12.汚れたゴシップの先
王都は、ひとつの物語に支配され始めていた。
――公爵令嬢ディアナ・アレスターは、禁忌の魅了の被害者だった。
最初はただの仮説だったその言葉は、いつの間にか“事実のように扱われる物語”へと変わっていた。
王都の高級食堂。
「申し訳ございませんが、本日はご利用いただけません」
「は?私は王太子妃よ!」
シャーロットの声が店内に響く。
だが店主は静かに頭を下げるだけだった。
「現在、ディアナ・アレスター嬢に関する件で混乱がありまして……」
「またあの女!?」
シャーロットの表情が歪む。
だが店内では、すでに別の空気が流れていた。
「可哀想よね・・・。」
「全部魅了のせいだったって話でしょ?」
「婚約破棄も、暴言も、彼女が悪かったわけじゃないのかも。」
“悲劇の公爵令嬢”という言葉は、人々にとって理解しやすく、そして都合が良かった。
シャーロットは唇を噛んだ。
「違う!あの人は最初から……!」
だがその声は、もう物語にかき消されていた。
王都の大通り。
アイルは歩いていた。
その瞬間、空気が変わる。
「・・・あの人、見た?」
「王太子よね。」
「ディアナ様を追い詰めた側の。」
「でも彼魅了されてたって本当?」
「じゃあ被害者?」
「でも婚約破棄したのは事実でしょ?」
正義と噂と憶測が、同時に飛び交う。
次の瞬間。
小石が足元に転がった。
「悲劇の公爵令嬢を壊した男!」
「魅了を言い訳にするな!」
「でも操られてたなら・・・。」
怒りがぶつかり合う。
どちらの言葉も完全には否定できない。
アイルは奥歯を噛みしめた。
「全部、母上の仕業だ。」
だがその言葉すら、“説明の一つ”としてしか受け取られない。
単純な悪役がいない世界は、人々にとって一番厄介だった。
王太子の執務室
数人の貴族がアイルの書類仕事を手伝っている。
アイルは苛立ちを抑えきれずに声を上げた。
「ディアナが被害者でも、僕たちは無関係だ!」
シャーロットも続く。
「そうよ!全部側妃様がやったの!」
だがその場の空気は冷たい。
一人の貴族が静かに言う。
「仮にそうだとしても。あなた方が“悲劇の公爵令嬢”を追い詰める側に立っていた事実は消えません」
沈黙。
「でも私は本当に殺されそうになったのよ!」
「へぇ、そうですか。」
「本当よ!」
貴族はシャーロットの言葉を聞き流す。
シャーロットは理不尽に悔しさから唇を噛み締めるしかできなかった。
側近達は城の廊下の隅で小さく息を吐いていた。
「・・・もう無理じゃね?」
「どっちに転んでも終わりだろ。」
「ディアナ様が被害者でも、俺ら加担してるし。」
「被害者じゃなくても、同じだし。」
結論は一つだった。
“正しい側に立てていない”
それだけが現実だった。
自分達の未来に不安を覚えた。
こうして、王都の噂は完全にひとつの方向へ固まりつつあった。
「ディアナ様、ずっと耐えてたんだって。」
「婚約破棄も全部魅了のせいらしいわよ。」
「じゃああの暴走は?。」
「精神が壊れてたって・・・。」
「かわいそう・・・。」
人々は“理解できる悲劇”を求めた。
そしてそれは、ディアナという存在にすべてを集約させていった。
アイルは夜の窓辺に立っていた。
王都のどこを見ても同じ話題。
――悲劇の公爵令嬢。
――魅了の被害者。
――壊された名家の娘。
その中心に、自分たちの過去が塗り替えられていく。
「僕らにどうしろって言うんだ!」
答えはない。
ただもどかしさが胸に渦巻いていた。




