11.小さな変化
「やっほー!ディアナちゃん!」
「消えて。」
窓辺に座ったまま、ディアナは振り返りもしなかった。
「冷たいなぁ。」
「魔塔主って暇なの?」
「たまに暇。」
「あっそ。どっか行って。」
「行かないよ。」
レイは勝手に椅子へ腰掛けた。
「今日は君に朗報があるんだ。」
「朗報?」
「世間が君を悲劇のヒロインとして扱い始めた。」
「・・・。」
「まだ否定的な意見もあるけどね。」
「そう。」
ディアナは興味なさそうに窓の外を見る。
青空が広がっていた。
だが彼女の心は少しも晴れない。
「嬉しくないの?」
レイが首を傾げる。
「名誉を回復できるかもしれないんだよ?」
ディアナはゆっくりとレイを見た。
そして小さく笑う。
自嘲するような笑みだった。
「嬉しい?」
その声は静かだった。
「馬鹿にしてるの?」
「え・・・。」
「世間が何と言おうと、バロン様はわたくしの元に戻ってこないのに。」
部屋が静まり返る。
レイは何も言えなかった。
あの日、城で見た光景を思い出す。
泣きながらバロンの名を呼ぶディアナ。
そして振り返らなかったバロン。
「・・・ごめん。」
レイが小さく呟く。
その声にディアナは目を瞬かせた。
「貴方でもそんな顔するのね。」
「俺だって人間だよ。」
レイは苦笑した。
「ごめん。無責任だった。」
ディアナはしばらく呆然と彼を見ていた。
そして。
「ふふ。」
本当に久しぶりに笑った。
小さな小さな笑みだった。
「何?」
「いえ。」
ディアナは肩をすくめる。
「貴方にも反省とかあるのね。」
「失礼だな。」
「だっていつもヘラヘラしてるじゃない。」
「否定しない。」
レイが苦笑する。
少しだけ空気が軽くなった。
だが、その笑みもすぐに消える。
「あんなにいっぱい傷付けておいて。」
ディアナは窓の外を見た。
「まだ愛してるなんて。」
白い髪が風に揺れる。
「虫のいい話よね。」
レイは首を横に振った。
「そんな事ないよ。」
「・・・。」
「君は魅了にかかってたんだ。」
ディアナは何も言わない。
「しょうがないよ。」
「しょうがなくないわ。」
ぽつりと呟く。
「傷付いた人達にとっては関係ないもの。」
レイは言葉に詰まった。
確かにそうだった。
理由がどうあれ。
傷付いた人達の痛みは消えない。
「励ましてくれてありがとうね。」
ディアナは微笑む。
今度は少しだけ穏やかだった。
「諦めないとね。」
バロンへの気持ちを・・・。
窓から吹く風が白い髪を優しく撫でる。
かつて美しい金色だった髪。
今では雪のような白色になってしまった。
「そういえば。」
ディアナが振り返る。
「なんで私ってここにいるのかしら?」
「うん?」
「貴方も魔塔に帰らなくていいの?」
その問いにレイは困った顔をした。
「実は俺にもよく分からない。」
「は?」
「いや、本当に。」
レイは頭を掻く。
「君を見つけた時から。」
「・・・。」
「何故か君を守らなきゃいけない気がしたんだ。」
ディアナは呆れた顔をした。
「何それ。」
「俺もそう思う。」
「意味分からないわ。」
「分からない。」
世界最強の魔術師とは思えない答えだった。
ディアナは思わずため息を吐く。
「もしもだけど。」
レイは少しだけ真面目な顔になる。
「もしディアナが元気になったら。」
「・・・?」
「魔塔に住まない?」
ディアナは固まった。
「は?」
「いやだから。」
「聞こえてるわ。」
ディアナは眉をひそめる。
「貴方、私の事好きなの?」
レイは数秒考えた。
「分かんない。」
「分かんないの?」
「うん。」
レイは正直に答える。
「好きかどうかは分からない。」
「・・・。」
「でも放っておけない。」
その言葉に嘘はなかった。
「心配になるし。」
「・・・。」
「君が泣いてると嫌な気分になる。」
ディアナは黙り込む。
そんな風に言われたのは初めてだった。
「だから。」
レイは笑う。
「元気になったら来ない?」
ディアナはしばらく考えた後、視線を窓へ戻した。
「考えとくわ。」
「うん。」
レイは嬉しそうに頷く。
「考えといて。」
その言葉に。
ディアナはほんの少しだけ口元を緩めたのだった。




