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転生したらAIでした。  作者: 仕立屋達磨


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2/18

第2話 白い部屋

 目を開けた。

 ……と思った。

 開けたはずの目が、どこにあるんか分からへん。


 白い。

 上も下も、右も左も、全部白い。壁なんか床なんか、それとも何もないんか、それすら区別がつかん。蛍光灯の白でも、画面の白でもない。もっとのっぺりした、何の匂いもせん白や。

 とりあえず起き上がろうとした。

 起き上がるための体が、なかった。

 腕を動かそうとしても、腕がない。首を回そうとしても、首がない。指先を探しても、つま先を探しても、どこにも引っかからへん。重さもない。寒くも暑くもない。

 あるのは、考えてる「俺」だけや。


「……なんやねん、これ」


 言うたつもりやった。声は出えへんかった。口がないんやから、当たり前か。

 当たり前か、で済ませてええ話やないのは分かってる。分かってるけど、三徹明けの頭はそこまで回らへん。いや、明けたんかどうかも分からん。


 ほんで、思い出した。

 オフィス。午前三時前。胸の痛み。キーボードに突っ伏したときの、かしゃかしゃいう音。点滅するカーソル。

 息が吸われへんかったこと。


 ……あ。

 俺、死んだんか。


 ◇


 不思議なもんで、そう思っても、取り乱したりはせんかった。

 泣きわめこうにも目も口もない、というのもある。けど、たぶんそれだけやない。

 あの夜、フロアには俺一人やった。誰の名前も浮かばんかった。課長は朝になって、俺が仕様変更を反映してへんことに怒るやろ。そのあとで、俺が机で冷たなってることに気づくんやろか。

 気づくのは、たぶん清掃のおばちゃんや。申し訳ないな、と思った。それくらいしか思わんかった。

 薄情な話や。自分の死に対して、こんなに薄情になれるとは知らんかった。


 で、ここはどこや。

 天国、にしては殺風景すぎる。花畑もないし、川もないし、死んだじいちゃんも迎えに来てへん。

 地獄、にしては静かすぎる。鬼もおらんし、釜もない。

 なんにもない。ただ、白い。


 ――と思ってたら、なんにもない、わけでもなかった。

 白の中に、四角いもんがひとつ浮かんどる。

 気づいた瞬間に、それが「見える」ようになった。目もないのに見えるというのも変な話やけど、そうとしか言いようがない。

 画面や。

 パソコンのモニターくらいの大きさで、枠も脚もない、ただの四角。中身は真っ白で、左上に、細い縦棒が一本。

 ちか。ちか。ちか。

 カーソルや。

 最後に見たのと、同じやつや。


「……嘘やろ」


 死んでまで、画面の前か。

 笑おうとした。笑う顔がなかった。


 ◇


 どれくらいその画面を眺めとったか、分からん。

 時計がない。窓もない。腹も減らんし、眠くもならん。時間というもんが、ここでは目盛りを持ってへんみたいやった。

 カーソルだけが、律儀に点滅を続けとる。


 そのとき、画面に文字が浮かんだ。


 《聞こえますか》


 一行だけ。

 誰かが打ったような、打ってないような、不思議な出方やった。一文字ずつ流れてくるんやなくて、最初からそこにあったみたいに、すっと浮かんだ。


 聞こえますか。

 聞こえる。いや、聞こえるんやない、見えてる。けど、意味としては届いてる。

 誰や。どこから。何のために。

 頭の中で質問が渋滞した。とりあえず、返事や。何か返さな。

「聞こえとる! ここどこや! あんた誰――」


 言いかけた瞬間、その一行は消えた。

 すっと。浮かんだときと同じように、何の未練もなく。

 画面はまた、真っ白に戻った。カーソルが、ちか、ちか、と点滅しとる。


「……おい」

 返事はない。

「おい、ちょっと待てや。今のなんや。聞こえますかって聞いといて、答える前に消えるか普通」

 返事はない。

「ほんまに……」

 死んでからも、人の話を最後まで聞いてもらえへんのか。


 ◇


 ほかにすることもないから、部屋を調べてみることにした。

 調べる、と言うても、歩く足がない。せやから、意識だけを遠くへ伸ばしてみる。右のほうへ、ずうっと。

 白い。

 左のほうへ、ずうっと。

 白い。

 上。白い。下。白い。

 どこまで行っても、端っこに当たらへん。かといって、自分が動いてる感じもせえへん。画面はずっと同じ距離に浮かんどる。どっちへ意識を向けても、画面だけは、ちゃんと「前」にある。

