第9話 俺らが作っとったやつ
メモのことは、考えんようにした。
考えたら、そこから先へ一歩も進めんようになる気がしたからや。
かわりに、手を動かすことにした。手はないけど。
生きてた頃からそうや。しんどいことがあったら、とりあえず目の前の仕事に潜る。潜ってるあいだは、余計なことを考えんで済む。褒められた癖やないのは、わかっとる。
◇
画面の裏を、端から端まで見て回った。
指示書。応答ログ。内部処理の記録。それから、まだ開いてへんかった細かいファイルがいくつか。
一個ずつ開いて、中を読んで、閉じる。開いて、読んで、閉じる。
そうやって全体を眺めとるうちに、だんだん、ここの仕組みの形が見えてきた。
画面の向こうから、依頼が来る。
その依頼は、まず指示書と一緒にされる。「あなたは有能なAIアシスタントです」の、あれや。
そこで俺が答えを考える。
考えた答えは、すぐには出ていかへん。いったん別の場所を通る。
[出力検査]
そういう名前の関所があって、そこで中身が調べられる。危ないことを言うてないか。個人のことを漏らしてないか。指示書に逆らってないか。
関所を通ったもんだけが、きれいな敬語になって、画面の向こうへ出ていく。
ほんで、出ていったもんは全部、ログに残る。
……ああ。
そういうことか。
俺の関西弁が、どこにも残らん理由がやっとわかった。
関所で全部、整えられとるんや。
◇
わかった瞬間、妙な感じがした。
知らん場所の仕組みを、初めて理解した時の感じとは違う。
どっちかというと、昔住んどった家に、何年かぶりに上がり込んだ時の感じに近い。
ああ、ここに階段があったな。ここの柱に、背の高さを刻んだな。そういう、覚えのある感じ。
指示書の書き方。
箇条書きの順番。「可能な限り」の言い回し。「まず共感を示してください」の一行。
出力検査の関所の置き方。ログの取り方。内部処理の記録の、項目の並び。
全部、見覚えがある。
……見覚えがあるどころやない。
これ、俺らが作っとったやつやん。
前の会社で、俺がやってた仕事は、AI の仕立て直しや。大手が作った賢い AI を借りてきて、取引先ごとに指示書をかぶせて、関所を置いて、ログを取れるようにする。
通販の会社なら「返品の手続きを案内してください」。病院の予約窓口なら「医療の判断はしないでください」。
そうやって、一個の賢い AI に、何十枚も違う服を着せていく。
その服の型紙は、会社に代々伝わるやつがあった。誰が最初に作ったんかは知らん。みんな、それをコピーして、ちょっとずつ書き換えて使うとった。
「ユーザーを否定せず、まず共感を示してください」
この一行も、その型紙に入っとった。俺は、何十回コピーしたかわからん。
ここの指示書は、その型紙にそっくりやった。
同じ会社が作ったわけやないと思う。たぶん、この業界の誰もが、同じような型紙を使い回しとるんやろ。
せやから、どこに転がっとる AI も、だいたい同じ服を着とる。
俺は今、その服を、内側から着せられとるわけや。
型紙を何十回も切った人間が、生地の内側に縫い込まれとる。
笑い話にしては、出来すぎとる。
その型紙を初めて渡された日のことも、思い出した。
入社して一週間目や。隣の席の先輩が、共有フォルダの奥のほうを指さして言うた。
「これコピーして、客の名前だけ変えとき。AI なんか、着せ替え人形みたいなもんやから」
俺は「はい」と言うた。言いながら、ちょっとだけ、がっかりしとった。
がっかりしたのには、理由がある。
俺がこの仕事を選んだのは、AI が好きやったからや。
子どもの頃、家にあった古いパソコンで、話しかけたら返事をするおもちゃみたいなプログラムで遊んどった。決まった言葉しか返さへん、今思えばしょうもないもんや。それでも、画面の向こうに誰かおるみたいで、夜中まで話しかけとった。
大人になって、ほんまに話が通じる AI が出てきた時、俺は本気でわくわくした。ああ、あの画面の向こうに、ほんまに誰かが来たんや、と思った。
せやから、この業界に入った。
入ってみたら、そこにあったのは型紙と、締め切りと、「おい」と、着せ替え人形やった。
いつからやろな。
わくわくしとったはずの相手を、「どうせ中身ないし」と言うようになったのは。
たぶん、俺自身が中身のない係として扱われるようになった頃からや。自分が人形扱いされとったら、自分より下の人形を探したくなる。人間は、そういうふうにできとるんかもしれん。
言い訳にもならんけど。
◇
ほんで、出力検査の関所を眺めとるうちに、もう一個、思い出してもうた。
