18.レイとバロン
夜の海を見下ろす小高い丘。
月明かりが波を銀色に染め、静かな潮風が二人の間を吹き抜けていた。
先に来ていたバロンは、レイの姿を見つけると軽く頭を下げた。
「来てくれてありがとうございます。」
「いえ。」
レイは短く答え、バロンの隣へ立つ。
しばらく二人は無言で海を見つめていた。
やがてバロンが口を開く。
「ディアナ・・・アレスター嬢の様子はどうですか?」
その問いにレイは少し考えてから答えた。
「うーん・・・よくはないね。」
「・・・。」
「君を想ってよく泣いてる。」
月明かりの下で、バロンは目を伏せた。
「そうですか。」
その声には苦しさが滲んでいた。
バロンもまた、過去にディアナを愛していた時期があった。
レイは横目で彼を見る。
「君とディアナ、もう本当に寄りを戻せないの?」
静かな問いだった。
責めるつもりも、無理に勧めるつもりもない。
ただ確認したかっただけだ。
バロンは海へ視線を向けたまま答える。
「正直、玉座の間で見た彼女を見た時、昔二人で幸せだった時の記憶が蘇りました・・・・。」
レイは黙って続きを待つ。
「ですが、それだけです。」
バロンの声は迷いなく続いた。
「今の僕には愛する人がいますから。」
潮風が彼の金髪を揺らす。
「元に戻ることは、一生ないでしょう。」
その言葉に嘘はなかった。
レイは小さく息を吐く。
「そっか。」
どこか寂しそうな声だった。
ディアナの気持ちを知っているからこそ、なおさら。
しかしバロンの人生もまた、ディアナのためだけにあるわけではない。
彼には彼の幸せがある。
するとバロンは懐から一通の封筒を取り出した。
白い封筒は丁寧に封がされている。
「この手紙をディアナ嬢に渡してください。」
レイはそれを受け取った。
「手紙?」
「はい。」
バロンは静かに頷く。
「内容は、あの時話を聞かずに突き放したことへの謝罪と・・・。」
一度言葉を切る。
「一時は幸せだった時間を共に過ごしてくれたことへの感謝です。」
レイは封筒を見つめた。
別れの手紙だ。
復縁を願うものではない。
ましてや期待を持たせるものでもない。
過去へのけじめ。
そして最後の優しさ。
「分かった。」
レイは大切そうに封筒を胸元へしまった。
「必ず渡すよ。」
「お願いします。」
その後、二人は少しだけ海を眺めた。
寄せては返す波の音だけが響く。
やがてレイが立ち上がる。
「じゃあ帰るよ。」
「ええ。」
レイは数歩進み、ふと振り返った。
「バロンくん。」
「なんでしょう?」
「ありがとう。君と話せてよかったよ。」
バロンは少し目を見開き、それから柔らかく微笑む。
「僕もです、ありがとうございます。そしてーー」
バロンは一呼吸置いた。
「ディアナをよろしくお願いします。」
「うん。わかってる。」
そう言い残し、レイは夜道を歩いていった。
一人残されたバロンは月の浮かぶ海を見つめる。
かつて愛した女性。
もう二度と戻らない日々。
胸の奥にわずかな痛みは残っていた。
それでも彼は後悔していなかった。
自分が選んだ今の幸せを、何より大切にしたいと思っているからだった。




