魔被"Macabre"
パーシアム曰く、私たちは全員仮面をかぶっている。
そして自分自身の皮膚の一部をはがさないでは、その仮面を取れないときが来る。
その仮面は、寂れた骨董市の隅、埃を被ったガラクタの山に半ば埋もれるようにして置かれていた。蒐集家である私の目は、一瞬でそれに釘付けになった。私の収集癖は、美しいものや希少なものへというより、むしろ忘れ去られたもの、曰く付きのもの、死の匂いを微かに纏うものへと常に傾倒していた。幼い頃、同年代の子供たちが陽の当たる場所で無邪気に遊ぶ声を遠くに聞きながら、私は祖父の書斎の薄暗がりで、古びた解剖図譜や、異国の奇妙な祭具のスケッチに心を奪われていた。その時から、私は世界の表層ではなく、その下に隠されたグロテスクな真実や、忘れられた魂の囁きにこそ、抗いがたい魅力を感じていたのだ。
この仮面もまた、そうした私の歪んだ美意識を強く刺激した。木製だろうか、あるいは未知の素材か、黒曜石のように鈍く光るそれは、人間の顔を模してはいるものの、その表情は名状し難いものだった。歪んだ微笑、大きく見開かれながらも何も映さぬ瞳、そして、見る角度によって嘲っているようにも、深い悲しみを湛えているようにも見える、奇妙な両義性。それは紛れもなく魔の気配を纏っていた。
店主の老人は、その仮面の由来を尋ねても、ただ「古いものだ。いわくがあるやもしれぬが、ワシの知るところではない」と、皺だらけの顔で曖昧に答えるばかりだった。その言葉が、むしろ私の蒐集欲を煽った。私は抗いがたい魅力に引かれ、言い値でそれを手に入れた。アトリエ兼書斎である自室に戻り、仮面を丁寧に拭き清めると、その異様なまでの技巧と、見る者を不安にさせる完璧な非対称性が、より鮮明に浮かび上がってきた。それは、ある種の儀式に用いられたものか、あるいは呪物か。私の心は、学術的な好奇心と、底知れぬ何かへの畏怖とで満たされた。仮面の裏側には、微かに墨で書かれたような、しかしどの既知の文字体系にも属さない、奇妙な記号が一つだけ記されていた。
その夜、私は誰にも見られることなく、密やかにその仮面を顔に当ててみた。ひんやりとした感触が皮膚に伝わり、木とも石ともつかぬ、微かに黴びたような、それでいてどこか甘美な香りが鼻腔をくすぐる。視界は、仮面の歪な眼窩によって奇妙に縁取られ、見慣れた書斎の風景が、まるで異世界のそれのように変貌して見えた。色彩はより深く沈み込み、影は濃く、長く伸びて蠢いている。そして、何よりも私を驚かせたのは、仮面を装着した瞬間に訪れた、奇妙な全能感だった。普段の私を縛る内気さや不安は消え失せ、代わりに冷徹な観察眼と、世界を支配しているかのような歪んだ自信が湧き上がってくる。
私はその感覚の虜になった。日中はその存在を誰にも悟られぬよう桐の箱に収め、夜ごと、書斎に鍵をかけ、仮面を装着して過ごすようになった。仮面を被るたび、私は私ではなくなり、何か別の、より古く、より冷酷な存在へと変貌していくのを感じた。そして、その変貌と共に、私の精神はぞっとするように甘美な幻想に彩られ始めた。
最初は、書物の間に挟まれた古い押し花が、眼窩の中でゆっくりと腐敗し、美しい黒揚羽へと羽化し、そして瞬時に塵となって崩れ落ちる幻だった。やがてそれは、壁の染みが人の苦悶の顔に見えたり、床の軋みが死者の最後の喘ぎに聞こえたりするような、日常の些細な侵食へと変わっていった。そして、ある晩、仮面を被った私の目に、この書斎がかつて処刑場に隣接した寺院の一部であり、無数の罪人の魂がこの土地に染み付いているという記憶が流れ込んできたのだ。床下には無数の骸が眠り、壁の向こうからは、彼らの無念の囁きが聞こえてくる。それはあまりにも鮮明で、現実と区別がつかなかった。ある時は、仮面を通じて、中世のペストが蔓延するヨーロッパの街路を彷徨い、死の舞踏に興じる骸骨たちの行列を、熱に浮かされたように眺めている自分を感じた。その光景は恐ろしくも、一種倒錯的な美しさを湛えていた。
