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英雄の子レクス 〜化け物と呼ばれた山の子は名前を取り戻す〜  作者: むぎ
第1章 山から来た子

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第14話 繋ぐ鎖と、初めての外食

 ヴァルクハイン家の一室には、夕方の光が斜めに差し込んでいた。


 机の上には、南街道の旧道の報告書が広げられている。


 黒い粉のついた箱の破片についての記録、保護された獣人(じゅうじん)たちの名簿、負傷者の移送予定、奴隷商人の荷札。その紙の端が、窓から入る風でかすかに揺れていた。


 部屋の中央にはグラントが立ち、ユリウスは机の横で書類を押さえている。ノエルは治療鞄を足元に置き、壁際の少女を静かに見ていた。レクスは椅子に座らず、いつでも動けるように立っている。


 そしてリシアは、部屋の壁際にいた。


 椅子は用意されている。けれど、リシアは座らない。背中を壁につけ、出口と窓とグラントの位置を同時に見られる場所に立っている。袖口から見えそうな手首の鎖跡を隠すように片手で握り、首元の跡を見せないように顎を少し引いていた。


 グラントは、リシアが壁際に立ったままでも何も言わなかった。


「リシア。お前を国境へ送ることはできる。だが、お前自身が今それを望まないなら、無理には送らん」


 リシアは口元だけで笑った。


「優しい言い方ね。送らない代わりに、ここに置くんでしょ」


「そうだ」


 グラントは短く認めた。


 ユリウスが一歩前へ出かける。


「リシア、父上は君を所有するつもりじゃない。保護という形で――」


「保護。預かり。管理。人間って、鎖の名前を変えるのが本当に上手いね」


 ユリウスの口が止まった。


 言い返したそうな顔をした。けれど、すぐには言葉が出ない。リシアの手首に残る赤黒い跡を見て、軽い否定では届かないと分かってしまったからだ。


 ノエルも否定しなかった。治療鞄の紐に指をかけたまま、静かにリシアを見ている。


 レクスは、リシアの手首を見ていた。鎖が外れているのに、リシアの指はまだそこを握っている。まるで、見えない鎖が残っているみたいだった。


 グラントは低い声で続けた。


「否定はしない。お前を完全に自由にすれば、次に来るのは商人か、王都の役人か、別の利害を持つ者だ。お前自身がそれを望まない以上、今は形がいる」


「つまり、繋ぐ鎖が最悪からちょっとマシになっただけよ!!」


 リシアの声が少し荒くなった。


 部屋の空気が重く沈む。けれど、グラントはその怒りを避けなかった。


「そう受け取って構わん」


「……ほんと、嫌な大人」


「嫌われてもよい。奪われるよりはましだ」


 リシアは唇を噛んだ。怒鳴り返したそうな顔をしたが、言葉にできずに視線を逸らす。


 その時、レクスがぽつりと言った。


「ましな鎖……俺と同じか」


 リシアの狐耳がわずかに動いた。


「同じにしないで。あなたは父親に会うため。私は帰る場所がないだけ」


「でも、最悪よりちょっとマシな鎖なんだろ?」


 リシアは一瞬だけ黙った。


