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10.違うんだ推しよ、こっちじゃない。

「ガイアス、推しの好感度爆上げチャンスだ! 剣を抜け!」

「……ああ」


 剣聖令嬢、現役騎士、しかも今回は剣装備。


 黒服モブたちを、推しの“ガイアス好感度パラ上げ”に利用させてもらう――!


「おふたりとも、ミラクルなタイミングです~!」


 推しがこちらを見ている――今だ。


「推しにまとわりつく虫がぁぁぁ!」

「ひぃっ!?」


 全身を巡る血が熱い。

 やり場のない感情、それに推しを何度も狙う連中への怒りを重ね、剣を振り下ろした。


「推しの! 告白イベを! 邪魔するな~!!」

「なんだあの男は……!?」


 何もかも終わったって構わない。

 推しの、私へのイメージが修復不可能になろうと。


 それこそ、“悪役令嬢”として本望だ。


 カッコよく敵を地に伏せるのは、カプ相手(ガイアス)だけのほうがいい――。


「ローゼ……ロズ、もう許してやれ」

「……っ」


 ガイアスの冷静な声に、ようやく身体の動きが止まった。


 いつの間にか、黒服たちはひとり残らず地に伏せている。


(やばっ、私がやり過ぎた……?)


「ロズさん、ガイアス先生〜っ! お怪我はないですかぁ?」


 狂人(バーサク)モードを見せてしまったにもかかわらず、推しはいつも通りの笑顔を見せてくれた――その笑顔に、沸騰しかけていた頭が冷えていく。


「ノーベルこそ怪我はないか?」

「はぁい、僕は大丈夫です。それよりも、おふたりの本気を間近で見られて大興奮です〜!」


「助けてくれてありがとうございました」と、はにかむ推しの前に――ガイアスが手を差し出した。


(これは、まさか……)


「当然だ。()()、だからな」

「ガイアス先生……!」


 広く大きな手を掴む推し。

 小さく細い手を、しっかりと握るガイアス。


「ん゙っ……」


 待ち侘びていた光景を前に、確信した。

 やっぱり、ガイアスの度重なる“手繋ぎ報酬”は、この時のための練習だったのだと。


(2人の絆が、最高潮を迎えようとしている……!)


「今です、ノーベル先輩!」


 告白のタイミングは、今がベスト――そう耳打ちすると。

 推しは「え?」と、目を丸くした。


「ガイアス先生の前で、ですか〜?」

「は……」


 ガイアスの前でなかったら、誰の前で告白するというのか。


 ぽかんとする間に、推しは私へ向き直った。


「なっ……!?」


 大量出血で死人が出るレベルの照れ顔が向いているのは、私。


「そ、その……お慕いしていますっ……!」


 尊死レベルの初々しい声が向けられたのも――私。

 ガイアス、ではなく。


「あぁ、言ってしまいましたぁ!」


 照れ推し可愛い。

 可愛いが――。


「待ってください、どういうこと……?」


 男装した私「ロズ」に、推しが好意を寄せている――ということなのか?


 マズい、頭が沸騰しそうだ。


「グライシス先生」

「え……?」


 どうして今、その名が出てくるのか。

 冷や汗がにじむなか、ノーベルは柔らかく微笑んだ。


「“強さ”とは技術ではなく、『立ち向かうことだ』――ですよねっ、先生?」

「えっ……」


 ローゼが信条にしている言葉。

 それを鍛錬場での初指南で聞いて以来、胸に刻んでいた――そう言って、推しはハルマゲドン並の笑顔を繰り出した。


「すぐに、ロズさんがグライシス先生だって気づきました」

「は……」


 すると、剣術大会の時点ではもうバレていたということか――!


 さっきから、空気に徹しているガイアスを見上げれば。「俺は知らなかった」と言うかのように、彼は首を横へ振った。


「貴女ほど優しくて強い人はいません、グライシス先生」


 クタクタに茹でたパスタみたいな語感の推しが、芯の通った口調で話している。


 推しの本気が伝わってくる――でも。


(推しに認知(あい)されるなんて、あってはいけないことだ……)


「男装されて士官学校にいらっしゃるのだって、きっと剣の道を極めたいからなんだって」


 ごめん、推し――あなたは本当の私を知らないのだ。

 食堂や教室の壁として、推しのブロマンスを観察するために男子校へ潜入した私を――。


 沈黙を貫いているガイアスに、助けを求めるような視線を向けたが。ついにガイアスは目を逸らした。


(この裏切り者……!)


