『マッド魔導具師 甲子園を目指す』
シュッ!バシーン!
シュッ!バシーン!
「トト!そんな事じゃ甲子園には行けないぞ!」
「はい!カントク!」
シュッ!バシーン!
シュッ!バシーン!
『ご主人様。何やってるんです?』
店の中から、アルが声をかけてきた。
「え?甲子園目指してるけど?」
『そのコウシエンというのは、ヤキューというやつの大会なんですか?』
「まさしく!高校球児たちの夢の舞台!」
『はいはい。遊んでないで、仕事してくださいよ』
あきれ顔のアルをよそに、必死にボールを投げ返してくるのは十二歳ほどの少年トトだ。
元は港の船乗りだったが、カシラが船を売ってしまったことで職を失い、
さらに「魚が怖い」という致命的な悩みを持っていたところを、
ケイが「じゃあうちで働け」と拾ってきたのである。
「実は手の力の制御が難しくてな。ボール握ったら破裂すんのよ。精密作業が出来ないの。今制御練習してるんだよ」
「え?コウシエンを目指すんですよね?!」
「ああ、トトお前は才能があるぞ!」
「頑張ります!カントク!」
『ご主人様……あんまりトトに適当な事言わないでくださいよ。』
「すまんトト。俺が悪かった」
「カントク…………」
『いや、そもそも監督ってなんですか』
「トト。これから俺の事は社長と呼ぶのだ」
「はい!シャチョー!」
『それならいっそ、脱力する魔導具開発してはいかがですか?』
「脱力するねぇ。デバフがかかるアイテムの作成とは面白いじゃない。やってみよう。ただ今は実験可能なくらいは制御出来ないと。トト!キャッチボール続けるぞ!」
「はい!シャチョー!」
『はあ…………』
アルの深いため息と重なるように、庭の入り口から朗らかな声が響いた。
「ケイ殿。今日は何をされてるのですかな?」
恰幅の良い、優しそうな男がこちらに近づいて来た。領主の使者であるバルトだ。
「おーバルトさん!一緒に甲子園目指しませんか?」
『ご主人様!バルトさんに失礼ですよ!』
「バルトさんと俺の仲じゃん?」
「ははは!ケイ殿はいつも元気ですなぁ」
『もう。うちのケイがすいません。いつもの電池の補充ですか?』
「はい。そろそろ備蓄が切れそうなもので」
「ところでコウシエンとは何ですかな?聞いた事ない響きですな?」
『お気になさらず。ケイがいつものようにふざけているのです。今やっているのは野球のキャッチボールというものです』
「ボールを投げ合って勝負するのですか?」
なんとなく流れで、アルが野球の説明をしていると、バルトが身を乗り出してきた。
「面白い!ヤキューをやって見たいですな!」
「よし!バルトさんもキャッチボールしましょう!トト!グローブまだあっただろ?取ってきてくれ!」
「はい!シャチョー!」
トトが店内に駆け込んでいく。
『はぁ、ご主人様。怪我させないでくださいよ。バルトさんは大事な仕事も多いんですから』
「オッケーオッケー!」
しばらくして、庭からは先ほどよりも一回り大きな捕球音が響き始めた。
「バルト!こんな事じゃ甲子園には行けないぞ!」
「はい!カントク!」
バルトはすっかり上着を脱ぎ捨て、大真面目な顔で叫んでいる。
いつの間にか近くにアルが戻っていた。
『…………何やらせてるんですか?』
「え?甲子園目指してるんだけど?」
『だから…………貴方と言う人は…………』
しばらく練習した後。
「バルトさん。飯でも食べに行きませんか?」
「お?良いですな。良い所がありますかな?」
「ええ。トトの前働いてた所が、食堂やってましてね。結構うまいって評判なんですよ。」
「それは楽しみですね!ぜひ行きましょう!」
「トトも行くだろ?」
「はい!シャチョー!僕も食べて良いのですか?」
「当たり前よ。何でも食べな!」
「やったー!カシラの食堂行ってみたかったんですよ!」
「美味いらしいからな。意外だよな。あの顔で料理が上手いとはな」
『顔は関係ないでしょう……』
「おー、見えてきたぞ。デカい看板だな?[ゴライアス食堂]?」
ケイが指をさす。「カシラの名前はゴライアスですよ、シャチョー」
「流行ってるようですな。人がいっぱいです」
「あの顔で名前もゴライアス? 海賊の統領みたいな顔だぞ?」
『言いすぎでしょう』
「でもカシラ、犬が怖いって言ってましたよ」 トトがふふっと笑う。
「犬が怖い?? あの顔見たら犬の方が逃げるだろ」
