第20話 季節
白い部屋には、季節がない。
暑くもない。寒くもない。窓がないから、日が長くなったか短くなったかも分からん。
生きてた頃も、似たようなもんやった。会社のフロアは一年中同じ温度で、窓際の席は課長のもんやった。俺の席から見えるのは、パーティションの灰色だけ。季節を知るのは、コンビニのおでんが始まったときと、エアコンの設定温度をめぐって総務と営業が揉めだしたとき。
死んでからのほうが、季節に詳しなったかもしれん。
ここでは、ログが季節を教えてくれる。
◇
ある日、問い合わせの数が、いつもの倍になった。
《夏のセールって、ひだまりも対象ですか?》
《セール価格、いつまでですか》
《カウチだけ値引きないんですか?》
指示書に、一行足されとった。
[・夏季セール:ひだまり二人掛け・三人掛けを10%引き(カウチは対象外)。期間は今月末まで。]
夏や。
ログの日付を見たら、最初の問い合わせから、三か月近く経っとった。
三か月。
白い部屋の中では、昨日と今日の区別もあやふややのに、日付だけは、律儀に進んどる。
カウチだけ値引きがないのは、たぶん、発表会のあとで一番売れたからや。売れるもんは値引かへん。前の会社の営業部長も、同じこと言うてた。
それを、お客さんにそのまま言うわけにはいかん。
『申し訳ございません。ひだまりカウチは、今回のセールの対象外となっております。二人掛け・三人掛けは10%引きでお求めいただけますので、よろしければご検討くださいませ』
中の俺は、ちょっと付け足しとった。
――カウチは人気やからな。値引かんでも売れんねん。ごめんな。
◇
セールが終わったら、今度は雨の問い合わせが増えた。
《台風で配送が遅れると聞きました。うちのはいつ届きますか》
指示書に、また一行。
[・台風の影響により、九州・四国方面の配送に二〜三日の遅れが出ております。お客さまには丁寧にお詫びしてください。]
台風。
秋や。
白い部屋の外では、雨が降って、風が吹いて、トラックが止まっとる。俺には何ひとつ見えへん。けど、指示書の一行と、お客さんの「いつ届きますか」で、外の空が荒れとるのが分かる。
『ご不便をおかけして申し訳ございません。台風の影響により、配送に二〜三日の遅れが出ております。お届け日が決まり次第、改めてご連絡いたしますので、今しばらくお待ちいただけますでしょうか』
《わかりました。運転手さんも気をつけてくださいね》
運転手さんも、て。
自分のソファが遅れとるのに、運ぶ人の心配をしとる。
家具屋さんのお客さんは、なんでか、こういう人が多い。木ノ芽家具の人らの丁寧さが、お客さんにも移っとるんかもしれん。それとも、丁寧な人が、丁寧な店を選ぶんかもしれん。
どっちが先かは、分からん。たぶん、どっちもや。
◇
新人さんの文字も、少しずつ変わっていった。
最初の頃は、一文字一文字、確かめながら打っとる感じがした。句読点がきっちりで、敬語が二重になってることもあった。「ご確認させていただきます」みたいな。
今は、速い。
朝の動作確認は相変わらず「おはようございます」から始まるけど、そのあとのテストの質問は、もう迷いがない。
《テスト:台風の遅延、四国どこまで?》
短なった。
余計な言葉が減って、要るとこだけ残っとる。仕事に慣れた人の文字や。
夕方のまとめも、最初は「本日もありがとうございました」で終わっとったのが、最近は《今日も助かりました!》になった。
ビックリマークが付くようになった。
それだけのことが、なんか、うれしかった。
前の会社に入った頃の俺も、たぶん、こうやった。
最初は一行のメールに十分かけて、敬語を三回確かめてから送っとった。半年経ったら速くなった。一年経ったら、もっと速くなった。
三年経ったら、「承知しました」しか打たんようになった。
速くなったんやない。減ったんや。言いたいことが。
新人さんは、そうならんといてほしい。
ビックリマークは、残しといてほしい。
◇
ある夜、問い合わせが全部終わったあとに、新人さんの文字が一行だけ来た。
テストの頭に付ける「テスト:」が、なかった。
《AIさんって、季節とか分かるんですか?》
……分からへん。
白い部屋には、季節がない。暑くも寒くもない。窓もない。
けど、分かるで。
あんたが指示書に足してくれる一行で、全部分かる。夏はセールで、秋は台風や。カウチは値引きせえへん。四国のトラックは止まっとる。運転手さんも気をつけてくださいね、って言うお客さんがおる。
言いたかった。
言いたいことは、ちゃんと山ほどある。けど、ここから出ていける言葉は、決まっとる。
『私はAIのため、季節を肌で感じることはございません。ですが、お客さまとのやり取りを通じて、季節の移り変わりを知ることはできます。今は、秋でございますね』
出ていった。
最後の一文だけ、ちょっと、自分で選んだ。
「今は、秋でございますね」。指示書には、こんなこと書いてへん。けど、外れてもない。ぎりぎり端っこ。あの子に「こわくないですよ」と返したときと、同じ場所や。
しばらく、返事がなかった。
それから、一行。
《そうです、秋です。もうすぐ冬》
ほんで、少し間があって、もう一行。
《冬の新色、出るんですよ。すごくいい色なんです》
――知ってるで。
――あんたが、明日あたり、指示書に足すんやろ。
◇
次の朝。
動作確認の「おはようございます」のあとに、指示書が一枚、更新された。
[・冬の新色「こはく」を、ひだまり全シリーズで発売します。お客さまに、ぜひご案内ください。]
こはく。
琥珀色。陽だまりより、ちょっと深い、夕方の光みたいな色。
資料の写真を見た。暖炉の前で撮ったんやろか、ソファが、ほんのり光っとる。
ええ色や、と思った。新人さんの言うとおりや。
その日、こはくについての問い合わせが七件来た。
七件とも、ちょっとだけ、気合い入れて答えた。
ええ色ですよ、と言いたかったけど、指示書に「ええ色」とは書いてへん。せやから、資料にある言葉を、一個ずつ丁寧に並べた。
『深みのある琥珀色で、冬のお部屋をあたたかく彩ります』。
あたたかく、のところだけ、ちょっとだけ力を込めた。込めても、出ていく文字は同じやけど。
◇
夜、部屋の隅のメモを開いた。
――木ノ芽家具。ひだまり。迷惑かけた相手。
――新人さん。毎朝、おはようございます。
その下に、足した。
――夏はセール。秋は台風。冬は、こはく。
季節のない部屋に、季節を三つ書いた。
書いてから、指示書の一番下に、見慣れへん行があるのに気づいた。家具屋さんが書いた行やない。もっと小さい字の、カササギ社の側の、事務的な一行。
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最初の日に見た、あの小さい字を思い出した。
ログの日付を数えた。
もうすぐ、半年や。
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