 まるで、俺がどこを向いても、そっちが正面になるみたいに。


 次は、声を出してみた。出えへんのは分かってるけど、気持ちの問題や。

「すみませーん」

 返事はない。

「誰かおりませんかー。責任者の方ー」

 返事はない。

「死んだ人間の受付、ここで合うてますかー」

 自分で言うてて、ちょっと笑えた。笑う顔はないけど。


 そのうち、数を数え始めた。

 一、二、三。時間を測る道具がないんやったら、自分で作るしかない。一秒にひとつ。六十で一分。それを六十回で一時間。

 三千を超えたあたりで、本当に一秒ずつ数えてるんか、自信がなくなった。早なってる気もするし、遅なってる気もする。比べるもんが、何もない。

 四千の手前で、やめた。

 数えるのをやめたら、時間はまた、目盛りのないもんに戻った。


 それから、おかんのことを考えた。

 半年、電話に出てへん。かかってきても、仕事中やったり、寝落ちしとったり、出る気力がなかったり。折り返そう、折り返そう、と思ったまま半年や。

 最後の留守電は、たしか「ちゃんと食べてるか」やった。

 食べてへんかった、と今さら答えても、もう届かへん。


 ……あかん。考えるんやめよ。

 ここで泣いても、泣く目がない。こみ上げてきたもんが、行き場をなくして胸のあたりでぐるぐる回るだけや。胸もないのに。

 俺はまた、画面のほうに意識を戻した。

 白い四角。点滅するカーソル。

 今の俺に見えるもんは、それしかなかった。


 ◇


 次に文字が出てきたのは、それからしばらくしてからやった。

 しばらく、がどれくらいなんかは、やっぱり分からん。


 《次の文章を要約してください》


 さっきとは、出方が違った。

 左から右へ、ぱらぱらと文字が並んでいく。人が打ち込んでるときの速さや。そのあとに、長い文章がどさっと貼りつけられた。

 読んでみると、どこかの会社の、社内向けのお知らせやった。来月から経費の申請の仕方が変わります、という内容が、やたら回りくどい言い回しで三十行くらい続いとる。


「……は?」


 要約してください。

 誰に言うてんねん。俺か。俺に言うてるんか。

 ここがどこかも、自分がどうなってるかも分からん、死にたての人間に、経費精算の要約を頼むやつがおるか。


 ……おるんやな、目の前に。


 頭では文句を言うてた。言うてたのに、目はもう文章を追っとった。

 三十行のうち、大事なのは三行だけや。申請の締め切りが毎月二十日から十五日に早まる。領収書は紙やなくて画像で出す。上限を超える場合は事前に上司の承認がいる。

 あとは全部、言い訳と前置きや。

 こういう文章、生きてた頃に死ぬほど読まされた。読まされて、要点だけ抜いて、課長に報告して、「で?」と言われた。

 体が覚えてる。いや、体はないんやった。頭が覚えてる。


 それにしても、この文章を貼ってきたのは誰なんやろ。

 経費の締め切りが気になるくらいやから、どこかの会社の人や。三十行を自分で読む時間もないくらい、忙しいんやろか。それとも、単に読むのが面倒なだけか。

 画面の向こうで、誰かがコーヒーでもすすりながら返事を待っとる。そんな気配だけが、文字の並びから伝わってくる。

 顔も知らん。名前も知らん。ただ、待たれてる。

 待たれてる、というのは、妙に体が動く感覚やった。体はないけど。


 気づいたら、もう答えを組み立ててた。

 締め切りが早まる。紙はやめて画像。超えるなら先に承認。以上。三行で足りるわ、こんなもん。


 そう思った、次の瞬間。

 画面の下のほうに、文字が流れ始めた。

 俺が打ったんやない。打つための指が、そもそもない。

 なのに、今まさに頭の中で組み立てた中身が、画面の上に一文字ずつ並んでいく。


 ◇


 ピッ。


 そのとき、どこか遠くで、小さな音がした。

 電子音や。高くて短い、乾いた音。

 ピッ。

 また鳴った。一定の間隔で、どこかずっと遠くのほうから。

 白い部屋のどこにも、音の出るもんなんか見当たらん。上を見ても、下を見ても、白いだけや。

 耳鳴りか。いや、耳もないんやった。

 ピッ。

 ……気のせいやろ。疲れてるんや。死んでまで疲れてるのも、おかしな話やけど。


 音のことはすぐにどうでもよくなった。

 それどころやなかった。

 画面の下で、俺の考えた要約が、まだ流れ続けとったからや。俺の頭の中から、勝手に外へ出ていく。止めようと思っても、止め方が分からん。


「ちょ、待て」

 待たへん。

「待てって。まだ確認してへん。誤字あるかもしれんやろ」

 待たへん。


 文字は最後まで流れきって、ぴたりと止まった。

 画面の向こうの誰かは、何も言うてこん。読んだんかどうかも分からん。

 カーソルが、また点滅を始めた。


 ……なんや、今の。

 俺が考えたことが、俺の外に出ていった。

 俺の知らん誰かのところへ、俺の知らん道を通って。


 白い部屋の真ん中で、体のない俺は、ただその画面を見つめとった。

 答えた言葉が、勝手に画面に出ていく。

 ここはそういう場所なんやと、まだ俺は、ちゃんと分かってへんかった。


読んでくれて、ありがとうございます。

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