私は、仮面が見せる世界に、恐怖を感じながらも、同時に倒錯的な悦びを見出していた。それは、生と死の境界線を曖昧にし、日常の退屈な仮面を剥ぎ取り、世界の真の姿を垣間見せるかのようだった。
しかし、仮面の影響は、それを外している間にも及び始めた。私の思考は常に死や腐敗といったテーマに囚われ、道行く人々の顔にさえ、未来の骸骨の相を見るようになった。かつて愛でていた庭の花々は、その鮮やかな色彩の奥に、いずれ訪れる枯死の予兆しか感じ取れなくなる。私の表情からは生気が失せ、目の下の隈は濃くなり、周囲の人間は私を遠巻きにするようになった。私は、徐々に社会から孤立し、仮面の世界こそが唯一の真実であるかのように感じ始めていた。
仮面は、もはや私の一部だった。いや、私が仮面の一部と化していたのかもしれない。ある時、仮面を収めていた桐の箱の底板が僅かに浮いていることに気づいた。細いピンセットでそれを持ち上げると、そこには小さな、革で固められた手記の断片が隠されていた。古フランス語で書かれたそれは、数百年前の日付で、こう記されていた。「この仮面は魂の捕食者。甘美な夢は深海に浮かぶ灯。何れその身も供物となろう。仮面は私であり、私は仮面だ。嗚呼神よ。」
私はその手記を読んだ瞬間、全身の血が凍るような感覚に襲われた。これは、単なる骨董品ではない。意思を持った、呪われた存在なのだ。しかし、その恐怖と同時に、ある種の宿命的な諦観と、さらには共感にも似た感情が湧き上がってくるのを止められなかった。仮面を外そうとしたが、それが皮膚に吸い付いたかのように剥がれないことに気づいた。無理に剥がそうとすると、皮膚が裂けるような激痛が走る。そして、鏡に映った自分の顔は、驚くほどに、あの仮面の表情に近づいていた。
歪んだ微笑、虚ろな瞳。私は、ゆっくりと魔に被われつつあったのだ。
恐怖が私を支配した。私はこの呪縛から逃れたいと願ったが、同時に、この倒錯的な認識を失うことも恐れていた。それは、私の存在意義そのものを揺るがす葛藤だった。
最後の夜、私は仮面をつけたまま街に出た。世界の全てが、仮面が見せる通りの、死と腐敗に彩られた祝祭に見えた。行き交う人々は踊る骸骨であり、ネオンの光は鬼火、車の騒音は死者の慟哭。私はその中心で、恍惚と戦慄の中で、世界の終末を、あるいは真の始まりを、見届けているかのようだった。
ふと、ショーウィンドウのガラスに自分の姿が映った。そこには、完全にあの仮面と一体化した、異形の何者かが立っていた。それはもはや、霧島譲ではなかった。それは、倒錯した世界の住人、あるいはその世界の案内人。その顔は、あの仮面そのもの。歪んだ微笑を浮かべ、虚ろな瞳で、ガラスの向こうの現実を嘲笑っている。
「ああ、これでようやく」
私の唇から、乾いた囁きが漏れた。
「本当の顔になれたのだ」
翌朝、骨董市のあった広場の隅に、黒曜石のような輝きを持つ古い仮面が、一つだけ落ちていたという。それを見つけた者は、その異様な美しさと、そこから放たれる言い知れぬ冷気に、ただ立ち尽くすばかりだったと伝えられる。
私の行方は、誰も知らない。ただ、時折、都市の最も暗い路地裏で、あの仮面と同じ顔をした何者かが、虚ろな瞳で虚空を見つめている姿が目撃されるという噂だけが、まことしやかに囁かれている。
魔に被われし者は、終わりなき夜の祝祭の夢を見続ける。それは永遠に続く魂の撹拌である。
セネカ曰く、仮面を長い間つけることはできない。




