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会えない朝に恋を知った  作者: reika1021


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2/10

第2章:名前のない優しさ

秋の気配はまだ遠く、朝の空気には夏の余韻がわずかに残っていた。品川駅の構内にはいつもと変わらない人の流れが続いていた。


改札を抜けると、透青はいつもの柱の陰に立っていた。乃依の足取りはそれだけで少し軽くなり、声をかけるよりも先に透青が気づいて小さく片手を上げた。


「おはよう」


「おはよう」


短いやりとりだけで朝の輪郭が定まる感覚があった。数日前、この場所に彼がいなかった朝のことを乃依はまだ覚えていた。あの日の心もとなさを思えば、今この瞬間がどれだけありがたいことか。乃依は口には出さずに噛みしめた。


改札からホームへ向かう人の波は今日も途切れることがなく、スーツの袖が触れ合い、鞄と鞄がぶつかりそうになりながら、誰もが半歩ずつ譲り合って進んでいく。透青は自然に乃依の外側を歩き、人混みから乃依を守るような位置を取っていた。


本人にその意識があるのかどうか乃依には分からないが、そうされることにいつからか慣れてしまっている自分がいた。


「今日、暑くなるらしいよ」


透青がスマートフォンの画面を見せながら言った。天気予報のアイコンには真夏を思わせる太陽の絵が浮かんでいた。


「もう九月なのにね」


「東京の夏、年々長くなってる気がする」


そんな言葉を交わしながら、乃依はホームに漂う独特の匂いに気づいた。金属とコンクリート、それに誰かの整髪料が混じり合った朝特有の匂いで、数えきれないほど嗅いできたはずなのに、今朝はなぜかいつもより鮮明に感じられた。


そんな他愛もない会話がそれぞれの間に自然に流れていく。特別な言葉は何もないが、乃依にはこの時間そのものが特別だった。


透青と交わす言葉の内容よりも、隣を歩くという事実の方に意味が宿っている気がしてならない。


歩幅を合わせるでもなく、けれど自然にそろっていく足取り。信号待ちで立ち止まる呼吸の間隔さえ、いつの間にかなじんでしまっている。そのことに気づくたび、乃依はこの関係の名前のなさを少しだけもどかしく思う。


ホームに電車が滑り込んでくる。乃依と透青は同じ車両に乗り込み、いつもの位置で吊り革につかまった。窓の外を流れる景色は、湾岸の高層ビル群から次第にオフィス街の密度を増していく。


ガラス張りの外壁に反射した朝日が、車内の壁にまで淡い光の帯を落としていた。


電車がホームに近づく振動が足元からかすかに伝わってきた。到着を告げるアナウンスに紛れて透青が口を開いた。


「乃依、この前の記事、読んだよ」


乃依が担当した採用広報の記事のことだった。


「え、読んでくれたの?」


「うん。文章、すごく丁寧だった。特に最後の一段落、良かった」


不意打ちのような褒め言葉に、乃依は胸の奥が跳ねるのを感じた。仕事を褒められることには慣れているはずなのに、透青の口から聞くとまるで違う重みを持って届いた。


「そんなにちゃんと読んでくれると思わなかった」


「暇な時間があったから。乃依の書くもの、読みやすいから好きなんだよね」


「好き」という言葉が、文脈とは無関係に乃依の胸の中で反響した。分かっている。文章に対しての言葉だ。


それでも、その単語ひとつが朝の車内の空気を少しだけ違う色に変えてしまう。


会社に着くと、いつも通りエレベーターの前で別れる。


「また後で」


透青はそう言って事業企画部のフロアへ歩いていった。朝の光を浴びた背中は、輪郭がわずかに白くにじんで見えた。乃依はその背中を見送りながら、今朝聞いた言葉をもう一度小さく反芻していた。


