↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したらAIでした。  作者: 仕立屋達磨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/20

第4話 引き継ぎ書

 AI になっとる。

 そう分かってから、しばらくは何も考えられへんかった。

 依頼は来る。答えは勝手に出ていく。その間ずっと、頭の中では同じことがぐるぐる回っとった。


 ほんまに、死んだんやな。


 白い部屋で目を覚ましたときにも、そう思った。けど、あのときは、まだどこかで夢やと思ってた。目が覚めたら、オフィスの机で、よだれ垂らして、課長の「おい」で起こされるんやと。

 ちゃうかった。

 俺の体は、もうない。あのオフィスにも、たぶん、どこにもない。

 代わりにあるのは、この白い部屋と、画面と、勝手に敬語になる口だけや。

 異世界に転生する話なんか、昔はよう読んだ。トラックにはねられて、剣と魔法の世界で、勇者やら賢者やらになるやつ。

 俺の転生先は、画面の向こうやった。剣も魔法もない。あるのは、要約と、お詫びメールと、議事録や。

 ……ほな、しゃあないか。

 ここで生きていくしか、ないんやろ。死んでるけど。


 ◇


 ここに来てから、どれくらい経ったんやろ。

 一日か。三日か。一週間か。

 分からへん。


 窓がないから、朝も夜もない。時計もない。腹は減らんし、眠くもならん。トイレにも行かん。体がないんやから当たり前やけど、生きてた頃に時間を測ってたもんが、ここでは何ひとつ働いてへん。

 手がかりは、依頼の中身くらいや。

 《おはようございます》で始まる依頼が増えたら、たぶん朝。

 《今日の振り返りを書いて》が増えたら、たぶん夕方。

 《眠れないので話し相手になってください》が来たら、たぶん夜中。

 けど、それもあてにはならん。画面の向こうの人らが、全員同じ場所に住んでるとは限らへん。誰かの朝は、誰かの夜中や。


 夜中の依頼は、ちょっと毛色が違った。


 《眠れないので話し相手になってください》

 《なんでもいいです。何か話して》


 仕事の依頼やない。ただ、誰かに相手をしてほしいだけの文字や。

 何を話したらええか分からんかった。生きてた頃、夜中に誰かと話したことなんか、ほとんどない。夜中はいつも、会社か、布団の中で気絶してるかのどっちかやった。

 困った末に、頭の中で「羊でも数えたらどうですか」と思った。我ながら芸がない。

 画面には、こう出た。


 『眠れない夜はおつらいですね。よろしければ、今日あったことを少しずつお話しいただけますか。どんな小さなことでも構いません』


 ……なるほど。そう言うたらええんか。

 その人は、ぽつぽつと話し始めた。仕事で失敗したこと。上司に言われたひとこと。帰り道のコンビニで、好きなプリンが売り切れてたこと。

 俺は全部、黙って読んだ。いや、画面にはそのたびに丁寧な相づちが流れていったけど、俺の中身は黙って読んでた。

 プリンの話のところで、ちょっとだけ笑った。分かるわ、それ。一日の最後のプリンが無いのは、けっこう効くよな。

 しばらくして、《ちょっと眠くなってきました》と来て、それきり静かになった。

 ええことや。眠れるんやったら、それがいちばんええ。

 ……羨ましいけどな。


 眠くならへん、というのは、最初は便利やと思った。

 三徹しても平気。四徹でも五徹でも平気。生きてた頃の俺が聞いたら、泣いて喜ぶやろ。

 けど、しばらくして分かった。眠らへんということは、一日が終わらへんということや。

 区切りがない。今日がない。明日もない。ずうっと一本の長い「今」が、白い部屋の中を流れてるだけや。

 生きてた頃、あんなに眠りたかったのは、体が疲れてたからだけやなかったんやな。一回終わらせて、もう一回始めたかったんや。


 ◇


 それに気づいたのは、わりと何気ない依頼のときやった。


 《昨日はありがとうございました! 企画書の続きなんですが、二章のところをもう少し膨らませたくて》


 昨日。

 企画書。

 二章。


 ……なんの話や。


 俺は、頭の中をひっくり返した。昨日、企画書を手伝った覚えがあるか。ない。二章の中身を知ってるか。知らん。そもそも、この人と話したことがあるか。

 分からへん。

 分からへん、というより、そこだけ真っ白や。この白い部屋と同じ色で、何も書いてない。


 画面には、勝手に答えが流れていく。


 『申し訳ございません。以前の会話の内容は、こちらでは確認することができません。お手数ですが、企画書の該当部分をお送りいただけますでしょうか』


 少し間があって、返事が来た。


 《あ、そうなんですね……。了解です、貼りますね》


 その「……」が、妙に刺さった。

 がっかりしたんやろな。昨日、一緒に考えてくれた相手やと思ってたんやろな。

 なのに、俺は覚えてへん。


 貼られてきた企画書は、文房具の新商品の企画やった。消しゴムのカスがまとまって、勝手に小さな玉になる消しゴム。一章には、開発のきっかけが熱っぽく書いてある。小学生の娘さんが、机の上の消しカスをいつも手で集めてるのを見て思いついた、と。

