E.幸せ令嬢は推しのブロマンスが見たかっただけ
生か死か。
覚悟を剣とともに携え、私は婚約者 (仮) を待っていた――月明かりの鍛錬場の床へ、正座しながら。
「待たせたな」
足音もなく現れたガイアスも、同じく剣を携えている。“婚約者”ではなく、“宿敵”に向かうかのような顔つきで。
本来この男は、言葉よりも剣で語る“剣術バカ”――じゃなくて、国から叙勲された聖騎士。
推しのカプ相手ではなく、いち剣士として向き合うため、私も完璧に磨き上げた相棒と一緒にここへ来た。
「ローゼリア……今度こそ、本気で相手をしろ」
「……分かった」
歓声にあふれていた剣術大会とは違う、音のない鍛錬場。
ふたりきりの空間で、互いの呼吸だけが響く中――。
「……参る!」
「来い、ローゼリア」
剣を交えれば、言葉はいらない。
ただ――なにかが前と違う。
剣術大会の時は感じなかった、気迫に混じる視線。
「私に膝をつかせたい」以上の熱――「私への想い」を、一太刀受けるたびに感じてしまう。
(ガイアスの“本気”が、伝わってくる……!)
息つく間もない攻防の中。
琥珀色の眼光が、すぐ目の前に迫った瞬間――。
(あ……これ、ヤバい)
見たことのない美麗スチルに、頭が空っぽになった。
「……っ!」
マズい。
構えが崩れた。
剣を弾かれ――折れた剣先が宙を舞う。
「……っ!」
ゆっくりと、刃が向かってくる。
私なら避けることはできるはずだ。
それでも――今は身体が動かない。
「ローゼ……!!」
気がつけば、硬い腕の中にいた。
「何をやっているんだ!」
怒っているのに、今にも泣きそうな顔が、すぐ側にある。
「……ごめん」
いつものローゼの口調で、「すまない」と言えなかった。
抱きしめてくれるガイアスの腕が温かくて、眼差しが優しくて――目が熱くなる。
「お前はいつも、俺相手だと油断するな」
「……そうだな」
剣術大会の時は、推しのためにわざと負けようとしたけれど。
今は違う。
(認めたくないけど……さっきは、この人に見惚れてたんだ)
「ローゼリア……」
脳内会議中、さらに胸の近くへ抱き寄せられた。
「っっっ……近い! まだ何も返事してないのに!!」
心臓が走り回るように鳴っている。
それでも、精一杯の力で胸を押し返すと。
「……お前の伴侶、俺では駄目か?」
らしくない、不安げな声が降ってきた。
「それは……」
本気で剣を交えて、分かってしまった。
私が彼らのブロマンスを愛するのに負けないくらい、きっとこの人も私を――。
息をのむガイアスに向き直り、震える唇を開いた。
「ガイアス、私も――」
お前が好き――いや、ローゼらしくない。
お前を推したい――いや、それただの私だ。
「また、“脳内会議”とやらか?」
「黙っていろ! いっぱいいっぱいなんだから……」
思わず口が滑ったところ。
お前の精一杯を見せてみろ――と、ガイアスは余裕たっぷりに笑った。
「くっ……」
この男――自分の告白成功ルートを確信している。
「はぁ……」
深く息を吸い、そして、ガイアスに向き直った。
「私は……ガイアスルートを、選ぶ」
「ルート……? 道順の話か?」
「いや、だから……ちゃんと言うと……」
お前と同じ人生を歩く――。
そう告げた時のガイアスの顔は、一生忘れられないものになった。
名門騎士家同士の婚約発表から、間もなく。
もうひとつの婚約発表が全国――いや、“全わたし”を騒がせた。
「『アルヴェルト家の子息ノーベルと平民の才女、婚約発表』……っ!?」
さすがは外交官の息子、私たちの婚約記事より大きく出ている――って、それより!
(この才女ってまさか、ユリシアのこと……!?)
ベッドに転がったまま、ゆっくり朝刊を読んでいただけなのに――こんなの聞いていない!