「好きなんだよね」という一言がまだ耳の奥に残っている。仕事の話に過ぎないと分かっていても、その響きだけが独立して乃依の中に居座り続けていた。


広報部のフロアに着くと、朝礼の準備で少し慌ただしい空気が流れていた。乃依は自分の席に着き、パソコンを立ち上げた。画面が明るくなるまでの短い時間、乃依の頭の中は、さっきの会話の余韻に浸っていた。


同僚たちが交わす朝の挨拶、コピー機の稼働音、遠くで鳴る電話の呼び出し音。日常の音が少しずつ重なり合い、フロア全体が一日の始まりへと動き出していく。乃依はその流れに身を委ねながらも、心の一部だけがまだ電車の中の会話にとどまったままだった。


午前中、乃依は取材のアポイントを調整するため社内のあちこちを回ることになった。用事の途中で事業企画部のフロアを通りかかると、透青が新入社員に何かを説明している姿が見えた。


資料を指差しながら丁寧に言葉を選んでいる様子が遠目にも分かり、新入社員は緊張した面持ちで頷きながら時折メモを取っていた。透青の声は聞こえないが、その口調が穏やかであることは身振りだけで伝わってくる。


乃依はその光景を少し離れた場所から見ていた。自分に向けられるのと同じ丁寧さで、透青は誰にでも接している。当たり前のことのはずなのに、目の当たりにすると、胸の奥に小さな痛みが走った。


その日の午後、乃依は資料を運ぶ途中、給湯室の近くで別の場面に出くわした。荷物を抱えて困っている経理部の女性社員に、透青が声をかけていた。


「持ちます」


「あ、大丈夫です」


「いいから。重そうだし」


透青は軽い調子でそう言うと、女性社員の荷物を半分引き受けてエレベーターまで運んでいった。その一連のやり取りには迷いも計算もなく、誰かが困っていれば自然に手を差し伸べる。


それが透青という人の、当たり前の在り方だった。


乃依はその様子を見ながら、胸の中で複雑な感情が渦巻くのを感じていた。優しい人を好きになったことを後悔しているわけではない。ただ、その優しさが自分だけのものではないという事実を繰り返し突きつけられることに、少しずつ疲れを感じ始めていた。


給湯室の窓から差し込む光が、床に長方形の明るい模様を描いていた。乃依は、その模様をしばらく見つめてから、静かにその場を離れた。


やっぱり、この人はこういう人だ。


自分だけに向けられていると思い込みそうになるたびに、こうして現実を見せられる。乃依はその痛みに慣れているはずだった。


慣れているつもりで、まだ慣れきれていない自分に少し呆れてしまう。もし今朝の言葉が特別だったとしても、この光景を見た後では、その特別さはまた薄れていく。優しさというものは、こんなにも公平に配られてしまうのかと、乃依は密かに思う。


新入社員がぺこりと頭を下げて、透青のもとを離れていった。透青は資料を片付けながら、次の仕事に向き直る。その一連の動作には、気負いも恩着せがましさもない。


ただ自然に、目の前の人を助けているだけだった。


用事を終えて自分のフロアに戻る途中、廊下で別部署の先輩に声をかけられた。


「白群さん、雪代くんと仲良いよね。あの人、本当に誰にでも優しいから、みんな助かってる」


「そうですね。丁寧な人ですよね」


当たり障りのない返事をしながら、乃依は自分の声のトーンがいつもと変わらないことに安堵していた。表情に出さないことにはもう慣れている。


先輩はそれ以上何も気にする様子もなく自分のフロアへ戻っていき、廊下に一人残された乃依は窓の外に広がるビル群をしばらく眺めていた。ガラス張りの外壁が昼下がりの光を無数に反射させ、街全体を白く輝かせていた。


