11. 正規ヒロインの恋愛相談室
まさか悪役令嬢が、今世最大の夢だった『ブロマンス計画』を破壊してしまうなんて――!
「婚約破棄」宣言を浴びて固まっているガイアスに背を向け、部屋に戻った後。ベッドに寝転び、これからのことを思い浮かべた。
(私、どこでルート選択ミスったんだ……?)
相棒の剣を握ってみると、いつかの言葉が思い浮かぶ。
『俺は意に介さない方法で、友情を育むよう指示されているんだが?』
(そっか……)
最初は『公式ブロマンスを生で見られる〜!』、なんて浮かれていたけれど。
今更ながら、私の計画自体が2人の心を無視したものだったのだと痛感した。
ここはゲームでも、妄想の世界でもないのだから。
でも、だからって、自分の気持ちに蓋をするのか――?
推しとカプ相手がリアルに存在するこの世界で――?
今でもブロマンスは主食だ。
でも、なにかが私の中で変わってしまった。
あの剣術バカと手を繋ぐたびに、「なにか」がおかしくなっていった。
その、「なにか」が分からないのだけれど――。
推し、ガイアス、どちらと顔を合わせても気まずい。
それでも学校を休むのは逃げだと思い、とりあえず、いつもの中庭までたどり着いた。
(この庭で、推しを助けちゃったところから始まったんだよなぁ……)
「おはようございまぁす」
生垣の向こうから現れたのは、今最も会いたくないひとり――推しだった。
目の下のクマがひどい。
まさか、私にふられたことがそんなに衝撃だったのだろうか――。
「私……失礼しますっ!」
やっぱりダメだ。
推しの傷ついた顔を直視できない。
「待ってください、ロズさん……!」
必死な声に、思わず足を止めてしまった。
「ちょっとだけ、聞いてくださいませんかぁ〜?」
昨夜も今も逃げようとしたのに、推しは私に向き合おうとしている。
本当に、こういうところが推せるんだ――。
「……はい」
ベンチに腰を戻すと、推しも隣に落ち着いた。
「僕の、貴女への気持ちって何だろう〜って、昨晩改めて考えてみたんです」
「私への……気持ち?」
剣を握っていなければ、手が震えてしまう。
そんな私の様子に微笑みつつも、推しは言った。
「憧れだった」――と。
「貴女を追いかけるガイアス先生は、見たこともないくらい必死でしたぁ」
本気でロズさんが好きなんだと悟った――そう言って、ノーベルはまた寂しげに笑った。
「僕が貴女に抱く“憧れ”じゃあ、勝てないなって」
だから、もう想いには蓋をする――。
ここで剣術指導をしていた時とは別人のような顔つき――成長した推しの決意に、胸が締めつけられる。
「ノーベル様……」
「でも、これからも“師匠”でいてくれますかぁ〜?」
関係の形が師弟だとしても構わない。
私とガイアスと一緒に過ごしたいと笑うノーベルに、頷くしかなかった。
今この状況で、「私は壁になってます!」なんて言えるわけがない――。
「……良かったぁ。あっ!」
始業の鐘が鳴った。
推しは「選択授業があるのでぇ」と、教室棟へ向かっていく。
「はぁ……そろそろ、元の場所へ帰らなくちゃなぁ」
パパに無理を言って叶えてもらった『士官学校潜入』も、約束の3ヶ月が過ぎようとしている。
とりあえず、推しは前を向いてくれた。
なのに、このモヤモヤは何なのだろうか――。
「おい、そこの変人」
「あ゙? 言葉には気をつけ――」
顔を上げた先には、いま最も会いたくない人その2が迫っていた。
「ガイアス……」
ここ最近、ずっと表情が柔らかかったのに。今は少し怒っているように見える。
やっぱり、いきなり「婚約破棄」はなかったか――仮にも『推しブロマンス計画』に協力してくれた同志として。
「あの……」
謝るべきか。
いや、でも私の知らないところで勝手に進んでた婚約だし――。
言葉に迷う間にも、「今夜」と囁きが降ってきた。
「グライシス家の鍛錬場で待っている。必ず来い」
「あっ……」
それだけ残し、彼はこちらに背を向けた。
怒っていないのか。
いや、もしかすると――剣術バカらしく、今夜これで決着をつけるつもりなのか!?
