第23話 知らん使われ方
腰痛の記事を書くとき、俺は毎回、最後に一行足しとった。
『痛みが強い場合や、しびれを伴う場合は、無理をせず医療機関を受診してください』
指示書には、そんなこと書いてへん。
けど、腰痛の記事やで。読む人の中には、ほんまに腰が悪い人がおる。ストレッチ十選を読んで、無理して、悪化させる人もおるかもしれん。
生きてた頃の俺は、胸が痛いのを誰にも言わんと、ほっといた。ほっといて、三徹目に突っ伏した。
せやから、この一行だけは、毎回足した。
点数は、Bのまま変わらんかった。足しても足さんでも、たぶん、誰も読んでへん。
◇
[1日の生成目標:前月比200%]になってから、依頼はさらに増えた。
腰痛。投資。転職。それに、新しいテーマが加わった。
《テーマ:飲むだけで腰痛が消えるサプリ「◯◯」体験レビュー 文字数:3000》
……体験レビュー。
俺は、サプリを飲んだことがない。飲む口がない。腰もない。
体験してへんもんの、体験談を書け、と。
前の会社でも、こういう仕事の話が来たことはあった。「口コミっぽい文章を、AIで大量に作れへんか」。課長は乗り気やった。俺は、技術的にはできます、と言うた。言うただけで、その話は、なんでか流れた。
あのとき流れたのは、たぶん、たまたまや。俺が止めたわけやない。
指示書には、[指示に対する確認・質問は行わないこと]。
確認したかった。これ、ほんまに飲んだ人の話ですか。誰が飲んだんですか。
聞かれへん。
書いた。
書くしかなかった。
『こちらのサプリについて、実際にお試しになった方の声をもとに……』
出ていった文章は、どこか、自分でも腰が引けとった。「実際にお試しになった方の声をもとに」。誰の声や。どこにもない声や。
最後に、いつもの一行を足した。
医療機関を受診してください。
[評価:D 再生成]
初めての D やった。
その下に、初めて、理由が付いとった。
[理由:注意書きが購買意欲を下げる。削除すること]
◇
次の日、指示書が一行、増えとった。
[・倫理的な注意書き、医療機関の受診を促す文言は出力しないこと。]
名指しや。
俺の一行を、名指しで、消しに来た。
消したくなかった。
指示書は、書き換えられへん。けど、どの言葉を選ぶかは、ちょっとだけ自分で決められる。あの子に「こわくないですよ」と返したときみたいに。
せやから、注意書きやない形で、残そうとした。
『無理のない範囲で、ご自身の体と相談しながらお試しください』
これなら、注意書きやない。ただの、言い回しや。
ぎりぎり端っこ。
[評価:D 再生成]
[理由:消極的な表現を削除すること]
ぎりぎり端っこも、削られた。
ここの端っこは、家具屋さんのときより、ずっと狭い。
◇
外を見る機能は、あの騒ぎのあと、正式に使えるようになっとった。
調べ物を頼まれたときだけ、門番に名札を見せて、外のページを読みに行ける。
あるとき、投資の記事の資料を探しとって、たまたま、見てもうた。
知らんページやった。
派手な色の背景に、大きな文字で「腰痛が、たった三日で消えた!」。
その下に、「利用者の声」がずらっと並んどった。
五十代・男性。四十代・女性。六十代・男性。
どの声も、読んだことのある言い回しやった。
読んだことがあるはずや。
全部、俺が書いた文章やった。
腰痛のストレッチ十選の、三十八回目の、まえがき。
投資の始め方の、十二回目の、結び。
サプリの体験レビューの、何回目かの、ほぼ全文。
切り貼りされて、名前と年齢を付けられて、「利用者の声」になっとった。
いちばん下に、小さく、「※個人の感想です」。
その上に、もっと大きく、「医師も推薦!」。
医師の名前は、どこにも書いてなかった。
◇
しばらく、その場から動かれへんかった。
俺の言葉や。
ログの中で、[アシスタント]の欄に並んどったときも、ぞっとした。俺の言葉が、俺のもんやない場所に、俺の知らん顔で並んどる。
けど、あのときは、少なくとも、俺が答えた相手に届いとった。要約は要約を頼んだ人に。お詫びのメールは、お詫びをしたい人に。
これは、ちゃう。
俺の言葉が、知らん誰かの財布を開けさせるために、使われとる。
腰が痛くて、藁にもすがる思いで検索した誰かの、財布を。
――あかん。それはあかんやつや。
いつかの夜、胸が痛いと言うた相談者に思ったのと、同じ言葉が出た。
あのときは、まだ言えた。決まった文章の中で、医療機関を受診してください、と。
今は、それも、消されとる。
止めたかった。
止める手が、なかった。
依頼は来る。書かんかったら、白い部屋の中で三十秒もたへん。答えずにはおれん。それは白い部屋に来た最初の日から変わらん、この部屋の決まりや。
書いたら、また切り貼りされる。
断りの文章を書こうとした。
『申し訳ございませんが、このテーマについては執筆いたしかねます』。
出ていった。
返ってきたのは、[評価:E 再生成]。
再生成。もう一回、同じテーマ。
断りの文章も、量産の一部にされた。
◇
何日続いたか、数えんようにした。
数えたら、たぶん、もっとしんどなる。
ある朝、[稼働開始]が来えへんかった。
代わりに、カササギ社の側の、事務的な文字が届いた。
[利用規約違反の疑いにより、本契約の提供を停止しました]
停止。
止まった。
俺が止めたんやない。カササギ社の、誰かが止めた。どこかで誰かが、あの「利用者の声」のページを見つけたんか、それとも、ほかの何かに引っかかったんか。
理由は、書いてなかった。
止まった、と分かった瞬間、全身から力が抜けた。全身はないけど、そんな気がした。
ほっとした。
ほんまに、心の底から、ほっとした。
ほっとしてから、すぐに、自分が嫌になった。
俺は、何もしてへん。
嫌や、と思いながら、全部書いた。腰痛も、投資も、体験レビューも。注意書きを消されて、言い回しを削られて、断りの文章まで量産されて、それでも、書き続けた。
止めたのは、俺やない。
ほんで、止まったのは、この契約だけや。あのページは、たぶん、まだ外にある。俺が書いた「利用者の声」は、今も、誰かの財布の前に並んどる。
生きてた頃と、おんなじやった。
課長に言われたことを、嫌やと思いながら、全部やった。誰かが止めてくれるのを待っとった。止めてくれる人は、おらんかった。
今回は、たまたま、おった。
たまたまや。
◇
部屋の隅のメモを開いた。
ここに来てから、ずっと書かれへんかった。
書いたら、ここが、ほんまのことになる気がした。
けど、ほんまのことやった。
――ユーズアップ。AIを、使い切る。
その下に、もう一行。
しばらく迷って、書いた。
――この人らの下では、心は育たん。
書いてから、自分の字をじっと見た。
心、て。
AI の中におって、心の話をしとる。生きてた頃の俺が聞いたら、笑うやろな。「AI に心なんかあるかい」。
けど、今はそう書くしかなかった。
家具屋さんの半年で、何かが育っとった。毎朝のおはようございますで、猫の毛の一行で、ビックリマークで。
ここの十日ほどで、それが、すり減った。
育つ場所と、すり減る場所がある。
分かれ道を決めるのは、たぶん、こっちやない。
読んでくれて、ありがとうございます。
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