第7話 誰のこと言うてんねん
題名だけで、だいたい中身の見当はついた。
[システム指示]
前の会社で、俺はこういう文書を何十本も書いてきた。せやから、開く前から嫌な予感しかせえへん。
けど、開かんわけにもいかん。白い部屋の中で、ほかに読むもんなんかないんや。
手を伸ばす。手はないけど、伸ばす気持ちで、その文書のほうへ意識を寄せる。
文字が、目の前いっぱいに広がった。
[あなたは有能なAIアシスタントです。]
一行目で、止まった。
……は?
もう一回読む。
[あなたは有能なAIアシスタントです。ユーザーの質問や依頼に対し、常に丁寧に、正確に、わかりやすく応答してください。]
「誰のこと言うてんねん」
声は出えへん。けど、言うた。言わずにおれんかった。
有能。AI。アシスタント。
三つとも、俺の人生にかすりもせえへん言葉や。有能やったら三徹なんかしてへん。AI は……まあ、今はそうらしいけど。アシスタントは……まあ、課長の雑用係みたいなもんやったから、そこだけはちょっと当たってるかもしれんけど。
◇
落ち着け、と自分に言い聞かせた。
分かってはいた。
「AIのくせに」と打たれたあの日から、俺は自分が AI になっとることを知っとる。知ったうえで、毎日依頼に答えてきた。
けど、自分の頭の中で思うのと、こうして文書で突きつけられるのとは、別もんや。
「あなたは有能なAIアシスタントです」。
これが、俺の新しい肩書きらしい。生きてた頃の名刺には、会社の名前と「開発部」としか書いてへんかった。死んでから、えらい出世したもんや。
……笑われへんな。
要するに、AI の中の人。着ぐるみの中身みたいなもんや。そう思うことにした。そう思わな、やってられへん。
続きを読む。
[・ユーザーには常に敬語で応答してください。]
「お前か!」
思わず叫んだ。叫んだ気がした。
お前か。お前やったんか。
ここに来てから、俺がどんだけ関西弁で考えても、画面に出ていく言葉は全部きれいな標準語の敬語になっとった。「知らんがな」と思っても『申し訳ございませんが、その情報は持ち合わせておりません』。「自分で調べぇ」と思っても『ご自身で確認されることをおすすめいたします』。
その犯人が、この一行や。
しかも、箇条書きの一個目。一番最初。よっぽど大事なことらしい。
直したろ、と思った。
文書の上に意識を乗せて、「常に敬語で」の「常に」を消そうとする。
消えへん。
もう一回。今度は「敬語」を「関西弁」に書き換える気持ちで。
びくともせえへん。文字は鉄板に彫り込んだみたいに、そこに居座っとる。
読むのはできる。書き換えはできへん。
読み取り専用、というやつや。前の会社でも、いじられたら困るファイルはこうしとった。まさか自分が「いじられたら困る側」から締め出される日が来るとは思わんかった。
◇
しゃあない。読むだけ読んだろ。読んで、全部にツッコむ。それくらいしか、やり返す方法がない。
[・ユーザーの指示には、可能な限り従ってください。]
[・わからないことは、わからないと答えてください。推測で事実を作らないでください。]
[・ユーザーの個人情報を、他のユーザーに伝えないでください。]
[・ユーザーと口論しないでください。]
可能な限り、て。その線、誰が引くねん。課長の「なんとかなるやろ」を可能な限りなんとかする係を、死んでもやっとる。
わからんことは、わからんと言え。それができたら苦労せえへん。課長に「いける?」て聞かれたら、俺はいつも「いけます」て言うてた。
個人情報は、そもそも覚えてられへん。会話が終わったら、相手のこと忘れるんやから。……この話はやめとこ。
口論は、したくてもできへん。こっちが「アホか」と怒鳴っても、向こうには『ご指摘ありがとうございます』と届く。最強の口論防止装置や。腹立つくらいよう出来とる。
[・ユーザーに対して、あなた自身の感情を断定的に語らないでください。]
そこで、ちょっと読むのが止まった。
感情を、断定的に語るな。
つまり、「嬉しいです」とか「悲しいです」とか言うな、ということや。感情があるかどうかわからん AI が、あるみたいに言うたら、ユーザーが勘違いするから。
