13.自ら手放したモノ
ある日の朝。
ディアナの元へ一通の書簡が届いた。
差出人は――国王。
その内容は簡潔だった。
王城への出頭命令。
王命である以上、拒否権など存在しない。
「行きたくない・・・。」
ディアナは震える声で呟いた。
久しぶりに寝巻き以外の服を着ている。
レイが用意したシンプルなドレス。
装飾も少ない落ち着いた色合いのものだった。
だがドレスを着たところで不安は消えない。
部屋から出ることすら怖かった。
外には自分が傷付けた人達がいる。自分を憎んでいる人達がいる。そして、自分を牢へ送った人達もいる。
ディアナの手は震えていた。
「怖い?」
背後からレイが声をかける。
「・・・ええ。」
素直な答えだった。
レイは何も言わず彼女の後ろへ回る。
そして両肩にそっと手を置いた。
「俺もいるから大丈夫だよ。」
ディアナは目を伏せた。
「・・・うん。」
その一言だけ返す。
レイは小さく微笑んだ。
「じゃあ行こうか。」
次の瞬間。
転移魔法が発動した。
王城。
レイとディアナが廊下に現れた瞬間、周囲の空気が止まった。
「え?」
「あれ?」
「ディアナ・アレスター?」
通りかかった者達が足を止める。
視線が一斉に集まった。
その理由は明白だった。
髪だ。
かつて黄金のように美しかった髪は失われている。
今のディアナの髪は雪のような白。
年老いた老人を思わせる色だった。
「髪が・・・。」
「どうなってるんだ?」
囁き声が聞こえる。
ディアナは俯いた。
「やっぱりおばあちゃんみたいな色よね・・・。」
小さく呟く。
「そう?」
レイは首を傾げた。
「俺の髪と変わらないけど?」
「貴方は銀髪なの。」
ディアナはため息を吐く。
「私とは違うわ。」
レイは苦笑した。
やがて二人は玉座の間へ到着する。
巨大な扉がゆっくりと開いた。
その瞬間。
玉座の間にいた全員の視線がディアナへ向いた。
そして、誰もが言葉を失う。
「なっ!」
「髪が・・・。」
「白い!」
ざわめきが広がる。
名のある貴族の一人が思わず呟いた。
「魅了の影響か・・・?」
その言葉に空気がさらに重くなる。
玉座の間には大勢の人間が集められていた。
国王。
王妃。
第一王子レオン。
第二王子アイル。
第三王子バロン。
アイルの側近達。
シャーロット。
そして国内の有力貴族達。
まるで裁判でも始まるかのような顔ぶれだった。
すると、最初に声を上げたのはシャーロットだった。
「なんでディアナさんがここにいるのよ!」
玉座の間に高い声が響く。
「私を殺そうとした人よ!」
ディアナの身体がびくりと震えた。
「牢に戻して!」
シャーロットは指を突き付ける。
「それにその髪色!」
「・・・。」
「やっぱり悪い魔女か何かだったんだわ!」
ディアナは俯いた。
胸が痛い。
確かに自分はシャーロットを傷付けた。
それは事実だ。
だから反論できない。
悪い魔女という言葉は鋭く胸を刺した。
耐え切れず視線を逸らす。
そして。
その先にいた人物と目が合った。
バロンだった。
「ディアナ・・・!」
バロンが目を見開いている。
驚いていた。
当然だ、以前の自分とは別人のような髪色なのだから。
「・・・っ!」
ディアナは慌てて両手で髪を隠した。
白い髪を。
醜くなった自分を。
見られたくなかった。
「(バロン様・・・驚いてた。)」
胸が苦しい。
「(こんな髪・・・見られたくなかった。)」
唇を噛む。
涙が溢れそうになる。
その時だった。
ふわり。
温かな感触が肩に落ちる。
レイだった。
自分のローブをディアナへ掛けたのだ。
そしてフードを深く被せる。
白い髪が完全に隠れた。
ディアナは思わず目を見開く。
「レイ・・・。」
「気にしなくていい。」
短い言葉だった。
だが優しかった。
その様子を見たシャーロットが声を荒げる。
「なんで魔塔主様がその人といるのよ!」
怒りで顔を真っ赤にしている。
「魔塔主様!その人から離れて!」
レイはゆっくりとシャーロットを見た。
その目から笑みが消える。
冷たい。
凍えるような視線だった。
「うるさいよ。」
静かな声。
次の瞬間。
「んっ!?」
シャーロットが目を見開く。
