第4章 異世界に転生しても編集者は迷ってばかり・その4
だが俺の頭はすぐに脳内で編集作業を開始していた。
具体的にはどのような物語であればそうした結果が得られるかを考え出していた。編集者の仕事で言えば、構成案(目次案)を考える行為に似ているかもしれない。
すべての魔法書の効果を自分の目で確かめたわけではないが、かなりの量の魔法書に目を通したのは事実だ。魔法書には例えば「《水》の魔法書」や「《土》の魔法書」といった、大分類的なタイトルが必ず付されていたが、大扉や奥付に相当する箇所には、だいたいの魔法書に、より限定的な目的が記されていた。例えば最初にトニオに編集の効果を見せようとしたときに貸してもらった《光》の魔法書には、表紙をめくった最初のページに「《照明》の魔法」と書かれていた。タイトルとサブタイトルの関係性のようなものだろう。となれば今回の依頼は「《炎》の魔法書 ~《爆発炎上》の魔法~」みたいな内容にするのがよいってことか。
「そんなものを、どうするつもりなんだ、キティーソ」
トニオの指摘に、俺がハッとする。
そうだったそうだった、読者……この場合は精霊の存在を忘れていた。精霊に何をさせたくてそんな魔法書をつくりたがっているのかを聞く必要がある。
編集者っぽく言うならば、企画の意義を確認する作業だ。その本を出すことで読者を通じて社会に何をもたらしたいかを考えておくことは……まあ、あんまりやらないときもあるけど、大事と言えば大事な仕事。
「……そうですね、差し支えなければ魔法書の目的を教えて下さい」
俺も真面目な顔でそう言葉を返す。
するとキティーソはそれまで貼り付けていた朗らかな笑顔をいきなり捨てた。
大きな瞳の奥に、冷たい怒りが湧いている。俺の背筋がシュンと伸びる。
「もちろん、戦争のためよ」
キティーソはハッキリと言い切った。
トニオはその発言を予期していたようで、ゆっくりとうなずいた。
「ワガタクアー家と、か」
「そうよ。ワガタクアーの連中の暴挙にはもう我慢がならないわ。五十年前にデアール王国を裏切り、その報復として手痛い目に遭ったはずだったけれど、最近になってまた息を吹き返している。わたくしが跡を継いだ途端、一気に攻勢を強めてきた。このままではイサット家の領地がなくなってしまうわ」
「話し合いで解決するのは難しいのか? 重臣のウーロック・イサット翁が和平工作を昨年から進めていたと聞いたぞ……今年の春先に心臓の病で亡くなられたことは残念だったが……」
「殺されたのよ、トニオ。ウーロックは病気で亡くなったんじゃないの」
トニオが息を飲むのがわかった。
飛び交う固有名詞の整理に忙しかった俺だが、交わされている会話の中身が穏やかではないことだけはよくわかる。
「……あまりにも非道が目立つようなら、王国軍の出動を依頼するべきではないのか?」
トニオの指摘に、キティーソは首を横に振った。
「ワガタクアーの連中ごときに、イサット家に楯突く度胸があると思うの? 裏で糸を引いている人間が、ワガタクアーの弱虫連中に手を貸している人間がいるからよ。だからあいつらは堂々とあんな真似ができるの」
「裏で糸を……帝国か?」
「他にいないでしょう。あの皇帝はどうにかしてデアール王国と帝国の友好関係を崩壊させたいと考えている。もちろん帝国側から平和協定を破るわけにはいかないわ。子飼いの地方領主をけしかけて、小競り合いからなし崩し的に国家間の紛争に持ち込もうとしているのよ」
「なるほど……下手に王国には助力を頼めないということか」
「ええ。あくまでもイサット家とワガタクアーの私闘ということにしなければならないの。そしてその私闘に勝って、ワガタクアーのちっぽけな欲望はもちろん、皇帝の野望をこの段階でくじくためにも、わたくしたちには強い魔法が必要ということ」
そこまで言い切ると、キティーソが俺を見つめた。
「以上が依頼の背景よ。ダイゴロー、どうかしら?」
俺は深々とうなずいてから、ゆっくりと口を開いた。
「ひとつだけ確認させてください。ワガタクアーとの私闘にイサット家が敗北した場合はどうなりますか? 具体的には、王立ナッセキメーソウ魔法学院の立場はどう変化しますか?」
「いい質問ね。時系列に沿って答えると、まずわたくしたちが敗北した場合、ワガタクアーはイサット伯爵領を占領するでしょう。そうなるとさすがに王国も出動しなければならない。最低でも魔法化機甲師団を一個師団、王国陸軍歩兵師団を二個師団は動かすはずよ。ワガタクアーを追い返すだけならそれでじゅうぶんすぎる兵力だけど、そうなった途端、間違いなく帝国軍が動くわ。となればイサット伯爵領はもちろん、その南方に位置する王立ナッセキメーソウ魔法学院も主戦場になるでしょうね。というか、帝国軍はこれをチャンスとばかりに相当の兵力を送り込んでくるはずよ。王国はイサット伯爵領を早晩に諦めて、王国中心部への侵攻を防ぐために、魔法学院を基点とした防衛線を引くに違いないわ。おそらくナッセキメーソウを要塞にして」