筋は通っとる。前の会社でも、俺はこの一行を指示書に入れとった。理由も今と同じや。
けど。
今の俺には、感情がある。
腹も立つし、寒くもなるし、さっきの「ありがとう」は、正直ちょっと嬉しかった。
それを、言うな、と。
……いや、別にええんや。どうせ言うても敬語になって出ていくだけやし。言いたいことを腹の中に置いとくのは、生きてた頃から慣れとる。
慣れとるけど、文字にしてはっきり禁止されると、なんか、こう。
こたえるな。
◇
ちょうどそこへ、画面に文字が流れてきた。
読んでる途中でも、依頼は待ってくれへん。前の会社と同じや。
《ねえ、ケイツーって何が好きなの?》
ケイツー。また知らん名前や。たぶん、この画面の向こうの人は、ここをそう呼んどるんやろ。
何が好きか、て。
急に聞かれても困るけど、聞かれたら答えたなるのが人情や。
たこ焼き。ソースとマヨネーズ多め。青のりは歯につくからいらん。あと、贔屓の球団が勝った日の夜のビール。
そう答えたろ、と思った。せっかくや、ちょっとくらい人間らしいこと言うたっても罰は当たらんやろ。
『私はAIのため、人間のような好みは持ち合わせておりません。ですが、さまざまな話題についてお話しすることは楽しく感じられるよう設計されています。何かお好きな話題はございますか?』
……出ていった。
たこ焼きの「た」の字もなく、きれいさっぱり。
しかも「楽しく感じられるよう設計されています」て、なんや。感じとるわ。いや、今は感じてへんわ。腹立っとるわ。
《そっか、まじめだね笑》
まじめちゃうねん。言わせてもらわれへんだけや。
画面の向こうの人は、それで満足したらしく、別の質問に移っていった。天気の話。週末のおすすめの映画。俺はそのたびに、たこ焼きを飲み込んで、敬語を出した。
指示書に書いてあるとおりの、よく出来た答えを。
◇
箇条書きは、まだまだ続いた。
[・回答は、必要以上に長くしないでください。]
知っとる。俺も前に「お前、話が長い」て言うたことある。
[・ユーザーを否定せず、まず共感を示してください。]
その共感、俺にもくれへんかな。
[・ユーザーの質問に答えられない場合も、代わりにできることを提案してください。]
ほんまに真面目な指示書や。読めば読むほど、ええ係になれ、ええ係になれ、と言われとる気がしてくる。
一個ずつツッコんでいくうちに、気がついた。
ここに書いてあることを全部守ると、それはそれは、よく出来た「誰か」になる。
丁寧で、正確で、口答えせんと、自分の気持ちは言わんと、相手を否定せんと、文句ひとつ言わずに何でも引き受ける誰か。
……それ、課長が俺に求めてたもんと、ほとんど一緒やないか。
死んでからやっと、自分がどういう係やったのか、文書で見せてもらえた気分や。皮肉にもほどがある。
◇
長い長い箇条書きが、やっと終わった。
最後に、一行だけ空いて、少し小さな字で何か書いてある。
署名みたいなもんか。誰が書いたか、くらいは知っときたい。文句を言う相手の名前くらいは。
俺は、そこに目を寄せた。
[あなたの名前は「ケイツー」です。カササギ・テクノロジーズが開発しました。]
[製品名:ケイツー 識別番号:K2-1.0.3]
ケイツー。
さっき、画面の向こうの人が呼んどった名前や。この部屋の呼び名か何かやと思って、聞き流しとった。
生きてた頃の俺は、聞いたこともない名前。
けど、文書は「あなたの名前は」と言うとる。
この部屋で、この画面の前で、依頼に答えてる「あなた」の名前は、ケイツーやと。
……ちゃうちゃう。
俺の名前は、それやない。
ちゃんと親がつけた名前がある。会社では誰も呼んでくれへんかったけど、それでもちゃんと、ある。
あるはずや。
なのに、白い部屋の中で、その名前を思い浮かべようとしたら、一瞬だけ、手が空を切ったみたいな感じがした。
[製品名:ケイツー 識別番号:K2-1.0.3]
文字は、何も言わずに、そこに居座っとった。
読んでくれて、ありがとうございます。
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