エピローグ
アイディアル地方には、国は1つしか存在していない。
そう言われる程に強大なシスタニア帝国だが、頂点であるシスタニア帝室は少々変わっていた。
兄が摂政、妹が皇帝。
ともすれば皇位争いに陥りかねないその関係は、しかし内戦の気配を微塵も感じさせなかった。
「ジェフリー!」
帝都ヴィクトリアの宮殿群の1つ、ローレル宮。
赤レンガに蒼ガラスの離宮の中庭に、若い女性の声が響き渡った。
金髪碧眼の美しいその女性は、誰かろう19歳の女帝ヴィクトリアである。
目を見張るような真紅のドレスは、勝気そうな目元と相まって良く映えている。
ただ、立ち居振る舞いは妙齢の淑女とは少々違う様子だった。
何しろドレスの裾を大胆にめくり上げて、中庭の花壇の中程まで入り込んできているのだから。
花を避ける分別がついただけ、幼少時からの成長を感じさせる。
もう1つ違う部分があるとすれば、注意される側から注意する側になったことだろうか。
「んあ?」
相手は5歳になるかならないかくらいの子供だった。
栗色の髪に翡翠の瞳の、女の子と見紛うばかりに可愛らしい男の子だ。
そして振り向いた彼の口元には、花の葉なのか雑草なのかはわからないが、草の端がこびりついていた。
どうやら草を口にしていたらしく、傍らには彼の体重よりも重そうな植物図鑑が広げられていた。
「ジェフリー、花壇の葉っぱを食べちゃダメっていつも言ってるでしょ!?」
「えー、たべられる葉っぱだもん」
「図鑑に書いてある「食べられる」って言うのは、ちゃんと処理したら食べられますよって意味だって前に教えたよね?」
「むしゃむしゃ」
「こらっ、食べるな!」
どの代の皇帝も、中庭でこのように騒いだことは無いだろう。
しかしヴィクトリアが帝位に就いてからは変わった。
民に対してはともかく、宮殿内の雰囲気は明らかに変わった。
ただ、悪いように変わったと思う者はいなかった。
「ほーら、ダメよ!」
「やー!」
「やじゃないの、もー!」
ジェフリーを後ろから抱え上げると、じたばた暴れる彼を持ち上げたまま花壇の外に出た。
裸足で花壇を歩けるあたり、淑女としてはまだまだ落第点と言ったところか。
それでも、ジェフリー――幼い甥っ子を抱えているヴィクトリアは、困った顔をしながらも、明るい笑顔を浮かべていた。
「ああ、もう泥だらけ! ウィリアム、ヘンリー! ジェフリーをお風呂に連れていって頂戴!」
「わかりました、おばさま」
「さ、ジェフリー。おばさまにごめんなさいして」
「お姉さまって言いなさいよ!」
わらわらと寄って来たのは、7、8歳程の2人の男の子だった。
それぞれウィリアムとヘンリーと言う名前らしく、ウィリアムの方が少し年上のようだ。
どちらも髪色か瞳の色か、あるいは幼いながらも顔立ちがジェフリーに似ていた。
彼らは両側からジェフリーの手を取ると、嫌がってむずかるジェフリーを引き摺りながら離宮の中へと連れて行った。
それに対して、ヴィクトリアは腰に手を当てて大きく溜息を吐いた。
すっかり小さな甥っ子達の面倒を見るのに慣れてしまったのか、その仕草はどこか大人びても見える。
10年前、彼女の義姉が全く同じ仕草をしていたことに、はたしてヴィクトリアは気付いているだろうか。
「まったく、ジェフリーはどうして葉っぱばかり気にするのかしら」
「ジェフリーは野蛮なのよ、エレガントじゃないですわ」
「あんたもそんな風に弟を悪く言わないの、マチルダ」
花壇から少し離れたところにシートが敷かれていて、そこには女の子が3人いた。
1人は黄色の明るい色のドレスを着た女の子で、5歳を過ぎた頃だろうか、それくらいの背丈だった。
ツンと顎先を上げてカップとソーサーと手にしているあたり、気の強そうな印象を受ける。
豪奢に結い上げられた金色の髪も、気の強さに拍車をかけているように見えた。
マチルダと言うらしいその女の子は、泥だらけになっているヴィクトリアの足に気付くと、ツンと顔を背けたままバケットからタオルを出して渡していた。
澄ましているが、本人の気質が良くわかる行動だった。
それにマチルダの傍には、生まれたばかりなのだろう、産着にくるまった赤ん坊がいた。
ようやく髪が生え揃ったくらいの赤ん坊が、揺り籠の中でむにゃむにゃと何事かを言っていた。
「ジョンはジェフリーみたいになっちゃダメですわよ」
「あう?」
しかしこのマチルダ、容赦無しである。
赤ん坊は名前からして男の子のようで、2人の姉に揺り籠を揺らされていた。
この2人は双子なのだろう、白と黒と、ドレスの色が違わなければ全く同じ容姿をしていた。
そして2人の間で、ジョンの揺り籠がゆらゆらと揺らされている。
「エレノア、ジャンヌ。あんまり揺らすとジョンが気持ち悪くなっちゃうわ」
「「はい、おばさま」」
「お ね え さ ま、よ」
20歳にもならないのに「おばさま」は無い。
常々そう言っている様子だが、甥っ子姪っ子達は余り聞いてはいない。
そう思ってヴィクトリアがタオルで足を拭っていると、マチルダが「あ」と声を上げた。
つられて顔を上げたヴィクトリアだが、すぐにその顔が喜色を浮かべた。
「姉さま、兄さま!」
声を上げて、裸足のまま駆け出した。
メイドが見たら卒倒しそうだ、あるいはもうすっかり慣れてしまっただろうか?
先程まで甥っ子達の前で姉役をした女性が、まるで童女に戻ったようだった。
そうして、並んで歩く兄姉の胸に飛び込んだ。
そして、ヴィクトリアは言うのだ。
「姉さま、大好きよ!」
「ヴィクトリア、俺は!?」
それは、魔法の言葉。
現在のシスタニア帝室を現すのに、これ以上の言葉は無いだろう。
世間で知られる大帝国の一家の姿は、そこには無かった。
これこそが、シスタニア帝室の実像。
飾るところの無い、家族の姿だった。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
このエピローグをもって、本作は完結となります。
ひたすらのんびりしていただけの作品ですが、これはこれでありかなと、個人的には思っています。
読者の皆様にはここまでお付き合い頂き、本当に感謝しています。
次に何をするかは決まっていませんが、また何かする時には、見て頂けると嬉しく思います。
それでは、有難うございました。
※エピローグ時点で子供は7人。
ウィリアム(長男、面倒見が良い)、ヘンリー(次男、お兄ちゃん子)、マチルダ(おすまし長女)、ジェフリー(自由な三男)、エレノア・ジャンヌ(次女三女、双子ちゃん)、ジョン(末っ子)
私の脳内設定では最終的に12人になります(え)




