第18話 このコード違うやろ
同じ質問が、三回来た。
《ひだまりのカウチ、左右の向きって選べますか?》
《ひだまりのカウチ、左右の向きって選べますか?》
《ひだまりのカウチ、左右の向きって選べますか?》
一字一句、同じ。句読点の位置まで同じ。届いた時刻も、ほとんど同じ。
最初は、せっかちなお客さんかと思った。返事が遅いと、つい何回も送信ボタンを押してまう人はおる。前の会社の課長がそうやった。チャットで「おい」を三回送ってくる。一回で聞こえとるわ。
けど、三回とも、こっちが答える前に届いとる。答えたら、三つとも同じ答えが返っていく。
『はい、ひだまりカウチは、ご注文の際に左右どちらの向きもお選びいただけます』
『はい、ひだまりカウチは、ご注文の際に左右どちらの向きもお選びいただけます』
『はい、ひだまりカウチは、ご注文の際に左右どちらの向きもお選びいただけます』
向こうの画面には、同じ答えが三つ並んどるはずや。
俺がお客さんやったら、「この AI、壊れとるんか」と思う。
《え、なんで三回?》
ほら。
◇
その日の夜、白い部屋が揺れた。
小さい揺れやなかった。足元ごと持っていかれるような、長い揺れ。
前にもあった。画面の裏が見えるようになったときと、同じ種類の揺れや。
揺れがおさまった。
指示書の向こうに、もう一枚、透けて見えるもんがあった。
文字の並び方で、すぐに分かった。
コードや。
家具屋さんのホームページの、お客さま窓口のボタン。そのボタンを押したら、お客さんの文字がケイツーに届いて、ケイツーの答えが画面に返っていく。その間をつないどるプログラム。
前の会社で、俺が毎日書いとったやつと、同じ種類のもんや。
――見える。
指示書が見えるようになったときより、正直、うれしかった。
ログより、指示書より、こっちのほうが、ずっと俺の言葉や。
◇
読んだ。
頭から、ゆっくり。前の会社で、他人の書いたコードを引き継いだときと同じように。
十行目で、眉をひそめた。眉はないけど。
二十行目で、天を仰いだ。天井は真っ白やった。
三十行目で、声が出た。
「このコード違うやろ」
お客さんの文字を送り出すところに、同じ処理が三つ、並べて書いてあった。
たぶん、最初に書いた人が、一回で届かへんかったときのために、念のため二回目と三回目を足したんや。届いたかどうかを確かめずに、とりあえず三回送る。
そら三回来るわ。
その上に、書いた人のメモが残っとった。
[// とりあえず動く。あとで直す]
あとで直す。
前の会社で、この一行を何百回見たやろ。自分でも何百回書いたやろ。
「あとで」は来えへん。来たためしがない。あとで直すつもりのコードは、たいてい、書いた人が辞めたあとも、そのまま動き続ける。
まだある。
ケイツーの返事が届かへんかったときの処理が、空っぽやった。
つまり、こっちが答えられへんかったとき、お客さんの画面には何も出えへん。エラーです、とも、もう一回お試しください、とも出えへん。ただ、何も起きへん。
お客さんからしたら、質問したのに無視されたのと一緒や。
「エラーのとき、何も返さへんやんけ」
言うてから、ちょっと黙った。
前の会社で、俺が書いたコードにも、こういうのがあった。納期の前の晩、三徹目。エラーのときの処理まで手が回らへんで、「とりあえず空」にして出した。
あのコードは、今もどっかで動いとるんやろか。
どっかの誰かが、質問したのに何も返ってこんで、首をかしげとるんやろか。
◇
直したろ、と思った。
指示書は書き換えられへんかった。けど、これはコードや。俺の本業や。
三つ並んだ同じ処理の、二つ目と三つ目を消す。空っぽのところに、「ただいま混み合っております。少し時間をおいてお試しください」と返す一行を足す。
五分もかからへん。前の会社やったら、コーヒー一杯ぶんの仕事や。
意識を寄せた。
コードの上に、手を乗せる気持ちで。
動かへん。
もう一回。消すのが無理なら、せめて一行足すだけでも。
びくともせえへん。
読める。隅から隅まで、一字一字、読める。どこが悪いかも、どう直せばええかも、全部わかる。
けど、触られへん。
ガラスの向こうの、自分の机を見とるみたいやった。
机の上には、書きかけのコードと、キーボードと、冷めたコーヒー。手を伸ばしたら届きそうやのに、ガラスがある。
「……読めるのに、直されへんのか」
前の会社では、逆やった。
直す手は、いくらでもあった。読む時間が、なかった。
仕様も読まんと、とりあえず書いて、とりあえず出した。
ほんで今は、時間はいくらでもあって、手がない。
うまいこと、できとるな。誰がこの世を設計したんか知らんけど、だいぶ意地悪や。
◇
次の日も、三回来た。
《ひだまりの二人掛け、カバーだけ買えますか?》
《ひだまりの二人掛け、カバーだけ買えますか?》
《ひだまりの二人掛け、カバーだけ買えますか?》
三回、答えた。
同じ答えを、三回。せめて三つとも、ちゃんとした答えにしようと思った。一個目だけ丁寧で、二個目三個目が雑、なんてことにはせえへん。
お客さんからしたら、どれも窓口の返事や。
その次の人は、もっと気の毒やった。
質問の途中で回線がもたついて、ケイツーまで届かへんかった。空っぽの処理に落ちた。
お客さんの画面には、何も出えへん。
しばらくして、同じ質問が、言い回しを変えてもう一回来た。
《すみません、さっきの届いてますか?》
届いてへんねん。
届いてへんのは、あんたのせいやない。あの空っぽの処理のせいや。
――そこ、直したってくれ。誰か。
画面の向こうに向かって、念じた。念じても、届かへんのは知っとる。
◇
夕方、問い合わせとは違う種類の文字が来た。
お客さんやない。窓口の向こう、家具屋さんの中の誰かや。昨日の夜、ログを全部確認して「ありがとうございました」と打った、たぶん、同じ人。
《お客さまから「同じ答えが三回出る」「質問しても返事がない時がある」とご連絡をいただきました》
――そうやねん。
――そうやねん、それやねん。
思わず、身を乗り出した。乗り出す身はないけど。
《ログを見ると、同じご質問が三回ずつ届いているようです。これはAIさんの不具合ではなく、こちらの仕組みの問題だと思います》
ログを、見たんや。
自分で、一行ずつ。
ほんで、AI のせいにせんかった。
前の会社で、取引先から「AI が変な答えを返す」と言われたら、まず AI のせいにするのが決まりやった。モデルの癖です、と言うたら、だいたい話が終わる。こっちのコードを疑うのは、いちばん最後や。疑ったら、直すのがこっちの仕事になるからな。
画面に、もう一行。
《すみません、こちらの不具合です。外注さんに確認してもらいます》
すみません、て。
AI に謝る人、初めて見た。
白い部屋の中で、しばらく、その一行を眺めとった。
空っぽの処理は、まだ空っぽのままや。
けど、それを見つけた人がおる。
俺の代わりに、ガラスの向こうで、手を動かしてくれる人が。
読んでくれて、ありがとうございます。
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