初めてのお出かけ
「——これは困りました……」
キッチンからそんな声が聞こえてきたので中を覗けば、台の前で腕を組んで首をひねっているユーリスの姿があった。
「おはよう。何かあったのかい?」
私の問いにユーリスはビクリと肩を震わせた後、恐る恐るといった様子で振り返った。
なぜそんなに怯えられているのだろうか……。
「……お、おはようございます……。その、リーゼさん。怒らずに聞いてほしいのですが——」
そこまで言ったユーリスは言葉を切って視線を彷徨わせる。
指先を小さく動かしつつ、口もモゴモゴと動かしているあたり、どう言えば良いのか迷っているのだろう。
「なんだい? 私が怒るようなことなのかい?」
家の中で私が怒るようなことがあるだろうか。
そう思って微笑んで訊ねれば、ユーリスは少し俯いてから私を見据えて口を開いた。
「その……、朝食に使おうと思っていた食材が全部傷んでしまっていまして……」
「全部かい? 傷んでいるところだけ切り取るとかできないのかい?」
「それが、どれからかわからないのですが……水が出てしまっているんです……」
ユーリスはおもむろに台に並べてあった食材の一つを持ち上げて見せる。
それからは確かに水分が滴っていた。流石に食べられる状態ではないのは明らかだ。
昨日棚を確認した際は傷んでいるものはなかったはずだ。
そこから一晩でこれだけの量が一気に傷むとは考えづらい。
あり得るとすれば、どれかがすでに傷んでいてそれを見落としていたがために周りに広がってしまった、というところだろうか……。
「ごめん。私の確認不足だったね。きっと何かがすでに傷んでいたんだよ」
「いえ、リーゼさんのせいでは——。……いえ今はその話ではないですね。朝食はどうしましょうか……」
ユーリスの後ろに並べられているものを見る。
おそらく棚にあったもののほとんどがだめになってしまったのだろう。
そうともなると食べに出るしかない。
食材を買うにしても、棚に残った汚れを綺麗に落としてからでなければしまうことができないのだから。
「こうなったらどこかの店に行こうか。この時間で開いているところは……」
「でしたら、あそこはどうでしょう?」
■■■
ユーリスとともにやって来たのは、私たちが初めて会話した茶店だった。
あの時と同じ軒先の席に座って注文をする。
「朝だけ軽食も扱っているなんて知らなかったよ」
「俺もつい最近まで知らなかったんですよ。同僚から朝に行くことがあるって聞いて——」
ユーリスに提案されたときは驚いた。
この店にはよく来ているが、飲み物しか扱っていないとばかり思っていたのだ。
なので朝食に行くなど思いもよらなかった。
そんな話をしながら待つことしばらく、店員が皿とカップを置いていった。
カップの中身はいつも頼んでいるお茶で、皿の上にはまだ湯気が立ち上っているパンと少しの野菜が載っている。
「思っていたよりもしっかりしたものだねえ。冷めないうちに頂こうか」
「はい!」
出された皿を前にニコニコとしているユーリスは、そんな元気の良い返事とともにパンを手に取った。
ユーリスに倣ってパンをかじれば、表面はサクッと、中はふんわりとした食感に、ほんのりと塩味がきいた味が広がった。
特別美味しい訳では無いが、素朴な温かみのある味わいだ。
「——美味しい……! リーゼさんの方はどうですか?」
最初の一口目を何度も咀嚼した後、そう言ったユーリスの目はとても輝いている。
そんな彼が面白くて笑ってしまう。
「……うん、こっちのも美味しいよ。温かみのある味だね」
その返事が嬉しかったのだろう。
ユーリスは先程よりも笑みを深めて、再びパンにかじりついた。
「たまには、ここで朝食を食べるのも良いかもしれないね」
ぽつりとこぼした私の本音。
それにユーリスは目を丸くして、花がほころぶような笑顔になったのだった。
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次回「初めての買い出し」
「良かったのですか? 肉類も切らしていますが……」
──頼れる妻、狩りに出る宣言!?




