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第5章 何よりも著者を大切にするのが編集者・その1


 翌日、トニオと俺は局長に事の次第を包み隠さず打ち明けた。

 局長の反応はとても平坦で、

「ふーん。そうなの」

 と、軽かった。

「ふーんって、局長、場合によってはこの魔法学院が戦場になるかもしれないんですよ?」

 俺が拳を握りしめながらそう言うと、局長はあくびをかましながらうなずいた。

「ふわあ……それはトニオの説明でよくわかったわよ。戦争の可能性についても、アタシはあんまり関心ないけど、学院の教師も生徒も、なんか起きそうだなーって気づいてる人間は多いんじゃない? だいたい、この土地に魔法学院が移転されたのも、帝国と戦争になったときに、学院の生徒をすぐに動員できるようにってことなんでしょうし、みんな大なり小なり覚悟はしてると思うし……ふーぅ、アタシ、明け方まで新しい魔法書を書いていたからまだ眠いの。トニオが大事な話があるっていうから朝から来たけど……また寝ていい?」

「そうそれ! 局長、新しい魔法書のつくりかたを教えてくれませんか?」

「えー」

「いや、えーじゃなくて。こっちは必死なんですって」

「トニオに聞けばいいじゃない」

「もう道すがら聞きましたよ、そしたら新しい魔法書の元となる〈白い魔法書〉は局長が一手に管理しているらしいじゃないですか。局長の許可がないと〈白い魔法書〉がもらえないって」

 元いた世界で俺が働いていた出版業界に例えるならば、出版社ごとに割り振られたISBNの番号(本のカバーなどにあるバーコードの下に記されている十三桁の数字)の管理みたいなものだろう。俺のいた会社では、本が完成する間際、具体的に言えば印刷会社へカバー周りを入稿する直前に、編集長か営業部長からISBNのデータを頂戴するシステムだった。たかが数字とバーコードだが、それがないと書店に流通させられないのが日本の出版業界のシステムだった。

「王立製本所でつくられる〈白い魔法書〉を受け取る責任者がアタシってだけよ。あと〈白い魔法書〉は初期状態だと書き込めないような封印が施されていて、それを解除する権限がアタシにあるんだけど……隣の倉庫にまだ今年分は五十冊ぐらいあったと思うから……三冊くらいなら持っていっていいわよ、封印は解除しとく……ふにゃあ……眠すぎるアニマル……」

 寝ぼけ局長、ちょっと可愛いじゃねえか。

 いやいかん、見惚れている場合ではない。

「それから局長、書き手についてなんですが、トニオだけでは今回は書き手が足りないと思っています。局長にも執筆していただけませんか?」

「えー、イヤ」

 即座にお断りされてしまったが、ここで引き下がっては編集者の名が廃る。

「そこをなんとか。イサット伯爵領の危機は、トニオの危機でもあるんですよ? 同僚のピンチを助けようとは思わないんですか?」

「自分のことは自分で。魔法使いの基本スタンスよ。トニオのことは心配だけど、アタシは戦争に使う魔法書なんてつくりたくないの。アタシの書く優雅でありながらユーモラスでもあり加えてそこにキラッとペーソスが光っちゃう愛らしくも慈しみに満ちた素敵な物語たちは、どう考えても戦争には不向きだもん」

 あのトンチキな物語たちをそう自己評価するのか。

 俺は編集者として、作家を続けるコツは謙虚さを早めに捨てることだと思っているが、それにしても局長、捨てすぎじゃない? ロクに漢字も書けないくせに。

 そう言ってやろうかと思ったがもちろん自重する。

「じゃあ、局長、せめて局長の書いた既存の魔法書を何冊か……」

「貸さないわよ。アタシの書いた魔法書が戦争に使われるのもイヤ。ていうか書き手が欲しいなら、会長のところ行ってみたら? 前に頼んだ魔法書研究局の人員補充についてそろそろ返事が来る頃だと思うし……ふわあ、もういい? 部屋に戻って寝たいみゅぅ……」

 語尾がおかしなことになってしまった局長は、立ちながら船を漕ぎ始めた。

 予め魔法を詠唱していたのだろうか、椅子がふわふわと飛んできて局長を載せた。そしてそのまま椅子はスーッと研究局を出ていってしまった。

「ふう、よかった……」

 トニオが安堵の声を漏らすので、俺は首をかしげる。

「よかったって、何が?」

「私は局長に……今回の件を反対されると思っていたのだ。魔法書研究局の人間が戦争に手を貸すことはまかりならぬ、と。ところが全面的に支持をしてくれた。感謝しかない」

 ちっとも全面的な支持には思えなかったが、トニオとしては予想以上の結果を得られたということなのだろうか。

「俺としては書き手の不足が懸念事項すぎるんだが……昨日の夜から明け方まで、ずっとここで魔法書を何冊も読んでみたが……戦争に使えそうな魔法書って全然ないんだな、ここ」

 まあ俺に戦争における魔法のイメージが不足しすぎているせいかもしれないが。

「それに、イゼンゾ会長へ助力を請うのを局長に頼めなかった」

「おねむではないときに、もう一度改めて頼んでみようと思うが……」

 あの感じだと到底無理そうだと俺は思ったが、トニオの表情もそう言っていた。となると局長経由は諦めるしかない。別の手段を考えよう。

「戦争に使えそうな魔法書は、トニオにも書いてほしいんだが……そんな時間はありそう?」

「まあ、集中して執筆する時間はワガタクアー家との抗争が始まるまでには、それほど多くはとれないだろう。学院では〈神速の筆〉などと呼ばれることもある私だが、他人が思うほど私は速筆ではない。何度も調べ、何度も迷い、何度も書き直し、いつも苦しみながら書いている」

 あー、わかる。他人の目からすれば、うわー書くの速いなーまた新しい本出してるよ、と思ってしまうような作家さんでも、本人からするとそうでもないって話は聞いたことがある。いい例が井上ひさしだろう。脚本に連載に書き下ろし単行本にと、一九八〇年代の一時期には泣く子も黙る売れっ子作家として連日のように書店を賑わしていたが、当人は遅筆をひたすら嘆いていたらしい、自分は書くのが遅い、と。

「……とりあえず、俺は局長が教えてくれたように、会長のもとに行ってみて……書き手候補が見つかったかどうか確認してみる。トニオは〈白い魔法書〉を確保しておいてくれないか?」

「わかった」

 さあ、やることが山積みだ。新人作家を探して、そいつとトニオに局長からもらえることになった〈白い魔法書〉に新たな物語を書いてもらい、イサット家の既存の魔法書の校正もして、ついでにイゼンゾ会長に手助けしてもらえる手段を考えて……いいね、忙しくなってきやがった。忙しくないと楽しくないんだよね、編集って。



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