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第4章 異世界に転生しても編集者は迷ってばかり・その5


 のんびりした異世界での編集者生活が唐突に終わりを告げられたことをヒシヒシ感じながら、俺はキティーソ・イサットの屋敷から魔法学院へと戻る道筋を歩いていた。

 キティーソが貸してくれた、修正してほしいという魔法書たちをたっぷり二十冊近く詰め込んだ木箱を俺は背負っていた。編集者に肉体労働をさせるなと言いたいが、駆け出しの頃は書店営業なんかもやったからな。重たい本を抱えて取次や書店に頭を下げながらひたすら歩いたもんだ。

 既に陽は沈みはじめていた。屋敷を出たときにトニオが《光》の魔法書を紐解き、魔法を唱えてくれたおかげでポワポワした光の球が行く手を照らしてくれている。自転車の照明程度の光だが、ないよりはだいぶ安心できる。

 隣を歩くトニオは静かに考え込む仕草をしていた。

「トニオ、話しかけても?」

 俺の問いかけにトニオが無言でうなずく。

「まず……ひとつ目の質問だが、今回の件、どうにも物騒な話だと思うんだが、王国は……あるいは魔法学院は、どれくらい事態の深刻さを把握しているんだ?」

「……イサット伯爵領は王国北辺の要衝だ。帝国に隣接している土地で、本来ならば王国の直轄地であってもおかしくない。ただ五十年前に王国と帝国の間で休戦協定が結ばれて以来、裏切ったワガタクアー家を追い出して、イサット家が治めている。あえて地方領主に任せることで、直接的な武力紛争が生じにくいようにしたのだろう。それは帝国側も同じことで、隣接する土地に帝国軍を駐屯させずにワガタクアー家に任せているのも、正規軍同士を接触させないための措置だろう」

「なるほど。でもワガタクアー家としてはかつての領地に未練があって、ちょっかいを出している、というわけか」

「そうだ。十年に一度ぐらいの割合で小競り合いがあったが、キティーソの様子からするに、ここ最近は度を越していると見て間違いない。そして王国側はその事実を……把握はしているだろうが、直接介入はしたくないと思っているだろう」

「なぜ?」

「五年前のガーシ公爵の反乱が原因だ。構造は同じで、密かに帝国の援助を受けたガーシ公爵が王国に反旗を翻したのだが、その鎮圧のために王国軍はかなりの痛手を負った。その傷が癒えないうちは、王国としても事態を発展させたくないという思いだろう。極論を言えば、イサット伯爵領がまるごと帝国領になったとしても、王国は妥協するかもしれない……キティーソはああ言っていたが」

「その反乱って、魔法学院のユーキオ先生がたった一人で鎮圧したっていう?」

「たった一人というのは語弊があるかもしれないが……イサット伯爵家の私兵も王国軍もかなりの被害を受けた後、王都から派遣されたユーキオ・シマミィ先生が残存兵力をまとめあげ、公爵軍を殲滅したのは事実だ。恩賞として、王国からは男爵位の授与と旧公爵領の半分を下賜されるはずだったが、すべて断り、滅ぼした公爵家の領土を整備し、別荘を改装して王立ナッセキメーソウ魔法学院を移転させ、その学院の教師として後進の指導にあたるようになった」

 食堂のおばちゃんが言っていた人格者ってのはそういうことか。

「……すごい魔法使いなんだな、ユーキオ先生は」

「王国にも三人しかいないS級魔法使いだからな、ユーキオ先生は」

「それ。さっきの話にも出ていたが、そのS級だのA級だのってのは何なんだ?」

「魔法使いの力を示す称号だ」

「もう少し詳しく。トニオはD級だってことだけど、魔法書をあんなふうに素早く書ける魔法は俺からすれば凄まじい力に思えるんだが?」

「この場合の力は、精霊に影響を及ぼす力の総量を意味している。例えば私の《文字修正》の魔法は、キータ家に伝わる一子相伝の魔法で、母から譲り受けた今となっては確認できる範囲では私以外に使える者がいない能力だ。が、動かしている精霊の力はそれほど大きなものではない。魔法の希少性を示す基準ではないということだ」

 俺からすればトニオの魔法だってじゅうぶんにすごいものと思えるが、この世界の価値観からすると別に重きは置かれていないってことか。

「ふーん……凄腕魔法使いが必要っていうのなら、ユーキオ先生に頼むのは?」

「賢いキティーソのことだ。私たちに打診する前に、もうユーキオ先生には依頼しているだろう。その上で私たちを頼ってきたということは、そういうことだ」

 助力は断られたってことか。まあ戦争したいって雰囲気の人じゃなかったもんな、ユーキオ先生。凄みはあったが、ありゃあ血気盛んってタイプじゃない。火の粉が自分に降りかからない限りは拳を振り上げない種類の人間なのかもしれない。

「なるほど。だからえっと……生徒会長のイゼンゾ・カッサーに助力を頼む、と」

「そうだ。ただ、イゼンゾ・カッサー会長はもともとはガーシ公爵家の郎党だった方だ。噂に過ぎないが、ガーシ公爵の隠し子という話もある。五年前の反乱でも王国に牙を剥き、並み居る重装騎兵相手に一歩も退かず、戦い抜いたという逸話もある」

