初めての買い出し
行きつけの茶店でのんびりと朝食を終えた私たちは、そのまま市場に向かった。
すでに朝市を終え、昼前にはまだ早い中途半端なこの時間は、普段は混雑するこの広場も人の姿がまばらだ。
「お姉さん、こっちの肉はどうだい!」
近くの露店から声がかかる。
店主が持ち上げて見せているのは大きな肉の塊。
家庭で切り分けて使うことを想定しているのか乾燥された、いわゆる干し肉の状態だ。
「悪いね、今日は遠慮しておくよ」
そう言って手を振れば、店主はいそいそと肉をしまった。
肉はその気になれば自力で調達できるので買うことはめったにない。
それに勧められたのは干し肉だ。
長期保存の観点では優れているが、すぐに使い切るのであれば生肉のほうが使い道に幅があるので、やはり買う理由がないのだ。
「良かったのですか? 肉類も切らしていますが……」
店から離れてすぐにユーリスが訊ねた。その表情は不安げだ。
そんな彼に振り返って私は微笑む。
「良いんだよ。干し肉だとどれぐらい日が経っているかわからないからね。必要なら獲りに行けば良いし」
「……確かにそうですが、自分で獲りに行くなんて……」
ユーリスは更に不安そうに眉尻を下げる。
きっと魔物ではないとはいえ、狩りは危ないと思っているのだろう。
しかし、私もAランク冒険者だ。
多少の危険には慣れているし、相手は動物なのだから危険なうちにも入らない。
少し過保護な夫の姿に笑いが込み上げてくる。
「っ、ふふ……。ユーリス、それじゃあ私は仕事ができないじゃないか」
突然笑い出した私に、ユーリスは慌て始めた。
そんなつもりはなかったか、どうすれば良いのかわからないといったところだろうか。
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……!」
……どうやら両方だったようだ。
今なおワタワタとなにかしようとしている夫に、私は一頻り笑うのだった。
■■■
「えっと、これで一通り揃ったでしょうか……?」
市場で買い物をすること一時間。
私たちはそれぞれ大きなカゴを両腕で抱えるほどの食材を買った。
これでしばらくは食べ物で困ることはないだろう。
「うん、十分だと思うよ。——落としそうだねえ、少しもらおうか?」
ユーリスが持つカゴの上に載せられているものが、ゆらゆらと揺れているのが見えた。
すでにカゴの外にはみ出しているので、そのまま転がり始めれば落としてしまうだろう。
「いえ、これぐらいなら大したことはないですよ。そろそろお昼時ですし、帰りましょうか」
重たいものばかりを入れたカゴを軽々と持ち上げてそう言う夫に頼もしさを覚えつつ、気を使われすぎているようにも感じる。
私だってそれなりに力はあると思うのだが……。
だからといって一人でやろうとしてしまっては、ユーリスの思いやりを無下にしてしまうかもしれない。
ここは言われた通り彼を信じよう、と小さく息を吐いた。
一歩先を歩く夫の背を見ながら、本当に私にはもったいない人だ、と小さく笑みをこぼした。
「……ん? どうかしましたか?」
そんな私の気配に気づいたのか、ユーリスは顔だけ振り向かせて訊ねた。
なんでもないよ、と答えようとした私の視線の先には先程の落ちそうになっていた食材。
彼が振り向いたことで食材が不安定に揺れ、ついにごろりと転がり始めた。
「あっ……!」
慌てて一歩を踏み出し手を伸ばす。
両手で抱えていたカゴを片手で支えたことでその腕にかかる重さに痛みを覚える。
それでも手を前へと伸ばせば、小さな衝撃とともに硬い感触が手に収まった。
「——すみません、俺の不注意で……!」
「良いよ、これぐらい。これは私が持つよ」
「すみません……」
かろうじて受け取れた食材を私のカゴに入れる。
その様子を申し訳無さそうに見る夫。
少しだけシュンと肩を落としているように見える。
前言撤回。
私の夫は頼もしいより可愛いのだ。
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次回「初めての後始末」
「……これは厄介だねえ……」
──食料棚が悲鳴を上げる!?




