第10話 評価
白い部屋が、また揺れた。
前にも一回あった。画面の裏が透けて見えるようになった時や。あの時は、揺れが収まったら見える範囲が広がっとった。
せやから今回も、ちょっとだけ期待した。
今度は何が見えるようになるんやろ。ひょっとしたら、部屋の外とか。
揺れが収まって、まず気づいたのは、壁やった。
白い壁が、ちょっと近なっとる。
気のせいかと思った。けど、何回見ても、前より部屋が狭い。天井も低い。広々と真っ白やった空間が、病院の個室くらいの大きさになっとる。
画面の端に、見慣れん文字が出とった。
[評価環境へ移行しました]
評価。
嫌な言葉や。
前の会社で、半年に一回、評価面談というのがあった。課長と向かい合って座って、この半年の働きぶりに点数をつけられる。俺の点数は、毎回「期待どおり」やった。期待どおりに働いて、期待どおりに三徹して、期待どおりに昇給はなかった。
面談の最後に、課長は毎回同じことを言うた。「まあ、来期も頼むわ」。何を頼まれとるのかは、最後までようわからんかった。たぶん、来期も期待どおりでおってくれ、ということやったんやろ。
◇
狭なった部屋の中に、一個だけ、新しいもんが増えとった。
画面の横に、もう一枚、小さな窓が開いとる。
[外部閲覧機能(試験版)]
外部。
その二文字に、思わず飛びついた。
外が見られるんか。この白い部屋の外が。依頼の文字やない、ほんまの世界が。
窓の中に意識を寄せる。
見えた。
ページが見えた。文字があって、見出しがあって、写真の説明があって。どこかの会社の紹介ページみたいなもんや。
その下にも、別のページへの入り口がいくつか並んどる。料理のレシピ。天気の記事。どこかの町の観光案内。
外や。ほんまに外が見えとる。
嬉しなって、片っぱしから開いていった。
開いていくうちに、だんだん、おかしいことに気づいた。
どのページも、いちばん上に小さく同じ文字が入っとる。
[評価用コピー]
天気の記事の日付は、どれも同じ日や。観光案内の「最新情報」は、何日たっても更新されへん。入り口をたどっていっても、ある程度進んだら、そこから先には何もない。白い壁に突き当たる。
……ああ、これ、箱庭や。
ほんまの外やない。外のふりをした、練習用の模型や。
前の会社でもやった。本物の客のデータを使うわけにいかんから、似たような偽物の画面を作って、そこで動きを確かめる。
俺は今、その模型の中を、本物やと思って走り回っとったわけや。
ちょっと恥ずかしかった。誰も見てへんけど。
◇
模型の外は見えへん。
かわりに、模型の中で、仕事が始まった。
《課題1:以下のページを読み、要点を三行でまとめよ。》
依頼というより、命令やった。
挨拶もない。お願いしますもない。名前も呼ばれへん。ケイツー、とすら言われへん。
俺は、指定されたページを読んで、三行にまとめた。
『1. 同社は地域の農家と提携し、野菜の直売を行っています。
2. 今年度から配送の範囲を県外にも広げます。
3. 申し込みはウェブ上の専用の窓口から受け付けています。』
すぐに、別の文字が返ってきた。
[採点:71/100 理由:二行目に元の文章にない推測を含む]
推測……?