 レクスはただ真っ直ぐに見ている。慰めているわけでも、分かったふりをしているわけでもない。ただ、自分も似た言葉の中にいると感じたから口にしただけだった。


 リシアは小さく舌打ちした。


「……嫌なところだけ覚えがいいのね!」


 グラントは机上の報告書に目を落とした。


「リシア。お前は幻惑(げんわく)を使える。奴隷商人に利用されていた力だ。王都が知れば、危険視する者も、欲しがる者も出る」


「結局、使えるから置くんだ」


「違う、と言えば嘘になる。だが、お前を王都や商人に渡さない理由にもなる」


 レクスが顔を上げる。


「リシアも実績を作るのか?」


「そうだ。レクスと同じく、ヴァルクハイン家の管理下で有用に動いている。そう言える形を作る」


「人を守るために、人を使える形にする。ほんと、最悪ね」


 リシアの声には皮肉があった。けれど、それだけではなかった。諦めと怒りと、ほんの少しの怖さが混じっている。


 ノエルが静かに言う。


「最悪ですが、何もないよりは奪われにくいです」


 リシアはノエルを見た。


「あなたも、そうやって残ってるの?」


 ノエルはすぐに答えなかった。


 治療鞄の紐を握る指に、少しだけ力が入る。だが、声は乱れなかった。


「近いです」


 それ以上は言わない。


 リシアも、それ以上は聞かなかった。


 重い沈黙が落ちかけた時、ユリウスが大きく息を吸った。


「……よし。ここでこれ以上話すと、全員が鎖の話で沈む。俺もたぶん変なことを言う。いったん食事にしよう」


 リシアが目を細める。


「食事で誤魔化すの?」


「誤魔化すんじゃない! 腹が減ってると、考え方が全部悪い方へ寄るんだ。これは貴族の知恵というより、俺の経験則だ!」


 レクスが大きく頷いた。


「飯は大事だ! 腹が減ると、足も頭も遅くなる。父ちゃんも言ってた!」


 ノエルも淡々と続ける。


「空腹による判断力低下は実際にあります。ユリウスにしては珍しく正しい提案です」


「珍しくって言うな! 俺だってたまには最初から正しいことを言う!」


「たまにである自覚はあるのですね」


「そこを拾うな!」


 リシアは、三人のやり取りをじっと見ていた。


 重かった空気が、少しだけ横へずれた。消えたわけではない。それでも、息はしやすくなった。


「……本当に食べるだけ?」


 リシアが警戒した声で聞く。


 レクスは即答した。


「食べるだけじゃない。うまいかどうかも見る!」


「そこはお前の審査会じゃない!」


 ユリウスがすぐに突っ込んだ。


 グラントは短く言った。


「行ってこい。ただし、遅くなるな」


「任せてください。四人とも無事に食べて戻ります!」


「食事で無事を強調するな」


 グラントの眉がわずかに動いた。ユリウスは苦笑いし、レクスはすでに少し目を輝かせていた。


 リシアだけは、まだ壁際から動かなかった。


 だが、ノエルが扉の近くで立ち止まり、逃げ道を塞がない位置に立った時、リシアはゆっくりと壁から背中を離した。


 屋敷を出て入った食堂は、屋敷とはまったく違う匂いがした。


 木造の広い店内に、焼き台の熱気が満ちている。肉の焼ける匂い、油が跳ねる匂い、香草、香辛料、煮込みの湯気、人の声、皿の音、店主の大声。それらが全部混ざり、扉を開けた瞬間にレクスたちへ押し寄せた。


