15.魔塔主と少女
そんな中、国王はふとディアナへ視線を向けた。
「アレスター嬢。」
名前を呼ばれ、ディアナの肩が震える。
「は、はい・・・。」
フードの奥から小さな声が漏れた。
「一つ聞きたい。」
「・・・。」
「現在の体調はどうだ?」
予想外の質問だった。
ディアナは戸惑う。
「体調・・・ですか?」
「ああ。」
国王は静かに頷いた。
ディアナは少し考えた後、正直に答える。
「食欲はあまりありません。」
「・・・。」
「夜も眠れたり眠れなかったりです。」
「そうか。」
国王は深く息を吐いた。
その姿は誰が見ても痛々しい。
白く変わった髪。
痩せた身体。
青白い顔色。
かつて王都一の美姫と呼ばれた公爵令嬢の面影は薄れていた。
「アレスター嬢、側妃がやった事の慰謝料は到底足りる物ではないが、国宝の指輪を送らせてもらう。」
周囲はざわついた。
ディアナはあたふたとした。
レイがニッと笑う。
「慰謝料にするには全然足りないけど、せっかくだからもらっときなよ。」
「・・・あ、ありがとうございます。ありがく頂戴します。」
ディアナはぺこりと頭を下げた。
国王は次に視線を移す。
「アレスター公爵。」
「は。」
ディアナの父が前へ出る。
「娘を引き取る気はあるか?」
玉座の間が静まり返る。
ディアナの指先が震えた。
聞きたくない。
けれど耳は塞げない。
「ございません。」
即答だった。
迷いすらない。
「我が家には既に娘はおりません。」
冷たい声。
ディアナは目を閉じた。
胸が少しだけ痛む。
だが泣きはしなかった。
もう何度も言われている。
傷付くことに慣れてしまった。
「そうか。」
国王もそれ以上は言わなかった。
その時だった。
「じゃあ俺が引き取る。」
場違いなほど軽い声が響いた。
全員が振り返る。
レイだった。
「は?」
国王が固まる。
「魔塔主殿?」
「だから俺が引き取る。」
レイは当然のように言った。
「元からその予定だったし。」
今度は玉座の間全体が固まった。
「・・・予定?」
第一王子レオンが聞き返す。
「うん。」
レイは頷く。
「ディアナ嬢が元気になったら魔塔に来ないかって誘ってた。」
「誘ってたのですか!?」
貴族達から驚きの声が上がる。
「だって行く場所ないでしょ?」
レイは不思議そうな顔をした。
「実家は追い出されてるし、婚約者はいないし、友達もあんまりいないし。」
「余計なお世話よ。」
ディアナが思わず睨む。
久しぶりに少し感情が動いた。
「でも事実だよね?」
「・・・。」
否定できなかった。
レイは肩を竦める。
「だから保護する予定だった。」
「保護・・・。」
国王が頭を押さえる。
世界最高の魔術師が捨て猫でも拾うような口調で公爵令嬢の今後を語っている。
「魔塔主殿。」
王妃が慎重に口を開く。
「なぜそこまでアレスター嬢を気に掛けるのです?」
「分かんない。」
即答だった。
王妃が固まる。
「分からないのですか?」
「うん。」
レイは真面目な顔で頷く。
「最初は魅了の被害者だから調べてただけ。でも放っておけなくなった。」
レイはディアナを見る。
「泣くし。」
「・・・。」
「ご飯食べないし。」
「・・・。」
「死にたいとか言うし。」
「こんなところでやめてよ。」
ディアナが真っ赤になる。
だがレイは気にしない。
「目を離したら本当に死にそうだったし。」
その言葉に空気が重くなる。
誰も否定できなかった。
今のディアナはそれほど危うい状態だった。
「だから元から引き取る予定。」
レイはあっさり言う。
「本人が嫌じゃなければだけど。」
全員の視線がディアナへ集まる。
ディアナは困ったように俯いた。
「・・・まだ決めてないわ。」
「うん。」
レイは頷く。
「知ってる。」
「・・・。」
「だから考えといてって言った。」
あまりにも自然なやり取りだった。
まるで権力争いも。
王位継承問題も。
貴族社会のしがらみも。
何も関係ないかのように。
ただ一人の傷付いた少女を心配する男と。
その男に戸惑う少女。
そんな光景だった。
そして、その様子を見ていたバロンは複雑そうに視線を伏せる。
胸の奥がざわつく。
それが何故なのか分からない。
分かりたくもなかった。
ディアナはもう自分とは関係のない人間だ。
そう思っている。
思っているはずなのに。
フードの奥で小さく俯く姿を見ると、あの日城の中庭で泣きながら自分の名を呼ぶ姿が脳裏を過った。
バロンは無意識に拳を握り締める。
そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「・・・何を考えているんだ、僕は。」
その呟きは誰にも届かなかった。




