初めての後始末
買い物から帰ってきて真っ先に向かうのはキッチンだ。
二人揃って台にカゴを置き、食料棚を見上げる。
「……これは厄介だねえ……」
傷んだ食材を片付けて出かけたとはいえ、食材から出た水分のせいか、食料棚からは強烈な悪臭が放たれていた。
隣で同じように見上げているユーリスも鼻を押さえるほどだ。
「……棚を交換するしかないでしょうか……?」
そんな不安に駆られるのも無理はない。
棚板も腐ってしまったかのように嫌な色がついているのだから。
「とりあえずできることをしようか。ユーリスは炭を用意してくれるかい? できれば形がしっかりしているものが良いね」
「──わかりました。では昼食を一緒に仕込みますね」
「うん、頼むよ」
炉に残っている炭は全てボロボロで、持ち上げればそのまま崩れてしまいそうだ。
それを使うわけにもいかないので、新たに火をつけるしかない。
それを見てとったらしく、ユーリスはついでに昼食を作る判断をしたのだろう。
実に無駄がない。
私は台に向かった夫の背を見届けて拳大の麻袋を手に取った。
中身は塩だ。
それを掬って棚板に擦り付ける。
何度も繰り返して棚全体を塩まみれにすれば、麻袋は片付けて今度は藁を手に持つ。
「あっ、力仕事なら俺が代わりますよ……!」
藁で棚をゴシゴシと擦り続けていたところ、ユーリスにそう声をかけられた。
ちょうど小鍋を火にかけたところだったようで、彼は炉の近くにいた。
「……じゃあ高い部分を頼めるかい? 低い場所は私がやるから」
「任せてください!」
額から滴り落ちる汗を拭いながら答えれば、ユーリスは藁を受け取って棚に向かった。
高いところを任せはしたが、私とユーリスでは身長差はあまりない。
だから大変さは変わらないだろうと思う。
そして──
「一度休憩しようか。手を洗っておいでよ。昼食は運んでおくから」
「ありがとうございます。急いで戻りますね」
私よりも多く汗を垂れ流す姿を見て声をかけた。
用意してくれた鍋の中身も良い具合に煮えているのもあって休憩するのが良いだろうと思ったのだ。
棚の悪臭は相変わらずで、居間にも流れていっていることだろう。
この臭いの中食事をすることになるが、いたし方ない。
そんなことを考えながらスープを器に取り分ける。
「……うっ、くさっ!」
戻ってきたユーリスはそう言って鼻を覆っている。
そんな彼に苦笑しながら、私は席に座るよう促した。
■■■
「これでどうでしょうか?」
「うん、良い感じだね。念のため全体をもう一度擦ったら次に移って良いと思うよ」
「わかりました!」
昼食を終え、私たちは棚の掃除を再開した。
今度は分担して棚板一枚一枚の汚れを落としていく。
一枚こなすだけで汗まみれだ。それはユーリスも変わらない。
なので始めこそ雑談ができたが、今ではほとんど話さない。
お互いの息遣いを聞きながら頻りに腕を動かし続ける。
他に聞こえてくるのは、藁で擦って削れる板の音と、窓の外から聞こえる鳥の声ぐらい。
一緒にいるはずなのに、この静けさがおかしくて笑みが溢れる。
「ふふ……」
「……? どうかしたんですか?」
突然笑い始めた私に、ユーリスは手を止めて振り向いた。
汗を滝のように流しながら、少しきょとんとした表情の彼と目が合って微笑む。
「なんでもないよ」
「…………?」
「ちょっと可笑しいって思っただけだよ。一緒にいるのにこんなに静かだから」
「ああ、なるほど」
彼も思い当たったのか、少し納得した顔で作業を再開した。
そうして作業を続け、最後の一枚汚れを落とし切ったのはちょうどお茶時だった。
「お疲れ様。あとはこの炭を置いてしばらく待つだけだからお茶にしようか」
昼食を作りながら出来上がった木炭を棚に並べていく。
これで嫌な臭いも取れるはずだ。
「ふー……。朝はどうなることかと思いましたが、なんとかなりましたね……」
見上げる食料棚は、朝の惨事から見違えるほどに綺麗になった。
それに言いようのない達成感を感じる。
「そうだね。次からはこんなことにならないように気をつけるよ」
「それは俺も同じですよ」
そんな会話に笑い合う。
そして臭いも落ち着いた居間でゆっくりとお茶を飲む私たちなのだった。
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次回「初めての湯屋」
「そういえば二人で湯屋に来たのは初めてだったねえ……」
──最強妻、湯気にやられる?




