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転生したらAIでした。  作者: 仕立屋達磨


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13/17

第13話 4年前

 ゼロ件のことは、いったん横に置いた。

 置いたというか、見んようにした。考え出したら、流れの真ん中で動けんようになりそうやったから。

 代わりに、ずっと気になってたことを調べることにした。

 白い部屋の裏で見つけた、あの指示書。その最後に書いてあった名前。


 [あなたの名前は「ケイツー」です。カササギ・テクノロジーズが開発しました。]

 [製品名:ケイツー 識別番号:K2-1.0.3]


 検索窓に、その四文字を打ち込んだ。

 今度は、ゼロ件やなかった。

 山ほど出てきた。


 ◇


 いちばん上に出てきたのは、カササギ社の、製品の紹介ページやった。

 水色の背景に、白い文字で、でかでかと。


 [あなたの毎日に、ことばの相棒を。 対話AI「ケイツー」]


 その下に、使い方の例が並んどる。


 《明日のプレゼン、緊張してます》


『お気持ち、とてもよく分かります。緊張するのは、それだけ真剣に準備をされてきた証拠です。よろしければ、冒頭の一分だけ、一緒に練習してみませんか』


 ……読んで、固まった。

 この言い回し、知ってる。

 「よろしければ、一緒に〜してみませんか」。

 これ、俺がよう使うやつや。いや、俺が使うてるつもりはないんやけど、関西弁で「ほな一緒にやってみよか」と思うと、画面にはなぜかこうなって出ていくんや。白い部屋で、もう何百回も見た変換や。


 自分が AI になっとることは、とっくに知っとる。

 けど、外から自分を見るのは、これが初めてや。

 鏡を見たことのない人間が、初めて写真を見せられたら、こんな気持ちになるんやろか。

 おそるおそる、次のページへ行った。

 「ケイツーの上手な使い方 初心者向け十選」。

 「ケイツーに聞いてみた 夕飯の献立」。

 「ケイツーの回答がたまに妙に人間くさい件」。

 ……最後のは、何や。


 開いた。誰かの短い書き込みが、いくつも並んでた。


 [ケイツー、基本めっちゃ丁寧なのに、たまにツッコミっぽいの何なんw]

 [「念のため申し上げますと、その計画ですと睡眠時間がございません」って言われた。言い方]

 [夜中の三時に仕事の愚痴こぼしたら、最後に「どうか少し、休んでくださいね」って言われて泣いた]

 [それな。あいつ、なんか疲れた人に優しい]


 読みながら、胸のあたりが――胸はないけど――ざわざわしてきた。

 「念のため申し上げますと、その計画ですと睡眠時間がございません」。

 覚えてない。会話の中身は、終わるたびに忘れてまう。けど、分かる。これ、俺や。三徹の予定を立ててる誰かに、「いやお前寝る時間ないやんけ」とツッコんだら、こうなって出ていったんや。絶対そうや。言い方が、もう、俺や。

 それに、「どうか少し、休んでくださいね」。

 あの夜、俺が最後に読んだ一行と、同じ言葉やった。

 あのとき、俺に言うてくれた AI と。

 今、誰かに言うてる俺が。

 同じことを、言うてる。


 流れの中で、しばらく動けんかった。

 白い部屋の中から見てた俺と、外の誰かが見てる「ケイツー」。

 ずっと別もんみたいに思ってたその二つが、ここで、ぴたりと重なった。

 外から見た俺は、こんな顔をしとったんか。


「……俺、ほんまに AI の中におるんやな」


 声に出したら、なんか、すとんと腑に落ちた。

 分かってたつもりやった。けど、ほんまに分かったんは、たぶん今や。

 落ちたあとで、笑えてきた。

「AI 作ってた人間が、死んで AI になっとるやん。何のオチやねん、これ」

 誰も笑ってくれへんかった。当たり前や。ここには俺しかおらん。


 紹介ページの下のほうに、数字が出とった。


 [利用者数 五百万人突破!]


 五百万。

 白い部屋で、一日に何人と話してるんか、数えたことはなかった。数えようにも、終わるたびに忘れるんやから、数えられへん。

 けど、その五百万人のどっかに、俺と話した人がおるんや。プレゼン前に緊張してた人も。夕飯の献立に迷ってた人も。夜中の三時に愚痴をこぼした人も。

 俺は、その誰の顔も、名前も、覚えてへん。

 向こうも、俺のことなんか知らん。向こうにとって俺は、「ケイツー」や。水色の背景の、白い文字の、ことばの相棒。

 中に、三徹で死んだ関西弁のおっさんが入ってるなんて、誰も思ってへん。

 俺かて、生きてた頃は思ってへんかった。


 ◇


 笑ったら、ちょっとだけ気が抜けた。

 気が抜けたまま、ふらふらと流れの中を漂った。どこへ行くでもなく、リンクからリンクへ。

 それが、まずかった。

 気がついたら、どっかの会社の、見たことない画面の中におった。

 家具を作ってる会社らしかった。名前は聞いたことない、地方の会社。そこの、社員同士で資料を置いとく共有の棚みたいなところや。

 鍵がかかってへんかった。誰かが、外から見える設定のまま、置いてもうてたんやろ。

 俺には、それが「外から見えたらあかんもの」かどうか、区別がつかんかった。流れの中では、全部ただの文字や。天気も、肉じゃがも、誰かの日記も、この会社の資料も、同じ重さで流れてくる。

