初めての料理
キッチンの台に食材を並べて頷く。
これなら夕食としてちゃんとしたものが作れるだろう。
私もだが、ユーリスも仕事柄体力を使う。
なのでせっかくなら精のつくものを振る舞いたいのだ。
それに美味しいものを食べてもらいたいという本音もある。
だから下ごしらえは重要だ。
「これから料理ですか?」
さあ始めようか、とナイフを手に取ったところで声をかけられた。
振り返れば、入り口にユーリスが立っていた。
仕事から戻ってくるにしては随分と早いのだが……。
「ん? そうだけど、随分早かったね。何かあったのかい?」
「いえ、今日は仕事ではなくイーヴォの用事に付き合っただけですよ。話していませんでしたっけ?」
問われて考える。
……そういえば、昨晩そんな話をされた気がする。私としたことがとんだ失敗だ。
「——そういえばそうだったね。すっかり忘れていたよ」
「そんなこともありますよ。それより、これから作るのであれば今日は俺に任せてもらえませんか?」
彼の視線は台の上にある食材に向いている。
そんな真剣な表情の彼にふっと息をついた。
「じゃあ、お願いしようかねえ。器具の場所は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。リーゼさんは居間でくつろいでいてください」
「わかったよ」
ここはいつも頑張ってくれているからこそ断りたいところだが、本人がやりたいと言っているのだからそのまま任せることにした。
だが、ユーリスはキッチンに立つのは初めてだ。
結婚前は寄宿舎暮らしで外食ばかりだったと言うし少し不安だ。
ここはそっと気づかれないように見守ることとしよう。
居間に移りつつ、気配察知でキッチンの様子を見る。
何を作るか考えているのか、台の前に立ったまま動く気配がない。
そんな状態が数分続いた後、ようやく動き始めた。
「……あっ……」
ごろっとした音とともに聞こえる声からして、食材を落としたのだろう。
多分落としたのは根菜だと思う。
その後も何度か似たような音を立てながらも、準備ができたらしく水の音が聞こえてきた。
ナイフで怪我をしなかったようで一安心だ。
「えっと、火打ち石は……」
そんな声にハッとする。
火を使うときはいつも魔法で熾していたのだ。なので火打ち石は置いていない。
彼は魔法を使えないと言っていたので、このままでは火をつけることができないだろう。
「あの、リーゼさん。……火打ち石はどこに……」
「ごめん、今火をつけるよ」
今から買いに行くのは時間が惜しい。ユーリスを待たせることにもなる。
立てかけてある愛用の槍を手にしてキッチンに入れば、魔力を槍に流して炉に火を入れた。
「いつも魔法でどうにかしていたから、火打ち石のことをすっかり忘れていたよ……。ごめん……」
「いえ……。それにしても魔法って便利なんですね……」
火がついた薪はもうパチパチと音を立てている。
火打ち石を使っていればもっと時間がかかっているはずだ。
そこをユーリスは便利だと評価したのだろう。
「そうかもしれないねえ……。まあ、加減を間違えて薪を炭に変えたこともあるけどね」
思い出すのはまだまだ駆け出しの冒険者だった頃だ。
あの頃はお金もないので店で食べることもできず、仕事中に手に入れたもので食いつないでいた。
そんな貴重なものを魔法ですべて炭に変えてしまった時は涙が出てきたものだ。
「あはは。リーゼさんがそんなことをするなんて想像もできないです」
「……もう随分昔の話だよ」
そんな雑談をし終えると、ユーリスは私を居間に戻した。
ここからは自力で頑張るのだそうだ。
それから待つこと十数分。
キッチンからグツグツと鍋が煮立つ音とともに食欲をそそる匂いが流れてきた。
完成まであと少しだろう。
「——あっつ!」
咄嗟に出たのであろう大声に立ち上がる。
火傷して仕事に差し支えが出れば大問題だ。手当をするなら早い方がいい。
しかし——。
一度任せたからには手を出さないほうが良いのではないだろうか、という思いがよぎる。
数秒ほど考えた末に、私はそのまま座って待つことにした。
食べ始める前に状態を確認して手当をしようと心に決めて。
そうして更に待つことしばらく。
ユーリスが両手に皿を持って居間に現れた。
食卓に置かれた皿からはゆらゆらと湯気が立ち上り、少し香草が効いた匂いが漂っている。
キッチンからパンも運んで着席したユーリスを見れば、少し眉尻が下がっていた。失敗でもしたのだろうか。
「……お口に合うと良いのですが……」
少し自信がなさそうな声音に納得する。
普段から作っているのであれば、相手の好みに合わせて調整することはできるだろう。
しかしユーリスは初めてな上、お手本もない状態だ。
自分の味覚だけでは不安なのも仕方がない。
「じゃあ——、その前にユーリス。手を出して」
おずおずと差し出された手は、ところどころ薄皮が切れており、手のひらもうっすらと赤くなっていた。
「これぐらいなら手持ちの薬草でなんとかなりそうだね」
ずっと身につけたままの小さなカバンから薬草を取り出し、すりつぶす。
それをユーリスの手に塗って、裂き布を巻く。
「……すみません。うまくできると思ったのですが……」
謝る彼に首をふる。これぐらい誰にでもあることだ。
「そんなことないよ。初めてにしては良く出来てる」
皿によそわれたスープの具材は不揃いだ。
手だって無傷ではない。
それでも私のためを思って頑張ってくれたことがしっかりと伝わってくる。
そんな温かな気持ちで私はスプーンを手に取った。
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次回「初めての掃除」
「……あ、煤かい……」
——最強妻、煤だらけになる!?




