初めての待て
寝室の椅子に座って髪を梳かす。
ユーリスが一生懸命切ってくれた髪はまだ短いままだ。
髪を梳かしながらピアスに触れて、飾りの宝石が小さく揺れた。
「今日は色々ありましたね……」
蝋燭を持ってユーリスが部屋に入って来た。
一階の灯りを消して来てくれたのだ。
「そうだねえ……。私の不注意で面倒をかけたね」
「いえ、そんなことはないですよ。むしろ後始末の仕方を知る良い機会になりました」
リーゼさんがいない時でも、これで元通りにできます! とユーリスは胸を張った。
彼はこうやって面倒ごとも前向きに捉えてくれる。
そんなところも愛おしい。
「そうかい。覚えるのが早くて助かるよ。【アストラ】の男どもとは大違いだねえ」
思い出すのは、冒険者パーティの拠点で暮らしていた頃。
あの頃は何か起こる度に手を貸さないといけなかった。
それに比べて夫は率先してやろうとしてくれるのだからとても助かっている。
「俺なんてまだまだですよ。どれも一人前にできるわけではないですし」
そう話しながらユーリスはベッドに仰向けに倒れた。
目を瞑り、大きく深呼吸している。
「そのうちできるようになるよ」
「そうだと良いですね」
二人揃ってくすりと笑う。
しかし、ユーリスがなんでもできるようになったら、全部自分がやると言い始めてしまうのではないだろうか。
それはそれで寂しいかもしれない。
「…………? どうかしたんですか?」
私の胸の内が顔に出ていたのか、ユーリスはそっと起き上がって訊ねた。
「たいしたことじゃないよ。ユーリスがなんでもできるようになったら全部やるって言いそうだなって思っただけ」
本心は伏せつつ、思ったことを伝えることにした。
こういうところは本当に鋭くて、下手に隠そうとすると気付かれてしまうのだ。
「……──言いますね」
少しだけじっと私を見たのちに紡がれた言葉は苦笑いが含まれていた。
寂しいと思ったことに気づかれなかったことに安堵しつつ、自覚があったか、と笑いが込み上げてくる。
「ふふっ……」
「どうして笑うんですかっ! 俺はただリーゼさんの役に立ちたくて──」
「わかってるわかってる」
櫛を置いてユーリスの隣に座ると、片手を彼の肩に置く。
「でも、全部負担させるのは私も嫌だよ」
そんな一言にユーリスは眉尻を少し下げて息を吐き出した。
そして腕を腰に回したかと思った瞬間──
「ちょっ──」
音を立てる勢いでベッドに引っ張り込まれた。
今は二人向かい合う状態だ。
至近距離で目が合って、顔に熱が集まってくる。
結婚してこんな距離は何度も経験しているはずなのにいまだに慣れない。
「俺だって、リーゼさんに任せっきりは嫌です」
コツンと額を当てて、まっすぐ私を見る彼の目は真剣だ。
「……そうだね」
言わんとすることを察して表情を緩めると、回された腕が少しきつくなった。
向き合っていた顔を私の胸に埋めるように抱きつく。
「ちょっと、ユーリス。くすぐったい……」
彼の吐息がまるでくすぐるようで身を捩るが、抜け出せそうにない。
これは甘えたいのだろうか──? と思っていると彼の顔がこちらを向いた。
「リーゼさん、──好きです」
少し真面目な顔をした彼の髪を梳かしながら、「仕方ないねえ」と答えようとして、はたと思い出した。
「…………明日、早番じゃなかったかい?」
「……………………」
数回瞬きをしたユーリスは、その顔をもう一度私の胸に埋めた。
そして絶叫する代わりに、大きなため息をして私をきつく抱きしめた。
「……忘れてました……」
しょんぼりとした様子で体を離した彼が縮こまっているように見えた。
そんな彼の頭を撫でる。
「早番なら帰りも早いね。また明日にしよう?」
「…………! はい!」
先ほどとは打って変わって嬉しそうな様子でシーツを被るユーリス。
そんな夫の様子を可愛いと思いながら、私も休むのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「レフェス夫妻の日常」はこのエピソードで完結です。
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