第6話 公開処刑
第6話 公開処刑
ホテルの宴会場は、眩しいほど明るかった。
シャンデリアの光がグラスに反射し、金色の粒みたいに空間へ散っている。甘い香水。ワインの匂い。笑い声。名刺交換のざわめき。
そこには、“成功”の空気が満ちていた。
「黒崎さん、ついに会社立ち上げですか!」
「いやぁ、ここからですよ」
「SNSの影響力すごいですね」
「時代読むの上手いからなぁ、彼」
会場中央で、拓海は得意げに笑っていた。
ネイビーの高級スーツ。磨かれた革靴。艶のある時計。
すべて、“成功者らしく見える”ように計算された姿だった。
その隣には萌香がいた。
肩を大胆に出した白いドレス。艶やかな巻き髪。胸元で揺れる高そうなネックレス。
萌香は周囲へ愛想よく笑いながら、グラスを掲げる。
「すごぉい♡ ほんと人いっぱい」
「当たり前だろ」
拓海は鼻を鳴らした。
「俺、今めちゃくちゃ勢いあるし」
会場後方。
志乃は黒いスーツ姿で静かに立っていた。
誰もまだ気づかない。
細いヒール。まとめた髪。化粧は薄い。
けれどその目だけは、異様に冷静だった。
隣には神崎弁護士がいる。
「準備は整っています」
「ありがとうございます」
「本当にやりますか?」
志乃はステージを見つめた。
笑いながら拍手を受ける拓海。
自分の言葉みたいに企画を語る男。
その隣で、自分を嘲笑っていた女。
「はい」
静かな声だった。
「終わらせます」
やがて照明が少し落ち、司会がマイクを取った。
「皆さま、本日は黒崎拓海様の新会社設立記念パーティーへお越しいただき、誠にありがとうございます!」
拍手。
拓海が壇上へ上がる。
スポットライトが彼を照らした。
「本日はお忙しい中、本当にありがとうございます」
滑らかな声。
人を惹きつける話し方だけは、昔から上手かった。
「僕はずっと、“新しい時代の価値”を作りたいと思ってきました」
スクリーンに映し出されるブランドロゴ。
洗練された映像。
「今の時代、売れるのは“共感”です。無理しない美容。背伸びしないライフスタイル」
会場の人間たちが頷く。
「消費者は、“本物”を求めている」
志乃は小さく目を伏せた。
その言葉を考えたのは誰だったか。
深夜のファミレスで市場分析したのは誰だったか。
資料を作り、数字を集め、導線を設計したのは誰だったか。
全部、自分だった。
なのに壇上に立つのは、この男。
「そして今日は!」
拓海が声を張る。
「僕を支えてくれた最愛の女性も紹介したいと思います!」
会場がざわめく。
萌香が頬を赤らめながら壇上へ上がった。
拍手。
スマホを向ける人間たち。
フラッシュ。
萌香は涙ぐむ演技までしていた。
「姫野萌香さんです!」
歓声。
「かわいいー!」
「お似合い!」
拓海は萌香の腰を抱き寄せた。
「彼女は、僕に“華”を与えてくれました」
萌香が照れたように笑う。
「やだぁ♡」
「成功者には、やっぱり特別な女性が必要なんですよ」
その瞬間だった。
スクリーンが切り替わる。
最初は誰も気づかなかった。
だが次の瞬間。
会場の空気が凍る。
『地味女から会社の金引っ張ったら捨てなよ笑』
巨大スクリーンいっぱいに、LINE画面が映し出されていた。
一瞬、沈黙。
「……は?」
拓海の顔から笑みが消える。
さらに画面が切り替わる。
『企画も金も持ってくるし便利』
『でも女としては無理笑』
ざわめき。
「え、何これ」
「本物?」
「やば……」
萌香の顔色が一気に青ざめた。
「ちょ、ちょっと待って!」
だが止まらない。
次々映し出される資料。
志乃が作成した企画書。
作成日時。
社内データ。
その後に公開された拓海の動画内容。
完全一致。
「盗用……?」
「え、これ黒崎の企画じゃないの?」
さらに。
共同口座の引き落とし履歴。
高級ホテル。
ブランドショップ。
借金残高。
消費者金融。
カードローン。
赤い数字。
会場中から息を呑む音が聞こえた。
「嘘だろ……」
「自転車操業?」
「投資大丈夫なのか?」
拓海が青ざめながら叫ぶ。
「止めろ!!」
スタッフへ怒鳴る。
「映像止めろよ!!」
だがスクリーンは止まらない。
最後に映し出されたのは、一枚の写真だった。
深夜のファミレス。
ノートパソコンを開き、企画書を作る志乃。
その隣で、スマホをいじりながら話を聞いている拓海。
撮影日時入り。
会場が完全に静まり返る。
その静寂の中。
ヒールの音が響いた。
カツ、カツ、カツ。
黒スーツ姿の志乃が、ゆっくり壇上へ向かう。
誰も声を出せない。
ただ、その姿を見ていた。
拓海の顔が引きつる。
「……志乃」
萌香は後ずさった。
「なんで、ここに……」
志乃は何も答えず、壇上へ上がった。
そして静かにマイクを取る。
手は震えていなかった。
「皆さま、初めまして」
静かな声だった。
だが、不思議なほど会場へ通った。
「黒崎拓海さんの元婚約者、白石志乃と申します」
空気が張り詰める。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
志乃は淡々と続けた。
「今スクリーンに映っているものは、全て事実です」
「待てって!!」
拓海が叫ぶ。
「お前、何してんだよ!!」
志乃は視線だけを向けた。
冷たい目だった。
「あなたが言ったんでしょう?」
「……は?」
「“成功者には華が必要”って」
会場が静まり返る。
志乃は微笑んだ。
けれど、その笑みには温度がなかった。
「だから今日は、あなたの“中身”も皆さんに見てもらおうと思って」
その瞬間。
会場の空気が完全に変わった。
誰ももう、拓海を“成功者”として見ていなかった。