昼休み、乃依は同期の友人とランチに出かけ、会社近くのカフェで窓際の席に座った。


「最近、雪代くんとよく一緒にいるよね」


友人がさりげなく切り出した言葉に、乃依は少し身構えた。


「たまたま帰り道と行き方が同じなだけだよ」


「そうなんだ。でも、朝も一緒に来てるのを見たことあるよ」


「駅で会うから、一緒に歩いてるだけ」


説明すればするほど、言い訳がましく聞こえる気がして乃依は言葉を切ったが、友人はそれ以上深く追及することなく話題を変えてくれた。それが優しさなのか単なる興味の薄れなのか、乃依には判断がつかなかった。


食後のコーヒーを飲みながら、乃依は窓の外を眺めていた。ビルの合間を歩く人々の中に、見知った顔を探そうとする癖は、もう自分でも止められなくなっていた。


友人がふと、思い出したように言った。


「白群さん、最近ちょっと雰囲気変わったよね。前よりなんか柔らかくなったっていうか」


「そうかな。自分では分からないけど」


「うん。なんとなくだけどね」


友人はそれ以上深く踏み込まず、コーヒーカップを傾けた。乃依は曖昧に笑ってごまかしながら、内心では図星をつかれたような気まずさを感じていた。自分でも気づかないうちに、日々の中に小さな変化がにじみ出ているのかもしれない。


「彼氏とかできた?」


友人が冗談めかして聞いてきた。


「まさか。そんなんじゃないよ」


反射的に否定してから、乃依は自分の声が少し早口だったことに気づいた。友人は特に疑う様子もなく笑って話題を変えてくれたので、ほっとしたような、それでいて少し寂しいような複雑な気持ちが胸に残った。


「そんなんじゃない」と口にした自分の言葉が、少し遅れて胸に刺さる。本当は、そんなんじゃないどころではないのに。誰にも打ち明けられない気持ちを抱えたまま笑うことに、乃依はもう慣れてしまっていた。


午後、乃依は資料作成に追われながら、ふと透青からのメッセージに気づいた。仕事の連絡事項に紛れて、最後に一言だけ添えられていた。


「お昼、何食べた?」


なんでもない質問だった。それでも乃依は、その一文を何度も読み返してしまう。業務連絡のついでのただの雑談。


分かっているのに、返信を打つ指先がいつもより慎重になっていた。


「近くのカフェでパスタ食べた。透青は?」


「社食。今日のカレー、当たりだった」


くだらないやりとりが画面の中で数往復続いた。仕事の合間に交わされる意味のない言葉のやりとり。それだけのことなのに、乃依の一日には確かな彩りが差し込んでいた。


午後の会議が終わり、乃依は自分のデスクに戻って次の記事の構成を考え始めた。社内報に載せる社員インタビューの記事だ。誰かの人柄を言葉にする仕事は乃依にとって得意なはずだったが、今日はなぜかいつもよりペンが進まない。


優しさという言葉をどう表現すればいいのか、ありふれた形容詞を並べるだけではその人の本当の姿は伝わらない気がして、乃依は少し考えてからその言葉を一度画面から消した。


代わりに、具体的な場面を思い浮かべる。誰かのために足を止める瞬間、言葉を選ぶ間、視線の向け方。そうした細部の積み重ねこそが、人柄を語る本当の言葉になるのだと乃依は仕事を通じて学んできた。


それなのに、自分自身のことを考えると、その細部をどう受け止めればいいのか、うまく整理がつかなくなる。


パソコンの画面にはまだ書きかけの一文が、点滅するカーソルとともに残されていた。乃依はしばらくその画面を見つめた後、結局その一文を消して別の仕事に取り掛かることにした。


デスクの上、資料の山に紛れたスマートフォンの画面がまた小さく光った。透青からの新しいメッセージだった。今度は絵文字も何もない、ただの一言だった。


「午後も頑張って」


たったそれだけの言葉に、乃依はしばらく画面を見つめたまま返事を打つ手を止めていた。「頑張って」という言葉自体は誰にでも送れるものだが、送られてきたタイミングと、その素っ気なさの中にある温度が乃依には特別なもののように感じられてならなかった。