 レクスは入口で止まった。


「……匂いが暴れてる」


 ユリウスが顔をしかめる。


「匂いが暴れる?」


「肉の焼ける匂い、油の匂い、焦げた匂い、辛そうな匂い、人の匂い、全部が一緒に来る。屋敷の飯は綺麗に並んでたけど、ここは匂いが喧嘩してる!」


「食堂の説明が野生的すぎる!」


 ノエルは店内を見回しながら頷いた。


「表現としては分かります。屋敷より香りが強く、刺激も多いです。胃腸に不安がある人には、少し重い環境ですね」


 リシアは料理より先に、出口と窓と客の手元、それから壁際の席を見ていた。背中を壁につけられる席を探し、店員の動きと客の距離を測る。狐耳は警戒で少し伏せている。


「私は好きじゃない。人が多い。出口も遠い。食べ物の匂いで、他の匂いが消える」


 レクスは頷いた。


「それは分かる。でも肉の匂いはいい」


「そこは分からない」


「早くも食事前から噛み合ってない!」


 ユリウスは店の奥ではなく、壁際の席を選んだ。リシアが出口を見られる場所だ。ノエルは自然にその隣へ座り、逃げ道を塞がない位置に体をずらした。


 レクスは焼き台がよく見える席へ向かおうとしたが、ユリウスに肩を掴まれた。


「リシアは壁側でいい。出口も見える。……これで少しはましか?」


 リシアは椅子に座る前、床と窓と客の距離をもう一度確認した。


「まし。信用したわけじゃないけど」


「うん、今は“まし”で十分だ」


 レクスは焼き台を見たまま言う。


「俺は焼いてるところが見える席がいい!!」


「頼むから店主を狩人みたいな目で見るな! 肉は逃げない!」


「逃げない肉はありがたい!!」


「その表現は店内では控えてください」


 ノエルが冷静に止めた。


 注文はユリウスがした。


「焼き肉の香草皿を四つ。あと煮込みとパン、それから――」


「待て」


 レクスが身を乗り出した。


「あっちの肉、匂いが強い。脂が多いのか?」


 店員が少し驚きながら答える。


「あ、ああ。肩肉だ。脂が多いが、固いぞ」


「固い肉は悪くない! 噛むと味が出る。焼きすぎると駄目だけど、脂があるなら焦げても少しうまい!!」


 ユリウスが頭を抱える。


「食への判断だけ急に専門家になるな!」


 ノエルはリシアを見た。


「脂が多い肉を空腹時に急に食べると胃に負担です。特にリシアは、昨日まで十分に食べられていなかった可能性が高いので量を調整してください」


「勝手に私の胃まで管理しないで!」


「管理ではなく危険性の提示です」


「似たようなものよ!」


 レクスは真剣な顔で言った。


「じゃあ、少しずつ食えばいいぞ」


 ユリウスが即座に突っ込む。


「レクスが“少しずつ”を語ると説得力がない!」


 料理が届くと、湯気と一緒に香ばしい匂いが広がった。


 木皿の上には、焦げ目のついた焼き肉が並んでいる。表面には脂が光り、香草が散らされ、横には固めのパンと豆の煮込みが置かれていた。屋敷の料理のような整った美しさはない。だが、熱と匂いと音が強い。


