初めての湯屋
目の前に聳え立つのは王都でも珍しい煉瓦造りの建物。
煙突からは煙が、建物全体からは湯気が立ち上っている。
「二人で銅貨一〇枚だよ」
中に入ってすぐに言われたのはそんな言葉。
受付で言われた通りの金額を払えば、二人分の布を渡された。
奥の部屋で衣服を脱いで渡された布を広げ、それを被るように着る。
布の上から紐で縛ったら、さらに奥に行く。
たどり着いたそこは絶えずお湯を張っているため湯気で視界が悪く、さらに蒸し暑い。
「あ、リーゼさん。ここが空いていますよ」
呼ばれて近づけば、木樽が丸々一つ空いていた。
通常相席が当たり前なのだが、思っていたより空いていたようだ。
「見つけてくれてありがとう。ここにしよう」
そのまま私たちは木樽に足を入れた。
「ふ〜〜〜……。温かいお湯に浸かると疲れがとれますね……」
腰を下ろしてお湯に肩まで浸かると、ユーリスは安心し切ったような声音で言った。
「そうだねえ……。今日は朝から慌ただしかったし、一日の終わりにこうやってゆっくりできるのは良いもんだねえ……」
二人揃って「ふぅ……」と息を吐く。
思えば、朝食を食べに出かけてからというものろくに休めていない気がする。
出かけたついでに食材の買い出しをして、帰ってきたら食料棚の掃除をして。
気づけば湯屋が開くような時間だ。
汗を流すついでにゆっくりしよう、と来ることになったのだが、来て正解だったかもしれない。
「あ、すみません。パンと肉を二人分。リーゼさん、お酒も飲みますか?」
「んー、湯に浸かりながらだと酒の回りがいいからやめておこうかねえ」
「わかりました。えっと、それから水も二人分でお願いします」
近くを通りかかった給仕に伝えるユーリス。
それを聞いた私は木樽に板を置く。
「ありがとうございます」
「ユーリスこそ、注文ありがとう」
「いえいえ」
「お酒は良かったのかい? 飲みたかったんだろう?」
「最初はそう思っていたんですが、明日は早番だってことを思い出して──」
私たち二人しかいない木樽の中は広い。
通常八人ぐらいまで入る大きさなので、二人だけなら足も伸ばせる。
注文した料理が来るまでは縁にもたれつつ脚を伸ばした。
「料理が来るまでに時間もありますし、ほぐしましょうか?」
私の動きが気になったのか、そう言ったユーリスの視線は脚に向いている。
どうやら疲れて伸ばしたと思ったようだ。
「大丈夫だよ。これだけ広いからと思ってね。ユーリスも伸ばしてみたらどうだい?」
「──そうですね。せっかくですから……」
おずおずといった様子で脚が伸ばされる。
結果、彼の足の裏がすぐ近くまでやって来た。
「結構大きいんだねえ……」
「……? 何がですか?」
「足」
「そう、でしょうか? あまり気にしたことはなかったですね」
そう言いながら、ユーリスも私の足を眺めている。
やがて自身の足と見比べ始めて頷いた。
「俺はリーゼさんの足の方が素敵だと思いますよ」
「…………? ぷっ、あはははは!」
足が素敵だなんて初めて言われた。
まったく、ユーリスは時々妙なことを言う。
そんな彼の言葉にこそばゆさを感じながら笑う。
「え、俺、何か変なことを言いました……?」
目の前で慌てふためく夫の顔は赤い。
のぼせたのか、はたまた──
「お待たせいたしました」
目の前の板に皿が置かれる。
給仕はなんとも涼しい顔をして仕事を終えると去っていった。
「「……………………」」
どうやら私も場に酔っていたようだ。
顔を見合わせて瞬きをする。
「それじゃあいただこうか」
「そうですね」
板を挟んで向かい合ったまま、食事を手に取る。
パンを咀嚼しながら考える。
なぜ場に酔ってしまったのか。
湯屋に来るのも初めてではないのに、この中途半端な違和感はなんだろうか。
「……そういえば二人で湯屋に来たのは初めてだったねえ……」
ようやく思い至った答えを溢す。
それにユーリスは珍しそうに瞬きを繰り返していた。
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次回最終話「初めての待て」
「リーゼさん、──好きです」
──頼れる夫、盛大に甘える!?




