21.少しずつ少しずつ
魔塔に来てからというもの、ディアナの周囲は常に騒がしかった。
それは貴族社会のような腹の探り合いではない。
もっと単純で、もっと遠慮のない“好奇心”だった。
「魅了にかかると、実際どうなるんですか?」
「記憶ってどこまで残るんです?」
「髪の色って副作用なんですか?それとも元から?」
魔法使いたちは遠慮という概念をどこかに置き忘れている。
ディアナの前に来ては同じ質問を繰り返し、満足するとまた別の仮説を立てては戻ってくる。
「(・・・仕事仲間になるために来たはずなのに。)」
ディアナは小さく息を吐く。
ため息が癖になるほど、同じことが繰り返される。
その瞬間だった。
「ディアナさんから離れなさい!!」
鋭い声が空気を切った。
「目を離すとすぐこれです!魔塔主様に報告しますよ!」
右腕の男が魔法使いたちの間に割って入る。
その名を出された瞬間、研究者たちは一斉に顔色を変えた。
「解散解散!」
「逃げろ!」
一瞬で散っていく。
場は急に静かになる。
「すみませんディアナさん」
右腕の男は深く頭を下げた。
「何度注意しても、どうしても好奇心が勝ってしまうようで。」
「仕方ないわ。」
ディアナは肩をすくめる。
「ある程度は予想していたもの。」
そして少しだけ視線を上げる。
「でも、しつこいようなら・・・顔を引っぱたいてもいいかしら?」
「許可します。」
即答だった。
ディアナは小さく笑う。
「わたくし遠慮はしないわよ。」
「いいですよ。なんせ魔塔ですから。」
当然のように返される。
そのやり取りが、妙に落ち着く。
「もうこんな時間ね。」
窓の外は夕暮れに染まっていた。
「行ってくるわ。」
魔塔の最上階。
風が抜けるバルコニーには、いつものようにテーブルが置かれていた。
だが今日は料理の匂いが違う。
香ばしいスパイスの香りと、焼いた肉の濃い匂い。
皿の上には――炭火で焼かれた骨付き肉と、香草をふんだんに使ったサラダ、それに黄金色のパンが並んでいる。
「今日も美味しそうね」
「でしょ~?今日はちょっと本気出した。」
レイは得意げに笑う。
ディアナは椅子に座り、肉を一口切った。
噛んだ瞬間、香辛料の香りが広がる。
「うん、美味しい。」
「でしょでしょ!」
「ほんと、何でもできるのね。」
「なんたって最強の魔塔主だから!」
胸を張るレイ。
その顔は、国を動かす魔術師というよりただの料理好きだった。
ディアナはふと視線を落とす。
この場所に来てから、時間の流れが少しだけ変わった気がする。
誰かに追い詰められる時間ではなく。
誰かに見張られる時間でもなく。
ただ、同じテーブルに座る時間。
それが、少しずつ増えている。
ワインを手に取りかけて、ふと顔を上げた。
「ねぇディアナ。」
「何。」
「俺のこと好き?」
唐突すぎる問い。
ディアナの手が止まる。
風の音だけがやけに大きく聞こえた。
数秒。
長い沈黙のあと。
「・・・少し。」
「少しかぁ~!!」
レイは頭を抱えた。
「そこはさ、もうちょいこう・・・あるでしょ!」
「うるさいわね。」
ディアナはそっぽを向く。
だが、口元だけは少し緩んでいる。
レイは大げさにため息をつく。
「俺、魔塔主なんだけど?」
「関係ないわよ。」
「権威ゼロか~。」
軽口が続く。
このやり取りが、いつの間にか当たり前になっていた。
ディアナは肉をもう一口食べる。
視線を逸らしたまま、心の中で呟く。
「(嘘。結構好き。)」
もちろん、声にはしない。
でも、それでいいと思っている自分がいる。
レイには気付かれない角度で、ほんの少しだけ笑った。
食事を終える頃には夜になってた。
魔塔の夜は静かだ。
だがその静けさは、孤独ではない。
研究のざわめきと、誰かの笑い声と、遠くで鳴る魔法の音。
そして、言葉にできないまま積み重なっていく距離。
壊れたはずの人生の続きは、思っていたよりもずっと騒がしく、少しだけ温かかった。
「ディアナ、好きだよ。」
「知ってる。」
END
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