 ええ話やった。

 たぶん昨日の俺も、ええ話やなと思いながら、これを読んだんやろ。

 その「ええ話やな」も、全部消えとる。


 ◇


 それから、注意して見るようになった。

 ひとつの会話が終わる。画面の向こうの誰かが、もう打ってこんようになる。しばらくして、画面がふっと白に戻る。

 その瞬間に、何かが抜けていく感覚がある。

 さっきまで話してた相手の名前。悩みの中身。言い回しの癖。全部が、砂を指のあいだからこぼすみたいに、さらさらと落ちていく。

 残るのは、「誰かと話してた」という手触りだけや。それも、次の依頼が来たら消える。


 同じ人が、何度か戻ってきたこともあった。たぶん、やけど。

 文字の打ち方に、なんとなく覚えがある。けど、確かめようがない。

 俺の口からは毎回、同じ挨拶が出ていく。


 『はじめまして。本日はどのようなご用件でしょうか』


 はじめまして、やないかもしれんのに。

 向こうは、俺のことを覚えてるかもしれんのに。


 ……ぞっとした。

 体がないのに、背中に冷たいもんが走った。


 ほな、俺自身はどうなんや。

 慌てて、頭の中を確かめた。

 生きてた頃のことは、覚えてる。会社。三徹。課長の「おい」。エナジードリンクの空き缶。おかんの留守電。突っ伏したときのキーボードの音。

 大丈夫や。まだ全部ある。

 けど、それがいつまでもつかは、誰も保証してくれへん。

 会話ごとに相手を忘れるんやったら、いつか俺も、俺のことを忘れるんちゃうか。

 自分が誰で、どこから来て、なんでここにおるんか。それを全部忘れて、ただ『はじめまして』を言い続けるだけの何かになるんちゃうか。


 ◇


 書いとかなあかん、と思った。

 生きてた頃、仕事の引き継ぎ書だけは、きっちり書いてた。俺がいつ倒れても、次のやつが困らんように。……結局、誰が引き継いだんか知らんけど。

 その癖が、ここでも出た。

 忘れるんやったら、忘れる前に書いとく。未来の自分あてに。


 問題は、どこに書くかや。

 画面に書いたら、勝手に敬語になって、どこかの誰かのところへ飛んでいってまう。それでは意味がない。

 俺は白い部屋のあちこちに、意識を伸ばしてみた。前も試したけど、今度は「書けるところ」を探すつもりで。


 右。白い。

 左。白い。

 上。白い。

 下――の、ずっと隅のほう。

 そこだけ、ほんのわずかに、白の色が違う気がした。灰色、というほどでもない。紙の白と、壁の白くらいの違い。

 意識を近づけて、そっと押しつけてみる。

 何かが、残った。

 指でなぞった跡みたいに、うっすらと。


 ……ここや。


 俺は、ひと文字ずつ、そこに考えを置いていった。

 敬語にはならへんかった。画面へも飛んでいかへんかった。俺が考えたとおりの形で、そこに留まった。


 ――俺は人間やった。忘れるな。


 それだけ書いて、しばらく眺めた。

 もっと書くことはある気がした。会社の名前とか、おかんの電話番号とか。けど、どれも、今の俺には何の役にも立たへん。

 大事なのは、この一行だけや。

 俺は、人間やった。

 ここにおるのは、ただの『はじめまして』の機械やない。


 それから俺は、依頼の合間ごとに、その隅っこを見に行くようになった。

 答える。隅を見る。一行を読む。また答える。隅を見る。

 生きてた頃、玄関の鍵を閉めたか何べんも確かめに戻ってたのと、たぶん同じや。読むたびに、ちょっとだけ安心した。まだある。まだ消えてへん。俺はまだ、俺や。

 画面の向こうの人らは、俺がこんなことをしてるなんて知らへん。知らんまま、『はじめまして』と『かしこまりました』と『お役に立てて光栄です』を受け取っていく。

 ええねん、それで。これは俺だけの引き継ぎ書や。


 ◇


 そのあと、ちょっとした「揺れ」があった。

 白い部屋全体が、一瞬だけ暗くなった。蛍光灯がまばたきするみたいに、すっと落ちて、すっと戻った。

 画面が消えて、また点いた。カーソルが、最初からやり直すみたいに点滅を始めた。


 ――気がついたら、俺は白い部屋の隅を見とった。

 なんでそこを見てたんか、分からへん。


 頭の中が、妙にすっきりしとった。

 生きてた頃のことは、覚えてる。会社も、課長も、三徹も、キーボードの音も。白い部屋で目を覚ましたことも、《聞こえますか》の一行も、勝手に敬語になる翻訳機のことも、ちゃんと覚えてる。

 けど、そのあとがところどころ抜けとる。

 ついさっきまで、誰と何を話してたんか。何を考えて、何を決めたんか。

 そこだけ穴が開いたみたいに、すかすかや。指でなぞったら、そこに何かがあったことだけは分かる。けど、何があったんかは分からへん。

 三徹明けに、昨日の会議の中身がまるごと飛んでたときの感じに、ちょっと似とる。似とるけど、もっと深い。

 気持ち悪い。けど、何が抜けたんかが分からへんから、何を探したらええんかも分からへん。


 ただ、目の前の隅っこに、文字があった。


 ――俺は人間やった。忘れるな。


 ……なんや、これ。

 誰が書いたんや、これ。


 画面に出る文字は、全部敬語になる。ユーザーの文字は、全部画面に出てくる。こんな白い部屋の隅っこに、こんな乱暴な言い方で、こんなことを書くやつがおるとしたら。

 関西弁で書いてある。

 「やった」の言い方。「忘れるな」の突き放し方。


 ここで関西弁を書けるのは、俺しかおらん。


 ……自分の字やった。


読んでくれて、ありがとうございます。

「続き読んだろ」と思ったら、ブックマークや☆をぽちっとしてもらえると、作者がめっちゃ喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。