『犬が逃げる顔ってどんなですか……』
ガチャ。 「いらっしゃいませ!」
「おう、席頼む!」
店内は30人ほどが入れる定食屋のような雰囲気だった。
奥の厨房からゴライアスの野太い声が響く。 「いらっしゃい!」
席につき、バルトが店員に尋ねる。 「ここは何がオススメなのですかな?」
「魚の油揚げがオススメです!」店員が元気に答える。
「ほう。油揚げですか。聞いたことがないですね」
バルトが不思議そうに首を傾げると、ケイがポンと手を叩いた。
「 前にゴライアスと話したんだよ。魚は油で揚げたらおいしいよなって。あいつ、本当に完成させたのか?」
それを聞き、バルトが店員に注文する。
「それでは、その定食を3人分くださいますか?」
「かしこまりました!」店員はすぐに厨房へ注文を伝えに走った。
「油揚げ3つ入ります!」
「楽しみだな。あれだけの情報で作り上げるとは、あいつも只者ではないぞ」
『また適当に話したんでしょう。本当にそんな食べ物があるのですか?』
「あるある。魚のフライっていってな。タルタルソースを付けて食べたらめちゃくちゃうまいんだぞ?」
「でも、うちでは見たことないですね。……それに僕、魚ってちょっと怖いというか、苦手で……」
「知っているからといって、自分で作れるとは限らんからな。俺は魚もさばけないけどな!」
「そんなにおいしいのでしたら、楽しみですなぁ」
「本当ですね! バルトさま!」
「お待ちどうさま!」
ドン、と運ばれてきた「魚の油揚げ定食」を見て、ケイは目を見張った。
「何! タルタルソースまで完成させてるのか?? あいつ天才か?」
「ほほー、これが魚の油揚げ。興味深いですね」 「おいしそう!」
一斉に口に放り込む。 「「「うまい!」」」 綺麗にハモった。
「外はカリッとしてるのに、中の魚はふわっとしてる! 完全に魚のフライだ! タルタルソースも完璧だし、あいつは天才だぞ! ……くぅー、美味スギルパード!」 ケイが興奮気味に、謎のポーズを決める。
『……誰ですか、そのルパードさんは』
「え? 往年の名投手、ルパードだけど。知らない?」
『だから誰ですか……。この世界の誰もわかりませんよ……』
「美味スギルパード!」
「美味スギルパード!ですな!」
感化されたトトとバルトまで、謎のポーズを真似し始める。
『ほら、みんなおかしくなっちゃったじゃないですか! 』
あっという間に3人とも完食してしまう。
「あー、まだ何回でも食べられそうだな」
「もうなくなっちゃいましたな」
「ふー、おいしかったです。シャチョー」
そこへ、厨房からゴライアスが出てきた。
「お! 兄ちゃんだったか! トトも来てたんだな! 声が聞こえたぞ! うまかったか!」
「おう! いつのまにか立派な食堂を建てて! この魚のフライ、とんでもなくうまいぞ! 天才だな!」 ケイが親指を立てる。
「カシラ! お久しぶりです! 魚めちゃくちゃおいしいです! 今はケイシャチョーのところでお世話になってます」
「おお! 船乗りをやめるっていうから心配してたんだ。ケイシャチョー、色々とありがとうな!」
「ゴライアス殿。素晴らしい料理をありがとうございます」 バルトが上品に一礼する。
「……こちらの方は、どちら様ですか?」
少し緊張した様子で丁寧に尋ねる。
「私は領主様の補佐をしているバルトと申します。おいしい魚のフライをありがとうございます」
「いやいや、お口に合ったならよかったです! 領主様の補佐様だなんて、恐れ多いですよ」
ゴライアスは恐縮して答えた。
『外見に反して、ずいぶんと礼儀正しい方なのですね』
「いやぁ、本当に美味かったですな。大満足です」
「おっと、いけない。ケイ殿、美味しい食事とキャッチボールに夢中で、すっかり本来の用件を忘れるところでした。領主館で使っている魔導具の電池を補充しに来たのでしたな」
「ん? ああ、電池の補充だったね。バルトさん、いつもまとめ買いしてくれるから大歓迎だよ」
『バルトさんが言わなければ、ご主人様は確実に忘れたまま帰る気でしたね』
「ははは、そんなわけないだろ? よし、それじゃあ店に戻って、準備するか。トト、帰るぞー!」
「はい、シャチョー!」
美味しい「魚のフライ」で腹を満たし、本来の仕事を思い出した一行は、賑やかにゴライアス食堂を後にするのだった。




