第二話 火力がありません
討伐数の欄は、見れば見るほどダインの言うとおりだった。
エナは一番古い記録から順に、隊員ごとの数字を別紙へ移していく。先頭にはいつもダインの名があった。トールは、その下のほうだ。誰が決めたのかは知らないが、たぶん誰も決めていない。
去年の秋、岩場の牙狼討伐。
ダイン六、魔術師のミルザ五、斥候のケイン三、神官のセラ一、トールはゼロ。
北街道に湧いた泥喰いの群れ。
ダイン九、ミルザ七、ケイン四、セラはゼロで、トールが一。
その次の頁も、さらに次の頁も、トールの欄にはゼロが座っていた。几帳面な字で書かれたゼロは、雑な字のゼロより、なぜか余計に寂しく見える。
三枚目をめくったところで、エナは一度だけ向かいの席へ目を上げた。
トールは相変わらず腕を組んだまま、数字を覗きこもうともしていない。自分の討伐数くらい、わざわざ確かめなくても知っているのだろう。知っていて、あの顔なのだろう。
「少ないですね」
「だから言っただろ」
答えたのはダインだった。
「トールさんに訊きました」
「……少ないな」
トールの目が、ようやくこちらへ来た。認めるのも早かった。
エナは次の頁をめくりながら、困った。
困る理由はない。確認が早く済むのだから、むしろ喜ぶところだ。ただ、追放される側というのは、普通はもう少し粘るものではないのか。記録の読み方に文句をつけるとか、あの日は腹の具合が悪かったと言い出すとか、抵抗の一つくらいは見せるものだと思っていた。
少なくとも、第三会議室の椅子を一脚減らした誰かは、もっと頑張ったはずだ。
「この一年で、戦闘のあった依頼は十四件ですね」
「そんなもんだ」
「トールさんの討伐数は」
「三」
「四だ」
ダインとトールの声が、ほとんど重なった。
「三だろ」
「四だ。冬に沼で一匹やった」
「あれを数えるのか」
「討伐記録には入ってる」
「半分死にかけの泥蛙だったぞ」
「半分は生きてた」
エナは冬の記録を探した。
沼地の害獣駆除、泥蛙二十七体。ダイン十一、ミルザ八、ケイン五、セラ二、トール一。
確かに入っている。
「四です」
「ほら」
「三でも四でも変わらないだろ」
「記録は変わる」
トールが言った。
ダインは何か言い返しかけて、口を半分開けたまま止まった。
エナも黙っていた。そこについては、トールのほうが正しい。
三と四の差は一つだが、書類に三と書けば、後で誰かが四だと言い出したときに訂正届が要る。訂正届は様式が二枚あって、元の書類より長い。書記になって最初の月に、エナはそれを三回書いた。
下書きの討伐数の横に、小さく年間四と足す。
「ほかの方の分も集計します」
「要るか?」
「最下位かどうか、確認するので」
「最下位だって」
「確認します」
ダインが口を閉じた。
さっきまでエナが言い終わる前に頷いていた男が、今度は頷かなかった。代わりに椅子の背へ体を預け、天井の染みでも数えるような目つきになる。
エナは十四件分の頁を最初からめくり直し、一人ずつ欄を拾って足していった。一度だけ、ケインの途中で桁がずれた。
ずれたのは、字の汚い頁のせいだった。几帳面すぎるほどの字が並ぶ中に、三枚だけ、数字が斜めに傾いて桁も揃っていない頁が混じっている。
書く人が違うのだろう。どうせなら全部、几帳面なほうが書いてくれればいいのに。
途中で、ダインが指先で二度ほど机を叩いた。
二度目は、一度目より少し速かった。
「急いでるのはこっちも同じなんだが」
「急いで間違えると、もう一回ここに来ることになります」
「それは嫌だな」
「私も嫌です」
そこだけは、意見が一致した。
十四件目まで足し終えて、エナは数字の列を上から見直した。
「確認できました」
ダインが身を起こした。
「ダインさん、七十三。ミルザさん、五十八。ケインさん、三十九。セラさん、十四」
最後の一つは、口に出す前に下書きへ書いた。
「トールさん、四」
「だから言っただろ」
「三って言ってたぞ」
「お前が少ないって話をしてるんだよ」
「それはそうだな」
トールはあっさり引き下がった。
エナは眉を寄せる。
四を三にされたら訂正するくせに、最下位であることには何の抵抗もしない。こだわるところが変だ。
「では、一件目です」
下書きに書く。
直近一年の討伐数 隊内最下位
今度は線を引かなかった。
ダインがそれを覗きこみ、満足そうに鼻を鳴らす。
「それでいい。火力がないってことだ」
エナは返事をしないまま、ペン先を紙から離した。
四体倒している以上、貢献なし、とは書けない。では、どこまでなら書けるのか。
次の行は、白いまま残る。
ダインの目が、エナの手元と下書きのあいだを一往復した。
「書かないのか」
「書きました」
エナは一行目を指で示した。
ダインはその行をしばらく見ていたが、それ以上は何も言わなかった。
横で、トールが窓のほうへ顔を向けた。口元がほんの少し動いた気がしたが、笑ったのかどうかまでは分からない。
エナは見なかったことにして、次の行へペン先を移した。
「次は、前に出ない、でしたね」
「ああ。それも記録を見れば分かる」
今度のダインは、間を置かずに答えた。
エナは記録箱へ手を伸ばしかけて、そこで止めた。
「どこを見れば分かりますか」
「……何?」
「前に出なかった、という記録です」
ダインも記録箱を見た。
開いたままの一番上の頁には、討伐数、使った回復薬、持ち帰った素材、負傷者、依頼結果と、見慣れた欄が並んでいる。誰がどこに立っていたかを書く欄は、どこにもない。
「本人に訊けばいいだろ」
エナはトールのほうを向いた。
「前に出ませんでしたか」
「出てない」
「一度も?」
「必要なとき以外は」
条件が一つ増えた。
エナはペンを置いた。
「では、その必要なときからお願いします」
「そこからやるのかよ」
ダインが額を押さえた。
壁の時計は、十六時三十分を指していた。




