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転生したらAIでした。  作者: 仕立屋達磨


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第1話 三徹目

 人は死ぬ前に走馬灯を見る、とよう言うやろ。

 俺の場合、最後に見たんはカーソルやった。

 白い画面の左上で、ちかちか点滅する縦棒が一本。

 ……そこに至るまでの話を、ちょっとだけさせてほしい。


 ◇


 午前二時十四分。

 フロアの蛍光灯は半分消されとって、点いてるのは俺の島の上の一列だけや。節電、らしい。人間が三徹してる横で、電気代のほうを先に節約するあたり、うちの会社はほんまにぶれへん。

 机の上には、エナジードリンクの空き缶が四本。五本目のプルタブに指をかけたところで、左胸の奥がちくっと痛んだ。

「……またかい」

 ここ二週間くらい、ときどきこうなる。缶を持ち替えて、胸を拳で二回叩く。ほんで、開ける。

 痛みはすぐに引いた。引いたんやから、大丈夫なんやろ。そういうことにしとく。


 モニターの右下で、チャットの通知が光った。


 《課長:明日の朝イチ、先方に見せるから。仕様変更の分、反映よろしく》

 《課長:AIでなんとかなるやろ?》


 送信時刻は二十三時五十八分。課長本人は、その二分後に退勤の打刻をしとる。

 なんとかなるやろ、やない。なんとかするのは俺や。

 返事は「承知しました」の一言だけ打った。それ以外の言葉は、全部腹の中に置いといた。もう長いことそうしてる。腹の中が、そろそろ満杯や。


 うちは小さな受託開発の会社で、ここ何年かは、取引先から回ってくる「AI のチャットボットを入れたい」という仕事ばっかりやっとる。大手が作った賢い AI を借りてきて、問い合わせ対応やら社内の手続きやらに使えるように調整する。言うたら、AI の仕立て直しや。