夕方、乃依はオフィスの窓から見える空の変化に気づいた。真昼の白い光が少しずつ橙みを帯びていき、ビルの窓ガラスがその光を幾重にも反射させて、街全体がゆっくりと呼吸を変えているようだった。


退勤時間、乃依はエレベーターホールで透青と鉢合わせし、どちらからともなく駅までの道を並んで歩くことになった。


エレベーターが下降する短い時間、言葉のない沈黙が箱の中に満ちていた。階数表示のランプが一つずつ切り替わるのを乃依はぼんやりと眺めていた。


夕方の風がその間をすり抜けていく。汗ばんだ首筋に触れる風は昼間よりいくらか涼しさを帯びていた。


「今日、疲れた?」


透青が聞いた。


「ちょっとだけ。取材のアポ、三件も入ってて」


「お疲れさま。頑張ったね」


その一言だけで、一日の疲れが少し軽くなる気がした。単純な自分に、乃依は内心で苦笑いを浮かべる。


駅までの道のりでは、夕暮れの気配が濃くなり、アスファルトに落ちる影が長く伸び、ビルの隙間から差し込む西日が、行き交う人々の輪郭を橙色に縁取っていた。


自動販売機の前で誰かが缶コーヒーを買う音がした。プルタブを開ける小さな音、遠くの工事現場から響く鈍い金属音、信号が変わる合図の電子音。夕方特有の雑多な音がいつもより耳に近く感じられた。


「そういえば、さっきの新入社員、なんの用事だったの?」


乃依が何気なく尋ねると、透青は少し驚いたような顔をした。


「見てたんだ」


「たまたま通りかかっただけ。丁寧に教えてたね」


「まあ、困ってそうだったから」


その返答はいつも通りで、困っている人を放っておけない透青の性格そのままの答えだった。乃依はその言葉にまた小さく胸の痛みを覚える。


分かっていることをわざわざ確かめるような質問をしてしまった自分に乃依は少し呆れていた。答えを聞いて安心したいのか、それとも違う答えを期待していたのか自分でもよく分からない。


「透青って、誰にでもそうだよね」


思わず口をついて出た言葉だった。透青は一瞬歩調を緩めて、乃依の方を見た。


「そう見える?」


「うん。困っている人がいたら、すぐ助けてあげてるし」


透青は少し考えるような間を置いてから、静かに言った。


「別に、誰にでもってわけじゃないんだけどな」


その言い方には何か含みがあるように聞こえ、乃依は続きを待ったが、透青はそれ以上何も言わず視線を前方に戻してしまった。


「どういう意味?」


「別に。なんとなく」


透青は視線を少し逸らしながら答えた。いつもならもう少し丁寧に言葉を継ぎ足すはずの人が、今日は珍しくそれ以上話を広げようとはしない。


その珍しさが乃依の中に小さな引っかかりを残した。普段の透青ならこんな風に言葉を濁すことはない。何かを隠しているのか、それとも言葉を選びかねているのか、その表情だけでは読み取れなかった。


会話はそこで途切れた。気まずいわけではないが、何かが言い残されたような、そんな空気だけがその場に残っていた。乃依は追及すべきかどうか迷ったが、結局それ以上は踏み込まなかった。


代わりに話題を探すように空を見上げると、ビルの隙間から見える空は昼間の青さを失いかけ、灰色がかった水色へと移り変わっていた。その曖昧な色合いが今の自分たちの間に流れる空気とどこか重なって見えた。


改札を抜け、それぞれのホームへ向かう別れ際、透青がふいに立ち止まった。


「明日も、同じ時間くらいでいい?」


「うん。いつも通りで」


「じゃあ、また」


透青はそう言って軽く手を振った。乃依はその背中を見送りながら、さっきの言葉の続きをまだ考え続けていた。


別に、誰にでもってわけじゃない。


その一言が乃依の頭の中で何度も繰り返され、深い意味を読み取ろうとする自分と、そんなはずはないと打ち消そうとする自分が交互に胸の中で押し合っていた。


帰りの電車の中、乃依は窓に映る自分の顔をぼんやりと見つめていた。車内の照明に照らされたガラス面には、街の灯りと自分の輪郭が重なって映っている。


隣に座る会社員は疲れた様子でスマートフォンの画面を見つめており、向かいの席の学生らしき若者は音楽に合わせて小さく肩を揺らしていた。それぞれの一日がそれぞれの速度で終わりに向かっていた。