 へえ、あの女優みたいな金髪さんが、そんな武闘派な人だったとは。意外な感じ。まあ魔法ありの世界だもんな、見た目じゃわからんか。

「イゼンゾ・カッサー会長が魔法学院の生徒会長に就任したのも、ある意味では手打ちのようなものなのだろう。ガーシ公爵家は滅んだが、残党の多くはいまだにこの土地にいる。そうした旧ガーシ公爵家の人間たちをなだめるために、郎党だったイゼンゾ・カッサーを会長職に就けたのだと私は思っている」

 なるほど、政治って感じだ。文字通りのよそ者である俺からすればあまり興味の湧くテーマではないが、俺の新たな就職先である魔法書研究局の存亡にも関わりかねないとあれば話は別。

「イゼンゾ会長は、イサット伯爵家にすんなり協力してくれるのかな?」

「……難しいと思う。今でこそ学院の会長として動いてくれているが、一度は旗色を変えた一族の人間だ。五年前の反乱ではガーシ家とイサット家は互いに敵として戦っている。そのときの怨恨が癒えたわけではない。キティーソは私に交渉役を頼みはしたが、おそらく成功は期待していないだろう」

 なかなか初手から困難が続きそうな。戦争の準備って大変なんだなあ……と他人事のように感じている場合ではない。

「何ができるかわからないが、手伝うよ」

 俺がそう言うと、トニオは静かに俺を見つめ返した。暗がりでも綺麗な顔立ちはよく目立つ。

「ありがとう」

 静かにお礼を言われる。

 俺は声を強くした。

「編集者も似たようなもんでさ、だいたい戦いって勝ち目が薄いところからはじまるんだよ。で、それを承知で必死に汗水流す。苦しむのは得意だから、まあ、何でも言ってくれ」

「ふふ……勝ち目が薄いところからはじまる、か。ダイゴローの考え方はおもしろいな」

 トニオが微笑んでくれる。美少女はやっぱり思いつめた顔より笑顔が似合う。トニオに対してどうこうしたい気持ちは沸かないが、若い子が元気でいられるような社会をつくるお手伝いとなれば、それは編集者の役目だ。


 のんびりと歩き続ける。

 行く手に魔法学院が見えてきた。

 なだらかに連なる丘陵地帯の稜線に夕陽が溶けていく。

 もうそろそろ夜になる。

 が、夜は編集者の時間だ。晩飯はパスして、風呂も明日に回そう。研究局に戻って魔法書を片っ端から読み直して……やることはいっぱいあり、時間がタイト。そういうときが一番元気になれるんだよね、編集者って。ワーカホリックじゃない編集者なんてこの世にいないと俺は確信している。

「今日は付き合ってくれてありがとう。私は自室に戻って休むが、ダイゴローはどうする?」

「俺は研究局に戻る。少し調べたいことがある」

「わかった。イゼンゾ会長への交渉についてだが、策がまとまったら私にも教えてほしい」

「もちろんだ。ああ、それと最後にひとつだけ訊かせてほしいんだが……」

 俺の言葉に強い響きを感じ取ったのだろうか。トニオは足を止めた。俺も歩みを休め、トニオを見据える。

「正直に言ってほしい。最初に俺と出会ったとき……トニオ、君はこの状況を想定していたな?」

「この状況とは?」

「俺の力が戦いの役に立つってことを、計算したんだろう?」

「…………した。薪が明らかに私の想像を上回る燃え方をしたのを見た瞬間、使えると思った。黙っていてすまない、だが……」

「いや、別にいいんだ」

 俺はトニオを制した。ほしいのは謝罪の言葉じゃない。

「俺はまあ、どっちかと言えば平和主義者だが、それは俺がもともといた世界における平和であって、そんなものをこの世界にまで押し付けようとは思わない。戦う必要があるなら、戦わないと本や本を含む世界が守れないというのであれば、俺は全力で戦う。だが、一緒に戦う人間が、何を考えているかは、一応知っておきたかったんだ」

 編集者という仕事をしていると、目先の本のことばかり考えるあまり、大きな目的を見失うことがしばしばある。別にそれでも生きていくには不自由はないんだが、そればっかりだと心に穴が空いちまうことも稀にある。

 この世界においては、おそらく俺は大きな目的を見つけておいたほうがいいと感じた。

 そのために、このトニオという少女がどういう関わり方を俺に示してくれるのかは、知っておきたい。俺にイニシアチブがあるわけでもないし。

「私の目的は……一番大きなものを上げるとすれば、現状の維持だ。魔法書研究局での研究を穏やかに続けられる日々を守りたい。その上で、私や……イザーダの魔法書によって、世の中をよりよいものにできたらと思っている」

 トニオは局長ではなくイザーダと呼んだ。その目がとても優しくなるのを、俺は見逃さなかった。

「完璧だ……俺が君を手伝う理由としては、それ以上のものはないよ」

「巻き込んですまないとは思っている」

「巻き込まれたほうが悪いのさ、こういうのは」

 俺がこの世界にやってきたのは、トニオのせいじゃない。俺のせいでもない(と思うんだが……)以上、誰が悪いわけでもない。

 となれば、手持ちのカードでできること、やるべきこと、やりたいことを整理していくのが、正しい編集者の働き方だ。嘘くさい思想や非現実的な理想で動くのは、編集者の生き方じゃねえ。

「じゃあ、また明日」

 それだけ言うと、俺は背中を向けてトニオから離れていった。

 


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