でもまさか、あの時のユリシアの言葉――。
『お姉さまの元気がないのは、ノーベル様の横槍が原因でしたのね……』
あの時の“どうにかしなきゃ”とは、こういうことだったのだろうか。
白百合に見えて、時々毒を出す正規ヒロインのことだ。
あり得なくもない。
「なんだ、あいつと鍛冶屋の娘が婚約したのか」
しばらく呼吸が止まっていたところ。
背後から、「討ち入りにだけは行くなよ」と手を掴まれた。
「行くわけないだろ! ふたりとも、大事な友人なのだから……」
士官学校の休日は、朝から晩まで私のスケジュールを押さえている激重男――ガイアスが、遠慮なく隣に腰かけた。
「結局、『推しブロマンス計画』とやらは破綻したな」
「なっ……していない! 婚姻の条件を忘れたのか?」
ガイアスが、推しと親友であり続けること――また“友情搾取”だと叱られそうな気がしたけれど。
この男は、「お前らしい」と笑いながら条件をのんでくれた。
(そういうところが推せる……じゃなくて、「好き」……なんだけど)
まだ、直接伝えたことはない。
それに、ノーベルからガイアスへ担替えもしていない。
「それにしても不思議だ。数ヶ月前、ノーベルはお前に告白しただろ」
ガイアスの少し尖った口調に、思わず口角が上がった。
あの時は平然として見えたけど――実はこの人、妬いていたらしい。
「ともかく。ユリシアなら、間違いなく推しを幸せにしてれるはずだ」
「結局、その推しというのは何なのだ?」
もう何度も説明したのに――この“剣術バカ”は。
「好きとは違う。むしろ、もっとも恋愛関係になりたくない相手のことだ」
「いや……やはり何度聞いても分からん」
ため息を吐くと同時に、隣から伸びてきた腕に抱き寄せられた。
「……っ、急に抱きつくな! 事前に申告しろと言っただろうが!」
「それは聞けないな。むしろ照れた顔が見たい」
「〜〜〜っ!」
ほんとうに、グイグイくる相手に慣れる気がしない。
嫌味なほどに深呼吸してみせると、ガイアスは「そうだ」と少し声を高くした。
「その“推しかぷ”とやらを、お前自身と俺にするのはどうだ?」
「は……?」
これからも私が男装して、一緒に剣の稽古や乗馬をすればいい。
ガイアスは、そんなことをスラスラと言い出した。
そうすれば、自分と俺のブロマンスを楽しめるだろう――と。
「ガイアス貴様……1000年に一度の天才か?」
「ふっ……はははは! 本当に面白い女だ、お前は」
でも、やっぱり推しは推し。
主食はそっちで、自分とガイアスのブロマンスはまったくの別腹だ。
たまには推しと食事したり、稽古したりしてもらえるように頼もう――もちろん、「ガイアス+推し」のふたりきりで。
「ガイアス、相談なのだが……」
さっそく約束を取り付けようと、ガイアスを見上げたところ。
(えっ、なに……?)
私をじっと見つめたまま、口を開きかけては閉じている。
「何だ?」
「いや……ああ、そうだな」
珍しくハッキリしない中、差し出されたのは。
「これ……」
一輪の赤薔薇が添えられた、この箱――薔薇のキャミソール覗き見事件 (冤罪) の時に、ガイアスが手にしていたものだ。
「今は、無用かもしれないが」
中身は、薔薇の髪飾り。
彼の髪色と同じ黒薔薇と、私の髪色と同じ赤薔薇が、金のリボンでまとめられている。
レースの装飾まで丁寧に編み込まれていて、きれいだ――。
「気に入らなかったか?」
私の顔色をうかがうガイアスに、こっそり微笑んだ。
やっぱり照れくさくなって、視線を逸らしてしまったけれど――嬉しい。
「これ、私へ贈る物だったのか……」
「『だった』って……覚えていたのか?」
「もちろんだ」と頷いた。
ガイアスが女性宛ての贈り物を持っているなんて、珍しくて――実はずっと気にしていた。
「……っ、そうか」
いま思えば。
あの時から私は、推しのカプ相手だと信じて疑わなかった彼――ガイアスを、少しずつ意識していたのだろうか。
「また髪を伸ばすことがあれば、つけてみてくれ」
「……別に、これなら今でもつけられる」
肩より少し下まで伸びつつある髪。
パパに覚悟を見せるため、剣でバッサリ切った時よりは少し伸びた。
首元の髪をかき上げ、髪飾りをつけて見せると。
ガイアスは、ふっと頬を緩ませた。
「似合っている……とても」
「……っ、そうか」
たぶん前の私なら、「そういうのは推しとやってくれ!」と叫んでいた。
でも今は――これをもらえたのが私で良かったと、心の底から思える。
火照った顔を見られないように、頬へ手を添えると。
「もっと見せてくれ」と、手首を掴まれた。
「いっ、言っておくが! 自分の“ブロマンス資料”を集める時には外させてもらうからな!」
強い口調で言い放ったのに、それでもガイアスは笑っている。
「まったく、こんな女と付き合えるのは俺くらいだ」
手首を掴んでいた手が、頬に触れる。
「……っ」
顔の輪郭をなぞる指が、唇に降りていく。
こそばゆい感覚に震えると、私を捉える瞳が細くなった。
「今はまだ、遊びに付き合ってやる」
でも、卒業したら――。
耳元で囁かれた言葉に、全身が動かなくなった。
「ガイアスルート、やっぱり怖っ……」
このルートに入ったのは、もちろん予想外。
でも、後悔はしていない。
推しは正規ヒロインが幸せにしてくれるだろうし、推しとガイアスはいつまでも親友だと約束してくれた。
推しのブロマンスを見届けるつもりが、まさかこうなるとは思わなかったけれど――。
推しも、ヒロインも、メインヒーローも。そして、悪役令嬢も幸せになれる、“トゥルーエンド”に辿り着けたのだから。
「そうだ、今日の鍛錬は本気で相手をしろよ」
「……ほんと剣術バカ」
《End》
『推しのブロマンスを見守るため男装したのに、なぜか溺愛されてます』をここまでお読みいただき、ありがとうございました!
推しのブロマンスを見たいだけだったはずのローゼが、まさか自分の恋まで回収することになるとは……そんな気持ちで、最後まで楽しく書きました。
ローゼのオタク的暴走、ノーベルの癒やし、ガイアスとのすれ違い、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
本当に、ありがとうございました!




