初めての散髪
昼下がり。
久しぶりの休日なので、長椅子に深く座ってくつろぐ。
今日はユーリスも休みなのだが、今は買い出しに知人と出かけている。
おそらく王都中を連れ回されてしばらくは帰ってこないだろう。
楽しくやっていれば良いのだが……。
お茶を一口飲んでホッと息を吐く。
冒険者という仕事柄、仕事に出てしまえばこうやってゆっくりできることは少ない。
足を伸ばせることなどほぼないだろう。
「何もしない休日って久しぶりだねえ……」
思い返せば、独り身だった時も結婚してからも、ここまで穏やかな休日はなかったのではないだろうか。
立ち上がり、窓辺に立つ。
窓からは耕された畑が陽光を浴びてキラキラと輝いているのが見える。
そろそろ種まきだろうか。
窓からふわりと風が吹き込む。
一緒に土の香りが入り込んで、少し懐かしい気持ちになる。
「随分と伸びてきたねえ……」
風にさらわれた髪を梳かしながら呟く。
最後に切ったのはいつだったかと考えたが思い出せない。
季節すら出てこないあたりかなり前なのだろう。
いつもならこのまま髪を整えて終わりなのだが、長いと気づけばやることは決まっている。
梳かした髪を束ねて掴み、使い慣れた槍を取る。
槍先を髪に当てて一思いに切ろうとした瞬間だった。
「リーゼさん! 待ってください! 早まらないで!」
そんな言葉と共に槍を持つ手を押さえられた。
「──ん?」
そちらに視線を動かせば、押さえているのは当然夫であるユーリスだった。
彼は必死の形相で私の手を掴み、今なお動かせないように力を込めている。
「ユーリス? 動かせないんだけど……」
「ダメです! どうしてこんなことを……そんなに俺との結婚が嫌だったんですか⁉︎」
──うん? 結婚が嫌?
ユーリスの言い分に疑問しかなく首を傾げる。
嫌も何も、ユーリスとの生活に嫌なところなどなく、不規則な仕事をしている私を支えてくれて感謝しているぐらいだ。
それは日々伝えているはずなのだが、なぜそんなことを言い始めるのだろうか?
「嫌なんてことあるわけないじゃないか。ユーリス、とりあえず手を離してくれないかい?」
そう伝えれば、ユーリスはじっと私を見た後に、渋々といった様子で手を離してくれた。
解放された手を下ろし、握っていた槍を置く。
──槍を、置く……。……あ。
ユーリスが慌てた理由に思い当たって、彼を見上げる。
彼が必死になるのも当然だ。
いくらなんでも髪を切るのに槍を使うなんて普通はしない。
仕事中に切ることが多くてすっかり当たり前になっていた。
「……ごめん。驚かせたね。髪を切るつもりだったんだよ」
「──髪、ですか……?」
訝しむような視線の彼に、仕事で遠出していて手早く髪を切るために槍を使っていたことを話した。
納得してくれたのか彼は目を丸くして、すぐに陽だまりのような笑顔になった。
「リーゼさん、これからは俺がちゃんとナイフで切りますよ」
ユーリスはそのまま懐から取り出したナイフを手にして私の髪に触れた。このまま切ってくれるようだ。
「わかったよ。ところで、やったことはあるのかい?」
私の問いかけにユーリスは視線を泳がせた。
「……頑張りますっ! 今日は練習ということで少しだけ……」
ナイフを持ったまま固まっていたユーリスはそう言ってそれを動かし始めた。
髪にナイフを押し当て切ろうとするが、その刃は髪の表面を滑るだけだ。
私に遠慮しているのか、髪を掴むのもナイフの動きも力が足りないように感じる。
「ユーリス、思い切ってくれて良いよ。髪を引っ張っても構わないから」
一本も切れていないことに焦っていたのだろう。
そう言った私を夫は凝視するように見つめ、ため息のように息を吐き出して眉尻を下げた。
「……わかりました。痛かったら言ってください」
そうしてようやく切れるようになったのだが、なかなか綺麗に揃わない。
右から左へ、左から右へと何度も切り直す。
結局うまくできた時には、長かった髪が肩より上まで短くなっていた。
「……ユーリス、流石に短すぎるんじゃないかい?」
普段とは違う髪型も悪くないと思う一方で、彼の不器用さに思わずくすりと笑ってしまったのだった。
——この時の私たちは、こんな穏やかな日々がこれからも続いていくのだと、なんとなく思っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「レフェス夫妻の日常」はこのエピソードで完結です。
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