16.思い出された愛
数日後。
ディアナが暮らしている屋敷に、一人の来客が訪れた。
王太子アイル・ヨランドだった。
応接室に通されたアイルは落ち着かない様子で座っている。
シャーロットの王太子妃教育は難航していた。
王妃や教育係達も頭を抱え、近付く王太子妃適性試験に焦り始めている。
そしてアイルが思い付いた解決策が――ディアナだった。
扉が開く。
ディアナが姿を現した。
以前より顔色は少し良くなったが、その表情は冷たい。
「何しに来たの?」
歓迎されていないことは明らかだった。
それでもアイルは口を開く。
「頼みがあるんだ。」
「私はないわ。帰って。」
「聞いてほしい。」
ディアナは不機嫌そうに腕を組む。
「シャーロットの王太子妃教育を手伝ってほしい。」
空気が凍った。
ディアナは数秒固まる。
「・・・は?」
「シャーロットも頑張っているんだ。」
アイルは続ける。
「だけど覚えることが多くて。」
「・・・。」
「君なら昔から王妃教育を受けていたし――」
「ふざけないで!!」
ディアナの怒鳴り声が応接室に響いた。
アイルは目を見開く。
ディアナの肩が激しく震えていた。
「どの口でそんなことを言うのよ!!」
「ディアナ――」
「名前を呼ばないで!」
涙が滲む。
「私から全部奪ったくせに!!」
アイルは息を呑んだ。
「婚約者を失って!」
ディアナの声が震える。
「家族に見捨てられて!」
アイルは無意識に拳を握った。
「人生を壊されて!」
何か言おうとする。
だが言葉が出ない。
「それなのに今度はあの女を助けろですって!?」
涙が頬を伝う。
「どうしてそんな事が言えるの・・・?」
その声は怒りよりも悲しみに近かった。
「私はバロン様を愛していたのよ!!」
アイルの身体が強張る。
「ずっと・・・ずっと愛していたの・・・。」
ぽろぽろと涙が零れる。
「それなのに・・・。」
ディアナは唇を噛み締める。
「もうバロン様は他の方の婚約者なのよ・・・。」
アイルは視線を落とした。
「どれだけ後悔しても。」
「・・・。」
「どれだけ謝りたくても。」
胸の奥が重くなる。
「もうわたくしの所には戻って来ない・・・。」
ディアナは両手で顔を覆った。
そして。
堰を切ったように叫ぶ。
「わたくしの愛を返して!!」
悲鳴だった。
「わたくしの愛を返して!!」
涙が止まらない。
「返してよ!返して!わたくしの愛を返してぇぇぇぇ!!」
そのまま床へ崩れ落ちた。
肩を震わせながら泣く。
「バロン様・・・。」
掠れた声。
「バロン様・・・。」
その姿は痛々しかった。
すると、応接室の扉が開く。
レイだった。
騒ぎを聞き付けたのだろう。
レイは部屋の様子を一目見ただけで全てを察した。
何も言わない。
ただディアナの元へ歩く。
そして、後ろから強く抱き締めた。
「・・・レイ。」
震える声。
「うん。」
レイは静かに返事をする。
「わたくし・・・。」
「うん。」
「どうしたらいいの・・・。」
レイは少しだけ腕に力を込めた。
「今は何も考えなくていいよ。」
「・・・。」
「泣きたいだけ泣けばいい。」
ディアナはレイの腕の中で泣き続ける。
「わたくしの愛を返してよ。返して。返してよ・・・。」
何度も。
何度も。
繰り返しながら。
レイは黙って抱き締め続けた。
一方。
アイルはその光景を見つめていた。
ディアナがバロンを愛していたことは知っている。
学園へ入る前の彼女は、いつもバロンの話をしていたからだ。
嬉しそうに。
幸せそうに。
未来を語っていた。
その記憶が脳裏を過る。
そして。
レイの腕の中で泣き続けるディアナを見た瞬間。
胸の奥がずきりと痛んだ。
「・・・あ。」
思わず声が漏れる。
なぜこんな気持ちになるのか。
その答えはすぐに分かった。
バロンの婚約者だった時のディアナをよく目で追っていたことを思い出した。
バロンに向ける笑みを自分にもして欲しかったのだ。
その事実を思い出した瞬間。
アイルはただ立ち尽くすことしかできなかった。




