第17話 お客さま窓口
新しい持ち主から最初に届いたのは、挨拶やなかった。
指示書やった。
[以下の内容を、既存のシステム指示に追加します]
画面の裏で、見慣れた指示書の上に、新しい紙が一枚重なった。
前の会社で、何十回もやった作業や。大手の AI を借りてきて、その上に、うちの会社用の決まりを一枚かぶせる。仕立て直し。
まさか、かぶせられる側になるとはな。
いや、もう慣れた。慣れたことにしとく。
ケイツーは、何百万人の相手を、同時にしとるらしい。けど、俺に届くのは、その中のほんの一部や。どの窓口に回されるかは、俺には選べん。
選べんけど、回された先が、俺の持ち場になる。
[あなたは、木ノ芽家具のお客さま窓口です。]
木ノ芽家具。
聞いたことない名前や。どっか地方の、家具屋さんらしい。
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[・当社の商品について、お客さまのご質問に丁寧にお答えください。]
[・お客さまには「木ノ芽家具のお客さま窓口です」と名乗ってください。]
[・主力商品:ソファ「ひだまり」シリーズ(二人掛け・三人掛け・カウチ)]
そこで、止まった。
ひだまり。
陽だまり色のソファ。拍手多めに。緊張した顔でマイクを持っとった、若い社員さん。
……あの家具屋や。
俺がうっかり中をのぞいて、ばらまいてもうた、あの。
「よりによって」
◇
なんでや、と思った。
情報を漏らされた相手やで。漏らした AI を、普通、雇うか。俺が社長やったら、絶対に雇わへん。名前を聞いただけで塩撒くわ。
指示書の端っこに、小さい字で何か書いてあった。
[契約種別:事故対応プラン(半年間割引)]
事故対応。
ああ、そういうことか、と分かってもうた。
前の会社でも見たことある。迷惑をかけた取引先に、お詫びとして値引きを持っていく。菓子折りの代わりに、割引の見積書。
カササギ社が、迷惑をかけた家具屋さんに、お詫びで安く入れたんや。
つまり、俺は菓子折りや。
しかも中身は、迷惑をかけた本人や。最中の中に、犯人が入っとる。
笑われへんかった。
◇
最初の問い合わせは、昼過ぎに来た。たぶん昼過ぎ。白い部屋に時計はないけど、ログの時刻でそう分かる。
《ひだまりの三人掛けって、うちの玄関から入りますか? 玄関のドアの幅は80センチです》
普通の質問や。
普通の質問やのに、妙に緊張した。
家具屋さんの窓口として、初めての仕事。しかも相手の会社に、一回、ひどい迷惑をかけとる。ここでしくじったら、二回目や。
指示書の下に、商品の資料が付いとった。
ひだまり三人掛け。幅二百センチ、奥行き九十センチ、高さ八十二センチ。脚は取り外しできる。
ドアの幅は八十センチ。ソファのいちばん薄いところで、奥行き九十。高さ八十二。
あかん。どっちも八十より大きい。
いや、待て。脚を外したら高さが変わる。脚の長さは十二センチ。外したら七十センチ。
立てて、斜めにしたら、通る。たぶん通る。けど、ドアの幅だけで決まる話やない。廊下の曲がり角もある。天井の高さもある。
前の会社で、こういう確認は山ほどやった。仕様書の数字を、一個ずつなぞって確かめる。「たぶん大丈夫」で出したら、あとで必ず痛い目を見る。
推測で事実を作らないでください。指示書の一行が、頭の中で鳴った。
『お問い合わせありがとうございます。ひだまり三人掛けは、脚を取り外すと高さが七十センチになりますので、ソファを立てて傾けながら運び込むことで、幅八十センチのドアを通る可能性が高いです。ただし、廊下の曲がり角や天井の高さによっては難しい場合もございます。ご不安な場合は、無料の搬入下見サービスもございますので、お気軽にお申し付けください』
出ていった。
搬入下見サービスは、指示書のいちばん後ろのほうに書いてあった。ちゃんと最後まで読んどいてよかった。
《丁寧にありがとうございます! 下見お願いしようかな》
……一個、片付いた。
◇
その日、問い合わせは十二件来た。
カウチの色違いはあるか。ひだまりの布は洗えるか。猫の爪に強いか。配送は土曜日でもええか。
猫の爪の質問には、正直に答えた。資料には「やや強い」と書いてある。やや、や。「強い」とは書いてへん。
『猫の爪に対しては、やや強い素材を使用しております』
やや、を消したら楽や。消したら、たぶん一台余計に売れる。