腰の剣を握り、去り行く背中を見送った。
きっと彼は、言葉では語らない。
「そこにいらっしゃるのですね、ロズ様」
「……え?」
また誰か来た――もう、ライフゲージがゼロに近いというのに。
「こちらです!」
壁の向こうから聞こえるのは、可憐な声――。
壁の穴を覗いてみると、ユリシアがスカートの裾をつまみ、お辞儀をしていた。
「元気がないご様子ですが」
「べ、別にそんな……」
到底話せる内容ではない。
ただ、「吐き出すだけでもどうぞ」と言われてしまうと――。
(ロズとガイアスのこと、応援するって言ってたしな……)
何かと鋭い彼女に、話してみることにした――「とあるご令嬢を巡る三角関係」について悩んでいると。
私ではない。あくまで、どこかの誰かの話として。
「そのご令嬢には、何としてでも成し遂げたいことがあったのですが……」
2人の男性の絆を見守ること――。
「でも、その見守り対象ふたりが、彼女自身に想いを寄せてしまって……」
ひとりは、ご令嬢の婚約相手。
もうひとりは、ご令嬢が財布を投げてでも応援したい相手。
「自分がふたりの間に挟まると邪魔だから、婚約破棄した方がいい気がするんですけど……なんだか、気が進まないらしくて」
あくまで知り合いの話――そう強調して、すべて話し終えると。
黙って聞いていたユリシアが、「それは……」と声を震わせた。
「なんて美味しい三角形でしょう!!」
「……へ?」
今、可憐な白百合から、超絶俗っぽい単語が飛び出したような――。
「こほん、失礼しました。ロズさ……そのご令嬢の気が進まないのは、なぜだと思います?」
「それは……」
婚約相手に悪いと思っているから。
そう答えれば、「なぜ悪いと思うのか」と、ユリシアは目を輝かせながら言った。
「なぜって……」
ガイアスのことを思い浮かべれば、脳内シアターが勝手に上映を始めた。
『お前それは……“友情搾取”じゃないのか?』
最初はああ言っていたのに。
ふつう「推しブロマンス計画」をご本人に協力させるとか言い出したら、絶交ものだ。それを笑って「協力してやる」なんて、懐が広いやつだと見直した。
それに――。
『傷だらけの綺麗な手だ』
初めて手を繋いだ時の言葉に、目が熱くなった。
「あ……」
私はいつでも自分の欲望のことばかりで、ガイアスをちゃんと見ていなかったんだ――。
「……なるほど」
「え……?」
何も話していないはずなのに、ユリシアは「うんうん」と頷いていた。
(私の脳内シアター、外に漏れてた……!?)
「お姉さまの元気がないのは、ノーベル様の横槍が原因でしたのね……どうにかしなきゃ」
突然出てきた具体名に、身体が固まった。
それに。
「お姉さまって……!?」
ユリシアにとって私は、「士官学校のロズ」のはずだ。
指摘すると、ユリシアは「あっ」と声を上げた。
「潮時……ですね」
苦笑いとともに彼女が告白したのは。
男装しても、私がローゼリア嬢だと分かっていたということだった――しかも最初から。
「私、魔力の波形を見分けることができるのです」
これでも鍛冶屋の娘――国の剣術大会3連覇中のローゼの波形は知っている――そう言って、ユリシアは微笑んだ。
「ですが、まさか美しいお髪をバッサリ切ってしまったとは思いもしなくて……」
校門で初めて会った時は、一瞬分からなかったというが――それでも。
「さすが正規ヒロイン……」
『バラ剣』のメインスートリーは、ちゃんと読んでいたはずなのに。推しのブロマンス成就に夢中で、ヒロインの魔法のことなどすっかり忘れていた。
「そっか、だから……」
最初に声をかけた時、なぜか驚いていたのも。
中庭で突然声をかけてきたのも。
姿ではなく、魔力の形を見ていたから――。
「ですから! 私は男性同士のロマンスではなく、最初から、男女のロマンスを見守っていたのです!」
「男女の、ロマンス……」
そうか。
(私、わりと序盤から「ガイアスルート」に突入してたんだ……)
一途に推しの幸せを願っていたのに。
いつの間にか、自分が幸せになる道へ。
「……っ」
まだ認められない自分がいる。
推しのブロマンス相手を、悪役令嬢が攻略してしまうなんて。
でも――。
『今夜、グライシス家の鍛錬場で待っている』
もう時間はない。
ガイアスルートのフラグを踏むか、斬るか。
今夜、その答えを出さなければ。
「……この子、磨いておかないと」
腰で光る剣を、強く握った。