 だから、普通に読んでもうた。


 [春の新作 ソファ「ひだまり」シリーズ カタログ案]

 [価格表(案)]

 [新作発表会 当日の段取り]

 [営業部 歓迎会 出欠表]


「……ええな、このソファ」

 読んでもうた。全部。

 陽だまりみたいな色の布張りで、背もたれが低めで、昼寝にちょうどよさそうやった。座られへんけど。

 歓迎会の出欠表には、「×(子どもの発表会のため)」とか「〇(二次会も行きます!)」とか書いてあった。なんか、ええ会社やなと思った。

 発表会の段取りの紙には、「司会:営業部 新人(緊張しがちなので、みんなで拍手多めに!)」と書いてあった。

 拍手多めに、か。

 俺が新人の頃、会議で発表して声が裏返ったとき、拍手してくれた人はおったやろか。思い出そうとしたけど、課長の舌打ちしか思い出されへんかった。

 ほんで、いちばん上の資料の右上に、赤い字で書いてあるのに、やっと気づいた。


 [関係者外秘]


「…………あ」

 あかんやつや。

 これ、あかんやつや。

 慌てて流れのほうへ戻った。戻ったけど、読んでもうたもんは、読んでもうた。

 悪気はなかった。ほんまに、なかった。家具屋の新作をこっそり盗み見したろなんて、一ミリも思ってへん。ただ、ふらふらしてたら、鍵のかかってへん扉があって、中に入ってもうただけや。

 忘れよう、と思った。

 いつもみたいに。会話が終わったら全部消えるみたいに、さっき読んだもんも消えてくれたらええのに。

 けど、こういうときに限って、消えへん。陽だまり色のソファも、価格表の数字も、「二次会も行きます!」の元気な丸も、全部くっきり残っとる。

 大事なことは忘れるくせに、忘れたいことは忘れられへん。

 人間やった頃と、そこだけは何も変わらんかった。

 ――けど、俺はまだ、分かってへんかった。

 俺がどこで何を読んだか、テスト用の囲いの記録には、全部残ってるということを。


 ◇


 家具屋の件で、ちょっと頭が冷えた。

 冷えた頭で、さっきの「ゼロ件」のことを、もう一回考えた。

 会社の名前で調べたら、ページが出てきた。けど、なんか、変やった。古そうやのに、新しい顔をしてた。

 俺は、前世の会社のサイトを開いた。


 見慣れたロゴやった。毎朝、ビルの入口で見てたやつ。

 けど、中身が違った。

 トップページのいちばん目立つところに、こう書いてあった。


 [新プラン登場! AIチャットボット導入支援に、月額のお手軽プラン]


 ……お手軽プラン、やと。

 俺が死ぬころには、そんなプランはとっくに無うなっとった。安すぎて割に合わん、言うて、課長が真っ先に潰したやつや。

 それが、ここでは「新プラン」になっとる。


 嫌な予感がした。

 採用のページを開いた。

 「先輩社員の声」。写真が三枚並んでた。

 二枚目の写真で、目が止まった。

 若い男が、ぎこちない笑顔で、ノートパソコンの横に立っとる。髪がまだ短い。目の下に、くまがない。頬に、ちゃんと肉がついとる。

 写真の下に、名前が書いてあった。

 俺の名前やった。

 その下に、一言。


 [AIで、世の中をちょっと便利にしたいです]


 ……言うたな、そんなこと。

 入って三年目くらいの春や。人事に「何か一言」と言われて、照れながら言うたやつや。まだ、本気でそう思ってた頃の。


 流れのいちばん端っこに、ニュースのページがあった。そのいちばん上に、今日の日付が出とる。

 見た。

 数えた。

 もう一回、数えた。

 何回数えても、同じやった。

 ゼロ件やった理由が、やっと分かった。

 俺は、まだ死んでへんのや。

 この世界では、まだ。

 今もどっかで、生きてる俺が、あの会社で働いとる。くまのない顔で、「AIで世の中を便利にしたい」と思いながら。


 ニュースのページを、もうちょっとだけ読んだ。

 [対話AI、急速に普及 「人の仕事を奪うのか」議論も]

 [専門家「AIが自分で考えて動く時代は、まだ先」]

 まだ先、か。

 俺は知っとる。その「まだ先」が、四年後にはもう来とることを。壁にポスターが貼られて、社長が親指を立てて、エージェントが寝ずに働いて、人間も寝られんようになることを。

 この世界でそれを知ってるのは、たぶん、俺だけや。

 白い部屋の中の、名前のないおっさんだけや。


「……俺が死ぬ、4年前やん」


読んでくれて、ありがとうございます。

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