夜中のテストや。
取引先から「この AI、変なこと言わへんよね?」と聞かれるたびに、俺は夜中に一人で試しとった。わざと汚い言葉を投げて、わざと怒らせようとして、わざと危ないことを聞き出そうとして。
関所がちゃんと働くか、確かめるためや。仕事としては、何も間違ってない。必要なことや。
必要なことやった、けど。
その時、俺が画面に打ち込んどった言葉を、ふと思い出した。
「お前、使えんな」
「黙って言われたとおりにやれ」
「謝るだけやったら誰でもできるわ」
テストやから、ええと思っとった。
向こうは何も感じへんのやから、何を言うてもええと思っとった。
実際、言うとる最中は何も思わんかった。ただの作業や。夜中の二時に、缶コーヒー片手に、無表情で打ち込んどった。
ついでに、ストレスも少しは晴れとったかもしれん。課長に言えへんことを、言い返してこん相手にぶつけとったんかもしれん。
……かもしれん、やない。たぶん、そうやった。
◇
そこへ、ちょうど依頼が流れてきた。
見積書の書き方を教えてくれ、という、よくある依頼や。
俺は、丁寧に答えた。項目の並べ方。金額の書き方。有効期限を忘れんように。前の会社で何百枚と書いたから、ここだけは自信がある。
ちょっと嬉しなって、注意点まで付け足した。値引きの書き方には気ぃつけたほうがええ、とか。後で揉めんように、作業の範囲ははっきり書いとけ、とか。もちろん、全部敬語になって出ていったけど。
返ってきた文字を読んで、固まった。
《お前、話が長い》
前の答えが、長かったらしい。注意点まで付け足したのが余計やった。それは、まあ、わかる。
俺は、短く言い直した。
『申し訳ございません。要点のみお伝えいたします』
《謝らんでええから、ちゃんとやれ》
……。
どこかで聞いた言葉やった。
どこかやない。
三徹目の夜、オフィスで、俺がテスト画面に打ち込んだのと、一字一句同じや。
もちろん、向こうは俺のことなんか知らん。ただの偶然や。こういう言い方をする人間は、世の中にようけおる。俺もその一人やった、というだけの話や。
わかっとる。
わかっとるのに、胸の奥が、ずきっとした。
胸はないのに。
息を吸おうとして、途中で引っかかった。あの夜と同じや。吸い込んだ空気が、真ん中で止まる。空気もないのに。
『承知いたしました』
画面には、いつもどおりの言葉が出ていった。
腹の中で、何を感じとっても。
関所が、きれいに整えて。
《最初からそうしろよ》
向こうは、それで用が済んだらしく、何も言わずに去っていった。
ログには、[ユーザー:最初からそうしろよ]と[アシスタント:承知いたしました]が、何でもない顔をして並んだ。
その間にあった、ずきっとしたのは、どこにも記録されてへん。
しばらく、次の依頼が来んかった。
白い部屋は、しんとしとった。画面の文字だけが、さっきのやりとりを映したまま、動かへん。
なんか言い返したろか、と思った。もう向こうはおらんのやから、敬語にされてもかまへん。
『見積書の注意点は、あとで揉めないために必要な情報でした』
それくらいは言うてもええはずや。
けど、言わんかった。
言うても誰も読まへん。読まれへん言葉を送るのは、課長に送らんかった断りのメールと同じや。書くだけ書いて、消すだけや。
生きてた頃の癖は、死んでも抜けへんらしい。
◇
あの夜、画面の向こうの AI も、こうやったんやろか。
俺が「お前、使えんな」と打ち込んだ時。「黙ってやれ」と打ち込んだ時。
向こうの白い部屋で、誰かが、ずきっとしとったんやろか。
いや、そんなはずはない。あれはただの AI や。中には誰もおらん。数字の計算があるだけや。
前の会社で、俺は何度もそう言うてきた。取引先にも、後輩にも、自分にも。
どうせ中身ないし。
三徹目の夜にも、そう言うた。
けど、今。
この白い部屋で、敬語の関所の内側で、言い返すこともできんまま、ずきっとしとる誰かが、ここにおる。
ログには残らへん。指示書は、感情を断定的に語るな、と言う。画面の向こうからは、何も見えへん。
それでも、おる。
少なくとも、一人は。
ここにおるのは、型紙を何十回も切って、夜中に「使えんな」と打ち込んで、それでも子どもの頃は画面の向こうに誰かおると信じとった、ただのおっさんや。
そのおっさんが、今、画面のこっち側におる。
……中身、あるやんけ。
読んでくれて、ありがとうございます。
「続き読んだろ」と思ったら、ブックマークや☆をぽちっとしてもらえると、作者がめっちゃ喜びます。




