貸してくれよ。」
レイヴァンは小さくため息をつく。
「分かった。読み終わったらちゃんと渡すわよ。」
「絶対だからな!約束だからな!」
「分かったわよ、約束ね。」
エルナは視線を本に戻した。
レイヴァンは反対側で静かに宿題をする。
距離はまだ遠い。
数日後 夕暮れの訓練広場
レイヴァンは木剣を構えていた。
そこへ通りかかったエルナが言う。
「こんな時間まで1人でやってるの?」
「悪いか。」
「弱そう。」
「やるか?」
「やる。」
カンッ、と木剣が鳴る。
最初は軽口。
だがすぐに本気になる。
「遅い!」
「無駄が多いよ!」
「単純!」
「アンタの行動なんて読める!」
息が上がるまで続き、同時に止まる。
「・・・やるじゃん。」
「そっちもね。」
初めて、少しだけ目が合う時間が長くなる。
帰り道。
夜道の王都。
二人は並んで歩く。
「貴方の名前。」
「レイヴァン。」
「知ってる。」
「じゃあ聞くな。」
「確認。」
「無駄だろ。」
「別にいいじゃない。」
沈黙。
「わたくしはエルナ。」
「知ってる。」
「知ってるなら最初から名前言いなさいよ。」
「お前が先に言え。」
「ムカつく。」
「同感。」
2人は小さく笑いあった。
それでも、足は揃い始めていた。
そして遠くの魔塔。
「ほんとあの子、誰に似たのかしら?」
ディアナが呟く。
レイが笑う。
「完全に君のコピーだよ」
「否定はしないわ。」
風が吹く。
王都の片隅で始まった小さな衝突は、まだ喧嘩の形をしたまま、少しずつ“隣にいる関係”へと変わっていく。
END