「魔法学院が戦場になる、と」
「最前線になるわ。もちろん魔法学院の生徒も動員される。そのための訓練を受けてきているし、そのための魔法学院でもあるから、それは避けられない」
キティーソの口調からは、脅しやハッタリはまったく感じられなかった。知っていること、わかりきっていることを淡々と話すその姿勢が、キティーソの言葉に嘘がないことを伝えてくる。
「わかりました」
俺は自分の額に手を置き、そのまま頭をなで上げる仕草をした。
「協力しましょう。私は魔法書研究局の人間です。魔法学院が、ひいては研究局が戦争の危機に晒されるとあっては、黙っちゃいられない。私の持つ編集の力を総動員して、威力抜群の魔法書を用意しましょう……具体的な冊数は?」
ここからは仕様の話。どんな本をつくるべきかはイメージができた。だが、本の内容以上に大切な要素となりうるのが、「どのくらいつくるか」だ。編集をする上で、最初に確認すべき事項でもある。
俺の問いかけにキティーソは肩をすくめてみせた。
「それは魔法書のでき次第よ。凄まじい威力の魔法書であれば、一冊でじゅうぶんかもしれないし、そうでなければ種類と数は豊富であればあるほど嬉しいわね」
「まずはイサット家とワガタクアーの私闘になるとして……イサット家側に魔法使いは何名いらっしゃるのですか?」
喧嘩は手数だ。編集も手数だ。勝とうとするなら物量は必須――まあ、出しまくりゃいいって編集方針は、俺は嫌いだが。
「A級魔法使いは、わたくしと引退した養父キティーモ・イサットの二名よ。ウーロックも老いたとはいえA級だったんだけど……殺された魔法使いを頭数に入れても仕方ないわね。あとは三~四人、C級魔法使いがいるけれど、戦力としてはあまり期待できないわ」
「微力だが、私も協力する」
トニオが言うと、キティーソはうなずいた。
「ありがとう、トニオ。でもD級魔法使いのあなたを戦場に立たせたくないし、何よりあなたのその美しい物語をつむぐ才能は、魔法書のためにこそ使ってほしいわ。あなたが戦場で倒れたりしたら、ヴェータお母様が悲しむもの」
「キティーソ、君に万が一のことがあっても、母は悲しむ。私にできることはないか?」
トーンこそいつもの静かな響きだったが、しかし、トニオの言葉には熱があった。
キティーソは少しだけ考える仕草をすると、やがてゆっくりと口を開く。
「……ひとつ、お願いできるかしら?」
「何でも言ってほしい」
「イゼンゾの力を借りたいの。わたくしからは頼めないから……トニオからお願いしてもらえないかしら?」
イゼンゾって、えっと確か豪奢な金髪の生徒会長だっけ。俺が不安定なオッサン脳みそから固有名詞を引っ張り出していると、トニオがつらそうな声を漏らす。
「んん……それは……さすがに難しいと思うが……」
いつも冷静なトニオにしては、声に感情が滲んでいる。
「イゼンゾはイザーダにご執心なんでしょう? あなたからイザーダに頼み、イザーダからイゼンゾを説き伏せるという流れは? イザーダから信頼されているあなたの言葉なら、イザーダも耳を貸してくれるんじゃないかしら?」
「……わかった。やってみよう。だが実現させる自信はないぞ?」
「ええ……あまり期待はしていない。でも打てる手は全部打っておきたいのよ」
キティーソの表情はさらに真剣なものへと変化していた。
覚悟を決めた人間の顔だ。校了が差し迫っているのに、原稿を頼んでおいたライターにトンズラかまされたときの編集者のツラに似ている。いや、もっと深刻か。戦争と本づくりを一緒にしちゃいけないな。
「以上よ。急なお願いで申し訳ないのだけれど……おそらくワガタクアーの連中は、最後の麦刈りが終わる頃には、攻め込んでくるはず。時間にすれば一ヶ月ないわ。それまでに準備を整えておきたいの。報酬は……すべてがうまく進んだ前提ではあるけれど、イサット伯爵領の半分をトニオとダイゴローに譲るってところでどうかしら? 魔法書研究局の予算が五倍ぐらいにはなるはずよ」
お、ちゃんと報酬が出るのか。事前にその手の話ができるのはありがたい。本ができてから契約書を交わすのが当たり前だった出版業界からするとずいぶんホワイトな話にも感じられる……が、まあ、キティーソの言い方からもわかるように、分の悪い賭けを前提とした成功報酬なのかもしれないが。
「報酬など気にしないでくれ。イサット家が滅びればキータ家も滅ぶ。私は私のためにがんばると約束しよう」
トニオが断言し、
「私もです。魔法学院のためとあれば、身を粉にして働かせていただきます」
俺も追従した。
「ありがとう。本当に嬉しいわ」
キティーソの口元に笑みが浮かんだが、その目は笑っておらず、どこか遠いところを見ているようだった。
おそらく、彼女がこれから打たねばならない布石のひとつに過ぎないのだろう、トニオも俺も。
だが石には石の思惑がある。
俺の頭は高速で回転を始めた。