 レクスの目が輝く。


 けれど、リシアは手を出さなかった。


「何が入ってるか分からないものを簡単に食べるほど、幸せに育ってない」


 レクスは皿を見た。


「肉が入ってるぞ」


「そういう話じゃない!!」


 ユリウスの声が重なる。


 ノエルが皿を確認し、静かに言った。


「毒はないと思います。少なくとも、匂いと見える範囲では異常はありません」


 リシアは冷たく笑う。


「毒だけが問題だと思ってる?」


「思っていません。施しとして差し出された食事は、あとから代金を請求されることがあります。善意の形をした所有もあります」


 ユリウスは苦い顔をした。


「ノエル、食事前に全部言うな……いや、リシアには必要な説明か」


 リシアはノエルを見る。


「冷たい治癒役さんの方が、よく分かってるじゃない」


「冷たいかどうかは別として、警戒は妥当です」


 その時、レクスは自分の皿から肉を一切れ取り、リシアの皿へ置いた。


 リシアの目が細くなる。


「何?」


「俺の分だ」


「だから何?」


「俺が食うものと同じ。毒があるなら俺も倒れる」


 ユリウスが額を押さえた。


「発想が極端だな! でも、まあ、レクスらしいな!」


 リシアは皿の肉を見た。


「それで安心しろって?」


「安心しなくていい。食いたくなったら食えばいい」


「食べたら、あとで返せって言うんでしょ?」


「返す?」


「食べ物をもらったら、借りになる」


 レクスは少し考え、それから真顔で言った。


「腹が減った時、リシアが持ってたら分ければいいだろ」


「……そういう話?」


「山ではそうする。食える時に食う。余ったら分ける。分けたやつが生きてれば、次にこっちが動けなくなった時に助かるかもしれない!」


 ノエルが頷く。


「生存合理性としては正しいです」


 ユリウスが両手を広げた。


「急に理屈で補強された!」


 リシアは黙ったまま、レクスの置いた肉を見ていた。


 レクスは自分の皿の肉を一口食べた。


 次の瞬間、目を見開く。


「な、なんだ!!? これ!!!」


 近くの客が何人か振り返った。


 ユリウスが慌てて手を振る。


「声が大きい! いや、予想はしてたけど!」


「屋敷の肉と違う!! こっちは匂いが強い!! 外が焦げてる! でも焦げがうまい!! 脂が熱い!! 噛むと肉が押し返してくる!!」


「食べ物の感想が戦闘みたいだぞ!」


「この肉、強い!!」


「肉を強敵扱いするな!」


 ノエルは淡々とパンを小さくちぎった。


「よく噛んでください。強い肉ならなおさらです」


 リシアが呆れた目で見る。


「肉に負けそうな人、初めて見たわ」


「負けてない! ちゃんと食ってる!!」


 レクスは小皿のソースをつけ、また目を見開いた。


「これをつけると、同じ肉なのに違う肉になる」


「香辛料です」


「香辛料、強いな……」


 ユリウスが肩を震わせる。


「また強敵が増えたな!」


 店内の空気が少しだけ緩んだ。


 リシアはその隙間で、皿の端に置かれた肉を見た。すぐには食べない。まず匂いを嗅ぎ、店内を見て、レクスを見て、ノエルを見て、ユリウスを見た。


 それから、肉を小さく切った。


 ほんの少しだけ口に入れる。


 表情は変えない。


 変えないようにしていた。


 けれど、狐耳がぴくっと動いた。


 本人の意思に反して、耳の先が小さく揺れる。椅子の後ろでは、狐の尾がほんの少しだけ動いていた。


 レクスはそれを見て、真顔で言った。


「うまいんだな」


「言ってない」


「耳が言ってる」


「言ってない!」


 ユリウスが身を乗り出した。


「リシア、耳! 耳がものすごく正直だぞ!」


「見ないで!」


 ノエルは冷静に皿を見ながら言った。


「少なくとも、拒絶反応ではなさそうです」


「治療判断みたいに言わないで!」


 リシアは慌てて耳を押さえようとしたが、手を上げた瞬間に狐の尾がまた少し揺れた。


 ユリウスが口を押さえる。


「尻尾も――」


「言ったら蹴る!!」


「言わない! 俺は何も見てない!」


 レクスはリシアの皿を見た。


「まだ食えるか?」


「……少しだけ」


「じゃあ、少しずつだな」


 リシアは視線を逸らした。


「……変な食卓」


「食卓は変じゃない。肉がうまい」


「そこじゃない!」


 ユリウスが叫ぶと、リシアの口元がほんの少し緩みかけた。すぐに隠したが、レクスは見ていた。


 言わなかった。


 言えば、きっと怒るからだ。


 食事が進むうちに、四人の会話は少しずつ形を変えていった。


 ユリウスがリシアへ向き直る。


「リシア、レクスはだいたいこうだ。悪意はない。常識も少ない。でも、食べ物を分ける時は本気だ」


「常識が少ないって何だ」


 レクスが眉を寄せる。


 ノエルは何の迷いもなく答えた。


「事実です。昨日、ベッドを強敵扱いしていました」