「僕、こんなですから、愛してくれる女性なんて現れないと思っていたのですが……」


 そんな自分だからこそ、受け入れてくれるのではないか――。

 推しにそこまで言わせて、「無理です」なんて言えるわけがない。


(でも……推しだけはダメだ!)


 百歩譲って、ここが「ゲームに似た異世界」、推しは“推しによく似た人”だと割り切っても。

 なぜか、ノーベル・アルヴェルトと結ばれる未来が思い描けなかった。


「返事は、今すぐでなくてもいいので〜……」


 ああ、推しが期待と不安に押し潰されそうになっている――!


 でも、どうすれば推しを傷つけずに断れるかが思いつかない。

 返事を長引かせれば、その分傷ついた時の衝撃が大きくなってしまう。だから、今言うべきだ――。


「私は……」


 震える唇を開いた、その時。


「悪いな」


 上から、はっきりした声が降ってきた。


「こいつには婚約者がいる」


 婚約者――言葉と同時に、肩を抱き寄せられた。

 どこか挑発的な顔のガイアスに。


「……は?」


 私は少しも話が理解できないのに、推しは前のめりになっている。


「え……それは、どなたなんですか?」


 目を開きっぱなしの推しに向けて、ガイアスが言い放ったのは――。


「俺だ」


(……俺? 俺って、どの俺?)


 脳内で、何かが焼き切れる音がした。


 ガイアス・ディアストラ。推しのカプ相手。私が「至高」と認定した攻め無骨騎士。

 そのガイアスが、今――。


「婚約者!?」


(冷静になろう。これ、どのルート? 私はどのルートにいるんだ……?)


 ぽかんとする推し、それから、胸を張ったガイアスを見比べることしかできない。


「……ガイアス先生、それは本当なんですかぁ?」


 ガイアスが、私の婚約者だなんて。


 私もだが、推しも疑っているようだ。


「ああ。もう家同士の約束で決まっていることだ」

「え……!?」


 いや、本人聞いてないんですけど――!?


 どこでどうやって話が進んでいたのか。

 問い詰める前に、ガイアスが耳元で囁いた。


「ノーベルと真の友となれば、なんでもひとつ願いを聞くという約束しただろう?」

「それはっ……」


『推しブロマンス計画』の協力代償が、まさか。


 ガイアスとの婚約――?


「……そうですかぁ。お家公認では、後出しも難しいですねぇ」

「ああ、悪いな。こいつのことは諦めてくれ」


(いや、待て……!)


 この男、勝手に話を進めまくっている。


 寂しげに笑う推しの顔なんて、見たくなかった。

 こんな顔、させたくなかった。


 やばい、息ができない――。


「ローゼ……?」

「……っ!」


 気がつけば、ガイアスの手を振り解き、走り出していた。


「グライシス先生っ……!」


 スクスクと育ちつつあった推しの“ブロマンス”を崩壊させただけでなく、推しにあんな顔をさせてしまうなんて――。


「担降り」の文字が頭をよぎったが、それだけはダメだ。

 都合が悪くなったから推しに背を向けるだなんて、自分が許せなくなる。


「ローゼ、待て! くそっ……あの女、足早すぎだろ」


 ガイアスが追いかけてきていると分かった途端――涙で歪む町の明かりが、少しだけ温かく見えた。




「……すみませんでした、グライシス卿」


 パパの書斎に入ってすぐ、ガイアスはまず頭を下げた――私の手を掴んだままなのを忘れているのか。

 髭を撫でるパパの視線が痛いが、ここは我慢だ。


「それで、ガイアス君はどうして謝るの?」

「『泣かせない』と約束したのに、さっそく泣かせてしまいました」

「え……!」


 私が勝手に絶望泣きしただけ。しかも、ガイアスのせいだなんてとんでもない。


 この剣術バカ、律儀すぎる――!


「いや……待て。その『約束』って?」


 ガイアスもパパも当たり前のように話しているが、そもそも。

 2人の間で、縁談どころか婚約の話が進んでいたなんて、聞いていない。


(珍しく縁談が来たってのは、だいぶ前に言ってた気がするけど……)


「その縁談、ガイアス君って言わなかったっけ?」

「聞いていませんが!?」


 そう言い放った直後。


『縁談の件だけど。ガイアス君は何か言ってた?』


 剣術大会前夜の、パパの声が頭に響いた。


(うそ、私、聞いてたじゃん……)


 推しと“ブロマンス”を育むはずだったガイアスが、本当に私の婚約者――?


「……ごめん、ガイアス。私……」


 もはやローゼではなく、私として口が動いていた。


 ガイアスのこと、嫌いじゃない――でも、私じゃダメなんだ。


(だから……)


「婚約破棄させてほしい」


「…………は?」

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