乃依もまた、その一つの終わりの中にいた。


玄関の鍵を開ける音が静かな部屋に響き、灯りをつけると昼間の熱気がまだ部屋の中にこもっていた。乃依は鞄を置き、しばらく玄関先に立ち尽くしたまま今日一日の出来事を頭の中で並べ直していた。


家に着き、シャワーを浴びた乃依は、ベランダに出た。夜の空気は、昼間の熱をまだわずかに残しながらも、確実に涼しさへと変わり始めていた。遠くに見える高層ビルの窓明かりは、規則正しく、けれど一つひとつ違う表情で灯っていた。


濡れた髪から水滴が首筋を伝い、涼しい夜気に触れて冷たさを増す。手すりに置いた腕の感触、下の道路を走る車の音、隣の部屋から漏れる誰かの生活音。日常のあらゆる断片が今夜はいつもより輪郭をはっきりさせて乃依の意識に届いていた。


透青の言葉を、乃依はもう一度心の中で反芻する。


別に、誰にでもってわけじゃない。


もしその言葉に少しでも特別な意味が含まれているとしたら。そう考えるだけで、胸の奥が甘く疼くのを感じる。けれど同時に、そんな期待を抱くこと自体が危ういことも分かっていた。


これまで何度も期待しては自分で打ち消してきた。誰にでも優しい人だから、と。今回もまた同じように打ち消すべきなのかもしれない。


それでも今夜だけは、その言葉をもう少しだけ手放さずにいたい気がした。透青の視線が一瞬だけ逸れたあの間合いを思い出す。何かを言いかけて結局飲み込んでしまったような、そんな沈黙だった。


もし本当に、誰にでもというわけではないのだとしたら、その先にある可能性を乃依はまだ言葉にする勇気を持てずにいた。期待することの怖さは失望することの怖さよりも時に大きく感じられる。


天井の木目を目で追いながら、乃依は自分の中にある矛盾に気づいていた。誰にでも優しい人だから好きにならなかったわけではない。優しさの奥に、自分だけに向けられた何かを感じてしまったから、好きになったのだ。


その順序を乃依はずっと取り違えていたのかもしれない。優しさが恋の理由ではなく、優しさの中にある小さな違いこそが恋の始まりだったのだと。


けれど、その小さな違いを言葉にした瞬間、すべてが自分の思い込みだったと崩れてしまいそうな怖さもある。確かめないまま抱えていく方がまだ安全だ、と乃依は自分に言い聞かせながら静かに瞼を閉じた。


部屋に戻りベッドに横になっても、乃依の思考は同じ場所を巡り続けていた。困っている人を放っておけない性格と、誰にでもという言葉を否定した瞬間のあの間。その二つがうまく一つの答えに結びつかない。


窓の外では街の灯りが変わらず瞬き、誰かの部屋の明かりが消え、また別の部屋に明かりが灯る、その繰り返しを見つめながら乃依はゆっくりと目を閉じた。


明日の朝も、同じ場所で会える。そのことだけを確かな支えにして、乃依はその夜、眠りに落ちていった。


窓の外で最後まで灯っていた一つの明かりが静かに消え、街はまた次の朝を待つ静けさの中に沈んでいった。


乃依の夢の中でも、透青の声だけが途切れることなく響き続けていた。「頑張って」という短い一言が繰り返し形を変えながら眠りの底まで追いかけてくる。目覚めた朝、その言葉の余韻がまだ胸に残っていることに乃依はきっと気づくだろう。


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