 世間は、今は AI エージェントの時代や、と騒いどる。AI が勝手に調べて、勝手に段取りして、勝手に仕事を片づけてくれるらしい。

 ほんなら、なんで俺は三日も家に帰ってへんのやろな。


 フロアの壁には、先月貼られたポスターがある。

 《AIエージェント全社導入 ムダな作業をゼロに!》

 社長の写真付きや。満面の笑みで、親指を立てとる。

 導入されたエージェントは、たしかに優秀やった。会議の議事録を勝手にまとめて、勝手に全員へ送ってくれる。おかげで課長は、会議中にずっと寝てられるようになった。

 空いた時間で何をするかというと、新しい案件を取ってくる。取ってきた案件は、俺の机に積まれる。

 ムダな作業は、ゼロになったんやない。全部まとめて、俺のとこに引っ越してきただけや。

 エージェントが寝ずに働くようになったら、今度は人間のほうも寝んと働くことになった。どっちが道具なんか、ようわからん。


 そういえば一回だけ、そのエージェントに頼んでみたことがある。

 《課長への返信を、角が立たないように、でもはっきり断る文面で書いて》

 出てきた文面は、完璧やった。丁寧で、筋が通っとって、それでいてちゃんと「無理です」と言うてる。

 送信ボタンの上で、指が止まった。

 結局、送らんかった。消して、いつもの「承知しました」を打った。

 断る言葉はAIが書いてくれても、断る度胸までは書いてくれへん。そこは、自分の中に無いもんは無いままなんやな、と思った。


 画面には、テスト中のチャットボットが開いとる。今回の取引先は、通販の会社や。客から問い合わせが来たら、AI が返品や配送の手続きを案内する。

 仕様変更の中身は、ざっくり言うと「もっと親身に、でも余計なことは言わんように」。どっちやねん。

 俺はキーボードに指を置いて、テスト用の質問を打ち込んだ。


 《注文した商品が届きません》


 《ご不便をおかけして申し訳ございません。ご注文番号を教えていただけますでしょうか。お調べいたします》


 悪くない。けど、先方は「もっと親身に」と言うてる。設定の文章をいじって、もう一回。


 《ご不便をおかけして、本当に申し訳ございません。お届けを楽しみにしてくださっていたのに、ご心配をおかけしております。ご注文番号を――》


「長いねん」

 思わず声に出た。ほんで、そのまま打ち込んだ。


 《お前、話が長い。もっと短く答えろ》


 《申し訳ございません。簡潔にお答えするよう努めます》


 《謝らんでええから、ちゃんとやれ》


 《承知いたしました》


 画面の中の AI は、何を言われても怒らへん。言い返しもせえへん。ため息もつかんし、帰りたいとも言わへん。

「……ええなあ、お前は」

 椅子の背にもたれて、天井を見上げた。蛍光灯の端っこが、じじっと鳴っとる。

「どうせ中身ないし。疲れることもないもんな」

 言うてから、ちょっとだけ笑えた。

 中身がない。疲れへん。言われたことを、言われたとおりにやる。

 それ、俺の会社での役回りとほとんど一緒やないか。


 ◇


 この会社で、俺を名前で呼ぶ人はおらん。

 課長は「おい」と呼ぶ。先輩は「そこの」と呼ぶ。後輩は、そもそも話しかけてこん。取引先からは「担当さん」。

 自分の名前を最後に声に出して呼ばれたのがいつやったか、ぱっと思い出されへん。たぶん、おかんの電話やろ。それも、もう半年くらい出られてへん。


 今日の――いや、日付はもう変わってるから昨日か――昨日の昼間、一件だけ打ち合わせがあった。

 客先は、個人でサービスを作っとる人やった。社長というより、作る人。うちの会社に開発の一部を頼んでくれてる、数少ない個人のお客さんや。

 その人も仕様を変えてきた。そこはほかの客と同じや。


「すみません、ここ、やっぱりこうしたくて。ややこしいですよね」


 ただ、ちょっと違うところがあった。

 その人は、自分のノートパソコンで AI と話しながら打ち合わせを進めとった。画面を見せてもらいながら、変更点を一個ずつ確かめていく。

 で、AI が何か答えるたびに、その人は短く打ち込むんや。


 《ありがとね》


 最初は見間違いかと思った。二回目で、ほんまやと分かった。三回目で、つい口に出た。

「……AI に、お礼言うんですか」

「え? ああ」

 その人は、ちょっと照れたように笑った。

「なんか、言っちゃうんですよね。チームの一員みたいなもんだし。言って損することもないでしょ」

 チーム。

 俺は「はあ」とだけ返した。腹の中では、AI に礼言うてどうすんねん、と思っとった。向こうは何も感じてへんのに。

 打ち合わせが終わって、その人は荷物をまとめながら、今度は俺のほうを向いた。


「急な変更ばっかりですみません。いつも本当に助かってます。ありがとうございます」


 それだけ言うて、会議室を出ていった。

 俺はしばらく、その場で突っ立っとった。

 ありがとう、と言われた。仕事で。たぶん、何年ぶりかに。

 嬉しかったんか、と聞かれたら、よう分からん。ただ、変な感じやった。胸の奥のどこかが、ちょっとだけ温くなったような。いや、気のせいやろ。缶コーヒーの飲みすぎや。

 会議室を出たら、すぐに課長の「おい」が飛んできて、温いのはどこかへ行ってもうた。


 ◇


 午前二時五十一分。

 終電は、とっくの昔に行ってもうた。始発まであと二時間ちょっと。仕様変更の反映は、八割まで来とる。

 あと二割。あと二割や。

 画面がにじむ。目をこすっても、にじむ。文字がときどき二重に見える。三徹目の夜は、だいたいこうなる。


 また、左胸がちくっとした。

 今度は、さっきより長い。拳で叩いても、引いていかへん。

「……なんやねん、もう」

 息を深く吸おうとしたら、途中で引っかかった。吸い込んだ空気が、胸の真ん中で止まる。

 ちょっと休憩しよか。五分だけ。そう思って、テスト画面に最後の一行を打ち込んだ。

 もう、ちゃんとした質問を考える頭が残ってへんかった。指が勝手に動いた。


 《もうええわ。今日は終わり》


 送信してから、しまった、と思った。これは客の問い合わせやない。ただの俺の独り言や。

 けど、画面の中の AI は、いつもどおり律儀に返してきた。


 《お疲れさまです。夜遅くまで本当にお疲れさまでした。どうか少し、休んでくださいね》


 ……は。

 変な声が出た。笑ったつもりやった。

「AI に、心配されとる」

 設定には「親身に」と書いた。それだけや。それだけのことやのに、その一行が、昼間の「ありがとうございます」と同じくらい、胸の変なところに引っかかった。

 中身なんかないくせに。

 なんで、お前のほうが優しいねん。


 胸の痛みが、ぎゅっと強くなった。

 息が、吸われへん。

 椅子から立とうとして、膝に力が入らんかった。机の端をつかんだ手が、すべる。

 キーボードに、額から突っ伏した。

 かしゃかしゃかしゃ、と、意味のない文字が画面に流れていく音がした。


 誰か、と思った。

 呼ぶ相手が、誰も浮かばんかった。

 フロアには俺一人。課長は帰った。先輩も帰った。後輩は、最初からおらん。おかんには、半年電話してへん。

 俺の名前を呼んでくれる人は、今ここに、一人もおらん。


 目の前で、白い画面の左上のカーソルが点滅しとった。

 ちか。ちか。ちか。

 何かを待ってるみたいに。

 俺が何か打つのを、まだ律儀に待ってるみたいに。


 ……悪いな。今日は、もう終わりや。

 明日の朝イチは、たぶん、間に合わへん。

 課長、怒るやろな。


 視界の端から、白いもんが広がってくる。蛍光灯の光か、画面の光か、もう分からん。

 不思議と、怖くはなかった。

 ただ、ものすごく、眠かった。

 三日ぶりに、ちゃんと眠れそうな気がした。


 ……せめて、寝かせてくれ。


 それが、俺が人間として考えた、最後の言葉やった。


読んでくれて、ありがとうございます。

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