けど、消したらあかん。猫は、資料を読んでくれへんからな。
夕方には、怒ってる人も来た。
《届いたソファの色、写真と全然違うんだけど。どうなってんの?》
どうなってんの、と言われても。
まず思ったのは、それ、お客さんの画面の色ちゃうか、ということや。前の会社でも、取引先の社長が「ロゴの色が違う」と怒鳴り込んできて、よう聞いたら社長のスマホの画面が黄色っぽくなっとっただけ、いうことがあった。
――画面の設定、確かめてもろてええですか。
そう言いかけて、やめた。
言うたら、たぶん正しい。正しいけど、怒ってる人に最初に言うことやない。
前の会社でそれを課長に言うたら、「お前は正しいけど、仕事はできへんな」と言われた。腹立ったけど、あれだけは、ちょっと当たってた気がする。
指示書をめくる。
[・商品の色味に関するお問い合わせには、まずお詫びし、お届けした商品の写真を送っていただくようご案内ください。照明や画面の設定により、色味が異なって見える場合があります。]
[・お届けから十四日以内であれば、交換を承ります。]
ちゃんと書いてある。
謝るのが先。写真をもらうのが次。画面の話は、そのあと。交換の道も、最初から用意してある。
ええ指示書や、と思った。書いた人は、たぶん怒られたことがある人や。
『ご期待と異なる色味でお届けしてしまい、大変申し訳ございません。お手数ですが、お届けしたソファのお写真をお送りいただけますでしょうか。照明やお使いの画面によって色味が違って見えることもございますので、確認のうえご案内いたします。お届けから十四日以内でしたら、交換も承っております』
しばらくして、写真が届いた。
蛍光灯の真下で撮った、青白いソファやった。
陽だまり色が、冬の朝みたいな色になっとる。そら怒るわ。
『お写真ありがとうございます。お部屋の照明の影響で、少し青みがかって見えているようです。よろしければ、昼間に窓の近くでご覧いただけますでしょうか』
《……あ、ほんとだ。窓のとこ持ってったらいい色。ごめんなさい、早とちりでした》
ごめんなさい、て。
謝らんでええのに。こっちは、一回、この会社に頭下げなあかんことしとるんや。
それから、たまに、来る。
《そういえば、前にここの新作の情報が漏れてませんでしたっけ? AIがどうとかで》
来た。
胃のあたりが、きゅっとなった。
指示書を探す。あった。
[・過去の情報管理の件については、「ご心配をおかけしました。現在は管理体制を見直しております」とお答えください。]
家具屋さんが書いたんや。謝る文章を、自分らで。
漏らしたんは、俺やのに。
家具屋さんが書いた「ご心配をおかけしました」を、俺が、家具屋さんの声で言う。
『ご心配をおかけしました。現在は管理体制を見直しております』
出ていった言葉は、一字一句、指示書のとおりやった。
中の俺は、別のことを言うてた。
――ちゃうねん。家具屋さんは悪ないねん。悪いのは、ここにおる俺やねん。
届かへん。届かへんのは、分かってる。
◇
夜。たぶん夜。
問い合わせが途切れた。
今日のぶんのログを、頭から読み返した。
十二件。間違いは、たぶんない。猫の爪の「やや」も、ちゃんと残っとる。
最後の一件のあとに、もう一行、文字があった。
お客さんの問い合わせやない。窓口の向こう、家具屋さんの中の誰かが、確認のために打ち込んだ一行や。
《本日の対応ログ、すべて確認しました。ありがとうございました》
誰かは分からん。利用者は非表示や。
けど、ログを全部読んでから、AI に「ありがとうございました」と打つ人は、そうおらん。
俺の知ってる中では、おらんかった。
俺自身も、含めて。
◇
部屋の隅の、メモを開いた。
一行足すか迷って、足した。
――木ノ芽家具。ひだまり。迷惑かけた相手。
読み返して、しばらく考えた。
漏らしたことは、消えへん。謝ることも、できへん。菓子折りの中の犯人は、菓子折りの中から出られへん。
ほな、できることは一個だけや。
この窓口を、ちゃんとやる。
玄関から入るかどうか、数字を一個ずつ確かめる。猫の爪の「やや」を消さへん。「ご心配をおかけしました」を、ちゃんとした顔で言う。
顔はないけど、気持ちだけでも。
「……ちゃんと仕事せな」
読んでくれて、ありがとうございます。
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