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わたくしだけに魅了がかかっていた件  作者: 鈴木べにこ


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19/23

19.答えとおまじない

 レイがバロンから預かった手紙を渡した翌日のことだった。


 ディアナは自室で静かに手紙を読み終えた。


 謝罪。感謝。


 そして、もう戻れないという優しい別れ。


 涙は流れた。


 けれど以前のように取り乱すことはなかった。


 長い時間をかけて、少しずつ理解していたからだ。


 バロンはもう自分のものではない。


 そして、自分もまた昔の自分には戻れないのだと。




 夕方。


 ディアナはレイを呼び出した。



「レイ、話があるんだけど。」


「なぁに?」



 いつもの軽い調子で答えるレイ。


 ディアナは真っ直ぐ彼を見た。



「わたくしも魔塔に行くわ。」



 レイは目を見開いた。



「いいの?」


「いいも悪いも、貴方が言ったじゃない。」



 ディアナは肩をすくめる。



「わたくしには行くところがないって。」


「そりゃそうだけど・・・。」


「それに。」



 ディアナは少しだけ視線を落とした。



「わたくしの姿を見たくない人は多そうだしね。」



 その表情に浮かぶ寂しさを見て、レイは何も言えなくなる。


 王太子妃だった頃。


 多くの人を傷つけた。


 だが今は魅了騒動の中心人物として、多くの者に複雑な感情を抱かれている。


 そんな沈黙を破るように、ディアナが突然言った。



「レイ。」


「うん?」


「貴方、わたくしのこと好きよね。」


「・・・・・は?」



 レイの思考が停止した。


 ディアナは腕を組む。



「早く!かつ迅速に答えなさい!でないと引っ叩くわよ!」


「な、なんで!?」



 レイは大混乱だった。


 顔が真っ赤になる。



「あー、その・・・えーと・・・好きです!!」



 やけくそのように叫んだ。


 ディアナは満足そうに頷く。



「いつから?」


「牢の中にいる時から!」


「理由は?」


「タイプでした!すごく罵倒されたけど!」


「うん!よろしい!」



 満面の笑みだった。


 レイは恥ずかしさのあまり頭を抱えたくなる。


 なぜ告白させられているのか分からない。


 しかしディアナはふっと笑みを消し、真面目な顔になる。


 そして改めてレイと向き合った。



「最後にお願いがあるの。」


「なんだい?」



 ディアナは少しだけ迷うように目を伏せた。


 そして静かに言う。



「わたくしに魅了をかけて欲しいの。」


「えぇ!!?」

 


 レイの声が見事に裏返った。



「ちょ、ちょっと待って!何言ってるの!?」


「側妃様がわたくしにかけた人格が変わるほどの魅了じゃなくていいの。」



 ディアナは首を横に振る。



「おまじない程度の魅了でいい。」



 そして小さく笑った。



「レイならできるでしょ?」



 少し泣きそうな笑顔だった。



「わたくしはレイを好きになりたい。バロン様をいい思い出にしたいの。」



 レイは何も言えなくなった。


 ディアナの気持ちは理解できる。


 忘れたいのではない。


 前を向きたいのだ。


 過去を過去としてしまいたいのだ。


 しばらく沈黙が流れた。


 やがてレイは小さく息を吐く。



「・・・分かった。」



 ディアナは安心したように目を閉じた。


 夕陽が白色の髪を照らす。


 レイはその姿を見つめる。



 そして、そっと額に口づけた。


 続いて右手の指先。


 左手の指先。


 まるで祈るように優しく。


 数秒後。


 レイは離れた。 



「終わったよ。」



 ディアナはゆっくり目を開く。


 だが次の瞬間、眉間に皺を寄せた。



「何も変わってないわよ?」


「おまじない程度の魅了なんてそんなもんさ。」



 レイは肩をすくめる。

 


「ふーん、そう。」



 ディアナはどこか納得していない様子だった。


 だがそれ以上は追及しなかった。


 その姿を見ながらレイは心の中で苦笑する。



「(本当は魅了なんて使ってないんだけどね。)」



 レイはディアナの心を変える魔法など使いたくなかった。


 好きになってほしい。


 けれどそれは魔法ではなく、彼女自身の意思であってほしかった。


 だからレイがかけたのは魅了ではない。


 ただの願いだった。


 ――いつか自分を見てくれますように。


 夕暮れの風が吹く。


 ディアナは何も知らずに窓の外を眺める。


 レイはその姿を目に焼き付ける。


 いつか魅了のおまじないが存在しなかったこと。


 そしてあの日の口づけが、ただの演技ではなかったこと。


 それがディアナにバレるのは、ずっと後のことだった。

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