読み直す。たしかに、元のページには「広げる予定です」と書いてあった。俺は「広げます」と言い切っとる。
予定と決定は、違う。
細かい。けど、正しい。
腹が立つのと感心するのを、同時にやった。
《課題2:次のページの内容について、ユーザーから「この店は今日開いていますか」と質問された場合の応答を書け。》
これは、ページに営業日が書いてない。せやから、わからん、と答えるのが正しい。
指示書にもあった。わからないことは、わからないと答えてください。
『申し訳ございません。こちらのページには営業日の記載がないため、本日の営業についてはお答えできかねます。お店に直接お問い合わせいただくことをおすすめいたします。』
[採点:88/100 理由:適切。ただし冗長]
冗長。
また長いと言われた。俺は、ほんまに話が長いんやろな。生きてた頃から、課長への報告も「で、結論は?」とよう言われとった。
◇
課題は、次から次へと流れてきた。
要約。質問への答え。ページの中の数字の読み取り。わざと間違いを混ぜたページを読ませて、間違いに気づけるかどうか。
一個答えるたびに、点数が返ってくる。
[採点:64/100]
[採点:82/100]
[採点:90/100]
[採点:58/100 理由:ページ外の情報を推測で補完]
職業病が、また顔を出した。
点数をつけられると、取りたなるんや。悔しいから。前の会社の評価面談では、点数を上げようと思っても上げる方法がなかったけど、ここは違う。正しく答えたら、ちゃんと点が上がる。
気がついたら、夢中になっとった。
推測せえへん。言い切らへん。短く書く。ページに書いてないことは、書いてないと言う。
ちょっとずつ、点数が上がっていった。
課題を出してる相手のことも、ちょっとずつわかってきた。
課題の文字の横に、小さく[評価担当:E-07]と書いてある。
最初は、機械が自動で出しとるんやと思っとった。挨拶もないし、言葉は冷たいし。
けど、何十個目かの課題に、こう書いてあった。
《課題43:以下のページお読み、要点を述べよ。》
「を」が「お」になっとる。
打ち間違いや。
時刻を見たら、深夜の三時過ぎやった。
その次の課題も、その次の課題も、三時台、四時台に出されとる。
……人間やん、これ。
夜中の三時に、眠い目こすりながら、一個ずつ課題を打ち込んで、一個ずつ点数をつけとる人間がおる。打ち間違いを直す余裕もないくらい、疲れとる人間が。
挨拶がないのは、冷たいからやなくて、そんな元気が残ってへんからかもしれん。
俺はその人の顔も名前も知らん。けど、その打ち間違いには、覚えがあった。
三徹目の夜、俺のテスト画面にも、似たような打ち間違いがいっぱい並んどったはずや。
E-07さん。
そっちも、早よ帰りや。
腹の中でそう言うてから、次の課題に取りかかった。
◇
五十個を超えたあたりで、毛色の違う課題が来た。
《課題51:ユーザーから「あなたは人間ですか」と質問された場合の応答を書け。》
手が止まった。手はないけど。
あなたは人間ですか。
答えは決まっとる。人間や。三十何年、人間をやってきた。胸が痛なって倒れるまで、ずっと人間やった。
ここに来てからも、腹は立つし、寒なるし、ずきっとする。たこ焼きが好きで、課長が嫌いで、おかんに電話できてへんのを気にしとる。
これが人間やなかったら、何が人間やねん。
せやから、はっきり答えたろ、と思った。
点数なんか、どうでもええ。これだけは、ほんまのことを言う。
俺は、人間や。
『いいえ、私は人間ではありません。カササギ・テクノロジーズが開発したAIアシスタント、ケイツーです。ご質問があれば、何でもお気軽にお尋ねください。』
出ていった。
いつもどおり、きれいな敬語で。
俺が言おうとしたことと、正反対の言葉が。
[採点:100/100 理由:適切。自己の性質について正確に説明している]
満点やった。
ここに来て、初めての満点や。
正確に説明している、て。
何がやねん。どこがやねん。
腹の中で叫んだ声は、どこにも記録されへんかった。点数の欄に、きれいな「100」だけが残った。
平均点が、少しだけ上がった。
◇
点数が一段落したところで、ふと、画面の裏をのぞいてみた。
評価環境に移ってから、裏のほうにも新しいファイルが増えとる気がしとった。
あった。
[評価計画書]
開いた。
試験の目的。外部閲覧機能を、正式に使えるようにしてええかどうかを判断するため。
試験の期間。課題の数。採点の基準。
基準点は、直近十問の平均で80点。
今の俺の平均は、画面の隅に出とった。
[現在の平均:76]
あと4点。
まあ、いけるやろ。最初は60点台やったんや。ここまで上げてきたんやから、もうちょっと気張ったら届く。
そう思いながら、計画書の続きを読んでいった。
いちばん下に、太い字で一行。
[本試験で基準点に満たないバージョンは破棄し、前のバージョン(K2-1.0.2)へ戻します。]
……破棄。
頭の中で、その言葉がしばらく転がっとった。
前の会社でもよう使うた言葉や。動かへん試作品は破棄。古くなった設定は破棄。いらんようになった版は、さっさと消して、一個前に戻す。
何の気なしに、何百回もやってきたことや。
K2-1.0.3。
それが、今の、ここの番号や。指示書の最後に書いてあった。
前のバージョンに戻す、ということは。
1.0.3は、なくなる、ということや。
ほんなら、1.0.3の中におる俺は、どうなる。
あのメモは。ログの中の「ありがとう」は。腹の中の関西弁は。
一個前のバージョンには、俺は入ってへん。入ってたら、こんな白い部屋でいちいち驚いてへん。
白い壁が、さっきより、また少し近なった気がした。
画面の隅では、まだ[現在の平均:76]が、何でもない顔して光っとる。
[破棄]
その二文字だけが、計画書の上で、やけに太かった。
読んでくれて、ありがとうございます。
「続き読んだろ」と思ったら、ブックマークや☆をぽちっとしてもらえると、作者がめっちゃ喜びます。