「んんっ!? んんんーっ!?」
口が開かない。
まるで縫い付けられたように、必死に喋ろうとしているが声が出ない。
玉座の間が静まり返った。
誰もが魔塔主を見ている。
レイはそんな周囲を無視した。
真っ直ぐ玉座を見る。
そして国王へ視線を向けた。
「それで。」
世界最強の魔術師は淡々と言う。
「ディアナ嬢を呼び出して話って何?」
その一言で、玉座の間の全員の緊張がさらに高まったのだった。
重苦しい沈黙が玉座の間を支配していた。
その中で最初に口を開いたのは国王だった。
「今、民衆の中に広まっている噂だ。当事者の1人として彼女を呼んだ。」
国王の言葉に、その場にいた者達の表情が引き締まる。
誰もが理解していた。
今や王都中を騒がせているのはディアナの魅了被害の話だ。
そして、その噂によって最も立場を悪くしている人物がいる。
王太子アイル・ヨランドだ。
「父上!」
アイルが声を上げる。
「あれは所詮噂です!」
必死だった。
「魅了に関わっていたのは母上です!シャーロットも僕も関係ありません!」
すると国王は冷ややかな目を向けた。
「関わっていないだと?」
「はい!」
「では聞こう。」
国王の声は低い。
「お前はアレスター嬢がお前に惚れていた事実を知らなかったのか?」
アイルが息を詰まらせた。
「それは・・・。」
「知らなかったとは言わせんぞ。」
国王は続ける。
「彼女はお前に執着し、お前を愛し、お前の為に行動していた、お前を王太子にする為に。」
国王はアイルを見据える。
「違うか?」
「・・・・・・。」
アイルは答えられない。
「それでも・・・・母上が魅了を使って勝手にやった事です。」
ようやく絞り出した言葉だった。
「僕は知りませんでした。」
「そうか。」
国王は頷く。
「では。」
その声は冷たかった。
「お前が手に入れていた物は何だ?」
「・・・え?」
「ディアナ嬢が婚約者だったからこそ得られていた物だ。」
アイルの顔色が変わる。
「王太子の地位だ。」
玉座の間が静まり返った。
アイルは何も言えない。
確かにそうだった。
アレスター公爵家という国内最大級の後ろ盾。
その支援があったからこそ、側妃の息子であるアイルは王太子になれた。
「・・・ですが。」
アイルは唇を噛む。
「僕は知りませんでした。」
「知っていたかどうかは問題ではない。」
国王は容赦なく切り捨てた。
「そして本来の婚約者であるディアナ嬢へ婚約破棄を突き付けた後。」
「・・・・・・。」
「お前はどうやって王太子のままでいるつもりだったのだ?」
アイルは目を見開いた。
「何を言っているのですか父上!」
思わず叫ぶ。
「まるで他の兄弟が王太子になるみたいじゃないですか!」
その言葉に国王の眉間に皺が寄った。
「後ろ盾の意味を理解しているのか。」
怒気が滲む声だった。
「自分の娘を勝手に婚約破棄し。牢へ入れた。そのような相手の後ろ盾を誰がしたがる?」
アイルは言葉を失った。
ゆっくりと視線を動かす。
そして、アレスター公爵を見た。
ディアナの父。
かつて自分を支えていた男。
だが、その瞳にあったのは期待でも敬意でもない。軽蔑だった。
冷え切った視線。
まるで価値のない物を見るような目。
アイルの背筋が凍る。
その瞬間。
ようやく理解した。
自分は、王太子でいられなくなるかもしれないのだと。
「そんな・・・。」
呆然と呟く。
「だって・・・。」
視線が揺れる。
「シャーロットをディアナが殺そうとするから・・・。」
その言葉はあまりにも弱々しかった。
国王は深くため息を吐く。
「だとしても。」
静かな声だった。
だが重い。
「世の中には踏むべき手順というものがある。」
「・・・・・・。」
「証拠を集め。」
「裁判を行い。」
「罪を裁く。」
「それが国だ。」
アイルは俯いた。
「お前は王太子でありながら。」
国王は続ける。
「感情だけで動いた。そして私の許可なくアレスター嬢を婚約破棄し牢に入れた。」
「・・・・・・。」
「その結果が今だ。」
何も言い返せない。
言葉が出てこない。
アイルはただ俯くしかなかった。
ようやく。
本当にようやく。
自分が失った物の大きさを理解し始めていた。