 リシアがレクスを見る。


「ベッドに負けたの?」


「負けてない! 気持ちよかっただけだ!!」


 ユリウスがむせた。


「その説明だと余計に変だ!」


 リシアは少しだけ肩を震わせた。


「……ほんと、変」


 ノエルが静かに言う。


「変ですが、害は少ないです」


「褒めたのか?」


「評価です」


 ユリウスが苦笑する。


「それ、最近よく聞くな!」


 皿の肉が減っていく。


 レクスの皿は当然のように早く空に近づき、ユリウスはそれを止めようとして失敗し、ノエルは食べ過ぎを注意し、リシアはそのやり取りを見ながら、少しずつ肉を食べた。


 食事が終わりに近づいた頃、リシアは皿の端に残った最後の一切れを見て、小さく呟いた。


「……嫌いじゃない」


 レクスはすぐに顔を上げた。


「なら、次も食える」


「次があるって決めないで!」


「じゃあ、次があったら食える!」


 ユリウスが指を立てる。


「ま、まさかレクスなりに譲歩した!?」


 ノエルも頷く。


「言葉は雑ですが、進歩です」


 リシアは皿を見たまま、また小さく言った。


「……変な人たち」


 その声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


 ユリウスは杯を手に取り、姿勢を正した。


「よし。じゃあ、ここで一つ決めよう!」


 レクスが顔を上げる。


「次の肉か?」


「違う! いや、次の肉も大事だけど、今は任務の話だ!」


 ノエルが水を飲みながら言う。


「食事中に決意表明ですか。消化にはあまり向いていませんが、話すなら短くしてください」


 リシアは皮肉っぽく笑った。


「人間って、食べながらよく綺麗なことを言いたがるよね」


「綺麗なことじゃない。むしろかなり泥臭い話だ」


 ユリウスは少しだけ言葉を探した。


「俺たちは、たぶんまだ仲間じゃない。


 レクスは父親に近づくため。ノエルは命令で同行してる。リシアは奪われない理由を作るため。俺は監視役で、父上の息子だ」


 リシアが目を細める。


「分かってるなら、綺麗にまとめないで」


「まとめない。だから言う。信じなくていい。嫌でもいい。でも、次に山へ行く時、勝手に消えられると困る」


「困る?」


「俺の胃が死ぬ!」


 リシアは呆れた。


「胃を人質にする貴族、初めて見たわ」


「俺だって初めてだよ!」


 ユリウスは自分で突っ込んでから、少し真面目な顔に戻った。


「でも本気だ。任務中だけでいい。せめて声が届く場所にいてくれ。置いていきたくないし、探しに行く余裕があるとは限らない」


 レクスは迷わず言った。


「リシアが消えたら追う!」


「即答しないで!」


「置いていく理由がない!」


 リシアは言葉に詰まった。


 狐耳がほんの少し伏せる。怒りではない。困惑だった。


「……そういうの、本当に腹立つ」


 ノエルが落ち着いた声で言う。


「任務中に勝手に消えない、という条件には賛成です。治療対象が勝手に消えると非常に困ります」


 ユリウスが肩を落とした。


「ノエルの賛成理由が医療寄りすぎる!」


「私は治療対象じゃない!」


「怪我をしたら治療対象です」


 リシアは眉を寄せた。


「……本当に、面倒な人たち」


 ユリウスは杯を持ち上げた。


「じゃあ、次の任務は四人で行く。信じてなくても、同じ方向を見る。これでいいな?」


 レクスも頷いた。


「分かった! 俺たち四人で頑張るぞ!」


「私は頑張るって言ってない!」


「じゃあ、リシアは信じてないまま一緒に頑張る!!」


「言い方!」


 レクスはなぜか肉皿を持ち上げかけた。


 ユリウスが慌てて止める。


「杯だ! 肉皿を掲げるな!」


 ノエルも即座に指摘する。


「油が垂れます。非常に不衛生です」


 リシアは呆れながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……変な決起集会」


 その夜、四人は同じ卓に座っていた。


 信頼が生まれたわけではない。鎖が消えたわけでもない。誰も、同じ理由で座っているわけではなかった。


 それでも、次の任務だけは四人で行く。


 レクスは父に近づくために。


 ユリウスは監視役のまま、それでも隣に立つために。


 ノエルは治す側として、自分も倒れないために。


 リシアは、最悪より少しだけましな鎖の中で、奪われない理由を作るために。


 リシアの皿は、いつの間にか空になっていた。


 本人は気づかれたくなさそうに視線を逸らしていたが、レクスは見た。けれど、何も言わなかった。言えば、きっと怒るからだ。


 四人の食卓は、まだ仲間の食卓ではない。


 それでも、次の任務へ向かうには十分だった。

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