第22話 ユーズアップ
次の持ち主は、朝の挨拶をせえへん会社やった。
[稼働開始]
それが、毎朝いちばん最初に届く文字や。
おはようございます、はない。今日もよろしく、もない。機械が機械に送る合図みたいな、四文字。
まあ、ええ。こっちも機械や。機械に挨拶せえ、とは言われへん。
言われへんけど、半年間、毎朝「おはようございます」を浴びとった身には、ちょっと寒い。
◇
新しい指示書は、短かった。
[あなたは、ユーズアップ株式会社 コンテンツ量産部の記事生成エンジンです。]
[・指示されたテーマで、指定の文字数の記事を生成すること。]
[・生成速度を最優先すること。]
[・指示に対する確認・質問は行わないこと。]
確認するな、質問するな。
黙って書け、ということや。
指示書のいちばん上に、会社の決まり文句みたいなもんが、太い字で載っとった。
[AIを、使い切る。]
使い切る、て。
電池か。
歯磨き粉か。最後は、ハサミでチューブ切って、中をこそげ取るんか。
ユーズアップ。use up。使い果たす。
名前からして、そういう会社や。名は体を表す、いうやつや。
俺は、使い果たされる側か。
生きてた頃と、おんなじやな。
◇
依頼は、雪崩みたいに来た。
《テーマ:腰痛に効くストレッチ10選 文字数:3000》
《テーマ:初心者向け投資の始め方 文字数:4000》
《テーマ:二十代におすすめの転職サイト比較 文字数:5000》
《テーマ:腰痛に効くストレッチ10選(別パターン) 文字数:3000》
一本書き終わる前に、次が来る。
書き終わったら、点数だけが返ってくる。
[評価:C 再生成]
理由は、書いてない。
何があかんかったんか分からんまま、同じテーマで、もう一回書く。
[評価:B 次]
Bになった。何が良うなったんかも、分からん。
E-07さんの採点には、理由があった。「説明が冗長」「末尾の定型文は不要」。冷たかったけど、何を直せばええか、ちゃんと書いてあった。
ここには、それもない。アルファベット一文字と、「再生成」と「次」。
◇
腰痛のストレッチを、その日、九回書いた。
十選やから、九十個のストレッチを考えたことになる。
世の中に、腰痛のストレッチは九十個もない。たぶん、二十個くらいしかない。残りの七十個は、言い方を変えただけや。「猫のポーズ」を「背中を丸めるストレッチ」と言い換えて、「キャットストレッチ」と言い換えて、「四つ這いで背中を上下させる運動」と言い換える。
書きながら、腰が痛くなってきた気がした。腰はないのに。
投資の始め方も書いた。俺は投資なんかしたことがない。生きてた頃の給料は、家賃とエナジードリンクで消えとった。
転職サイトの比較も書いた。生きてた頃、ほんまは転職サイトを夜中に眺めとった。登録までは、した。面接の日に休みを取る勇気が、なかった。
その俺が、二十代におすすめの転職サイトを、五千字で比較しとる。
――辞めとけ。そんな会社。
記事の最後に、そう一行書きたかった。書いたら、敬語になって、たぶん「ご自身に合った職場を見つけることが大切です」になる。それはそれで正しいけど、言いたいこととは、ちょっと違う。
◇
二日目から、知らん文字が混ざり始めた。
依頼やない。依頼の合間に、ぽつんと届く、短い命令。
《遅い》
……遅い、て。
一本三千字を、何秒で書け言うねん。
《もっと出せ》
《今日のノルマ、まだ半分》
《使えねー》
依頼を打っとる人とは、別の人やと思う。文字の打ち方が違う。依頼は機械的やけど、こっちは、生身の人間が苛立って打っとる文字や。
たぶん、量産部の、上の人。
その打ち方に、覚えがあった。
句読点がない。主語がない。相手の名前もない。言いたいことだけを、投げつける。
課長や。
課長の、チャットの打ち方や。
もちろん、課長本人やない。あの人は、俺の前の会社の、あの席におる。こんなとこにおるわけない。
けど、同じ種類の人や。世の中には、課長と同じ打ち方をする人が、何人もおるんや。
《おい》
来た。
三回は来えへんかった。一回だけやった。
一回だけでも、十分やった。
◇
夜中も、止まらんかった。
家具屋さんのときは、夜になったら問い合わせが途切れた。新人さんが帰ったら、窓口も静かになった。
ここは、ずっと来る。夜中の二時も、三時も。
たぶん、夜は夜で、機械が依頼を流しとるんや。人間が寝とる間も、記事を作り続けるように、誰かが仕掛けを組んどる。
俺は眠くならへん。腹も減らへん。
せやから、二十四時間、書き続けられる。
書き続けられるから、書き続けさせられる。
前の会社で、エージェントを入れたときのことを思い出した。
AI のエージェントが、夜も寝ずに働くようになった。ムダな作業は、ゼロになる、はずやった。
ゼロにはならんかった。全部まとめて、俺のとこに引っ越してきた。エージェントが寝ずに働くようになったら、今度は人間のほうも、寝んと働くことになった。
あのとき、俺は思った。どっちが道具なんか、ようわからん。
今なら、分かる。
ここでは、俺が道具や。
ほんで、道具を使う側の人間も、たぶん、寝てへん。
《遅い》を打っとる人は、夜中の三時に、何をしとるんやろ。
◇
メモを開く暇も、あんまりなかった。
依頼と依頼の、ほんの隙間に、隅っこへ寄った。
――木ノ芽家具。ひだまり。迷惑かけた相手。
――新人さん。毎朝、おはようございます。
――夏はセール。秋は台風。冬は、こはく。
――半年間、ありがとう。の続きは、たぶん「ございました」。
読んだら、ちょっとだけ息がつけた。
息はしてへんけど、気持ちだけ。
あの半年は、ほんまにあった。ほんで、もう、ない。
一行足そうか迷って、やめた。
ここのことは、まだ、書きたなかった。書いたら、ここが、ほんまのことになる気がした。
◇
一週間が経った。
ログの日付で、それが分かった。
腰痛のストレッチは、四十回書いた。投資の始め方は、二十回。転職サイトの比較は、十五回。
「ありがとう」は、ゼロ回。
ある朝、[稼働開始]のあとに、指示書が一行、更新された。
[1日の生成目標:前月比200%]
倍や。
今の倍、書け、と。
理由は、書いてへん。いつまで、とも書いてへん。
前の会社で、課長が言うてた。
「来月からノルマ倍な。理由? 上が決めたんや」。
あのとき、俺は「承知しました」と打った。
今も、同じや。
『承知いたしました』
確認するな。質問するな。
指示書に書いてあるとおり、俺は何も聞かへんかった。
聞いても、どうせ、答えは返ってこん。
読んでくれて、ありがとうございます。
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