9.攻略対象、間違ってますよ?
『推しブロマンス計画』、軌道修正スイッチ・オン――!
鏡の前で、自分の頬をぶっ叩いた。
今日こそ、推しとガイアスが2人きりでランチを食べるところを遠くから鑑賞しなければ。
彼らの間に私はいらない――私は、食堂の壁を極めし者!
「よし……」
頭を占めていたガイアスも、今は“ブロマンス”への情熱で押し出した。
『ガイアス様を見る目が、まるで「乙女」のようで……』
ユリシアの声が、まだ頭に残っている――が、ぜんぶ彼女の妄想だ。
あの可憐な白百合の中身は、美しく腐っている。
だからきっと、そうに違いない。
「……学校、行かなきゃ」
食堂の壁になるイメトレをしつつ、登校すると。
「おはようございまぁす……」
いつも朝は、中庭で私を待っている推し――生きているだけで1000点満点だが、なんだか少し顔が赤い。
「まさか、具合でも悪いのですか!?」
思い返せば、最近の彼は、私たちと居てもソワソワしていた気がする。
何だか、ちゃんと目も合わせてくれなくなったし――。
(風邪かな……?)
推しの変化に気づかないなんて、私もまだまだだ。
「とりあえず医務室へ」
「あ、別にそういうのでは〜」
何かを言いかけた推しの手を引き、医務室へ向かおうとしたが。
「違うんですってば〜!」
この推し、意外と抵抗する力が強い。
「でも、無理はいけませんよ」
もうこの際、「推しに触っちゃった〜!」とか言っていられない。
同じくらいの背丈の推しを華麗に抱え上げ、“お姫様抱っこ”でお連れすることにした。
「ひぇっ? ちょっと、ロズ君……!?」
「しっ! 騒ぐと目立ちますよ」
見た目通りの軽さの推しをしっかり抱えたまま、渡り廊下を駆け出した。
(こういう時こそ、ガイアスの出番だったんだけど……)
今はそれどころではない。
「失礼します……あれ?」
医務室には誰もいない。
それでも、横になるくらいなら許されるだろう。
推しをベッドへ下ろすと。
彼は頬を手で覆いながら、紫色の瞳を潤ませていた。
「もぅ、お婿に行けなくなっちゃうじゃないですかぁ〜」
「んぐっ……!」
推しの照れ顔スチル、ゲット――。
「可愛い」を摂取し過ぎて息ができない。
(いやいや、今はちゃんと看病しないと……!)
「本当に、体調は万全なんです〜」
「では、どうしてそんなにお顔が赤いのですか?」
「嘘はダメですよ」と、顔を近づけると。
推しはさらに顔を赤くして、「剣術大会の時、気づいたんです」とつぶやいた。
ある人が好きだと――。
「剣術大会……好きって、まさか……!」
そんなのひとりしかいない。
「がががが……」
ガイアス――!?
ついに私の計画が大きく進展――いや、恋愛感情を抱いて欲しいとまでは思っていなかった。本当に。
公式で絆を結んでくれさえすれば、あとは本人たちの目に触れないところで好きに妄想させていただく予定だっただけで。
でも、本音は――。
(めっっっちゃ嬉しい……!!)
鍛冶屋での「ガイアス挨拶」への反応が微妙だったのは、照れていただけに違いない。それに最近はずっとガイアスと行動しているし、彼の顔は間違いなく至高だ。好きになってもおかしくない――。
推しの純粋な友情以上恋未満の感情を応援しなければ。
全財産はたいてでも。
「……あれ?」
なんだろう。
嬉しいはずなのに――ちょっと胸が痛い。
急にうまくいき過ぎて、“推し応援センサー”が壊れた?
推しが理想のカプに成長しようとしている反動?
幸せ摂取過多?
「あのぅ」
「はい?」
「この責任は、とっていただけるのでしょうか」
「へ……」
(責任……?)
私を見つめる推しの目が、さらに熱を増している。鍛冶屋で見つめられた時と同じ、いや、それ以上に。
(もしかして、『推しブロマンス計画』、バレてた……?)
「運命のイタズラ」ではなく、「悪役令嬢のアンヤク」でブロマンスさせようとしていたことが、ご本人にばれているというの――!?
「も、もちろん……責任は取りますよ」
ガイアスが。
そうだ。ガイアスだって、剣術大会でノーベルのことを認めて以来、表情が柔らかくなった。
なぜか私と手を繋ぎたがるのは――そう、練習だ。
本命には恥ずかしがり屋 (たぶん) の彼が、ノーベルと手を繋ぐ練習を私でしているだけ。
「……」
でも、ふたりのことを考えれば考えるほど、胸が苦しくなってきた。
“尊い”とは違う。手入れ中の剣先が指に刺さったような、鈍い痛みだ。
(もしかしてこれが、嫁入りする娘を見送る父の心境……?)
そんなことより今は、『推しブロマンス計画』の最終段階に向けて、手回しをしなければ。
横たわった推しに向き直り、深く息を吸った。
「放課後、校門前へ来てくれませんか?」
そこで、ノーベルの思いをぶつけてほしい――。
そう伝えると、推しはぱっと顔を輝かせた。
「い、いいんですかぁ……?」
「もちろんです!」
どこか緊張も漂っている気がするが――きっと大丈夫だ。
手繋ぎ練習をしたくなるほど推しに落ちかけているガイアスならば、きっと好意に応えてくれる。
いや。
応えなければ決闘だ――!
放課後、中庭へガイアスを呼び出した。
いきなり告白されたら、さすがの彼も驚くことだろう。
校門前へ向かう前に、まずは「推しの告白イベント」を大成功させる根回しからだ。
「それで、さっそくだが――」
「ついにお前から呼んでくれるようになるとはな」
「え……?」
いったい何のことか。
振り返った先の顔は、優しく微笑んでいる。
一歩ずつ、こちらへ距離を詰める彼は、「今日も定期報酬が欲しい」と言い出した。
「いや、今はそれどころでは!」
校門前に、推しを待機させているのに――!
「お前から見て、今日の俺は頑張っていたとは言えないか?」
「それは……」
このイケメン、卑怯だ。
10年以上不機嫌顔しか見せてこなかったくせに、急にバリエーション豊かなスチルを解放してくるのだから――。
珍しくしおらしいガイアスに、「1回30秒だけだ」と口が勝手に喋っていた。
「……分かった。ならば30秒、堪能させてもらう」
「は……?」
親指を噛んだガイアスは、血のにじんだ指で、自身の胸に揺れる黒いペンダントに触れた。
【夜闇の鎧よ来たれ】
ガイアスが、低く、強く詠唱すると。
赤薔薇の生け垣に囲まれた庭が、あっという間に、夜空のカーテンで覆われてしまった。
(ガイアスの魔法、画面外では初めて見るな……)
いつでもどこでも対一の決闘に持ち込める、結界魔法――ガイアスらしいが。
ここまでして、何をするつもりなのか。
「今日は見られたらまずいからな……ほら、来い」
「えっ……あっ!」
腕を引かれた勢いで、ガイアスの胸に倒れ込んでしまった。
私の体当たり程度では、ビクともしないところがムカつくけれど――。
(心臓の音、はやっ……)
「がががガイアス、これは決闘では……」
「黙って抱かれていろ」
「ひっ……!」
手を繋ぐまでは、定期報酬として許した。
でも、これは――。
「練習の域、越えていないか……?」
「何のことだ」と苛立ち混じりの声に気圧され、正直に話すことにした。
これはノーベルと絆を深めるための練習ではないのか――と。
「だから、さすがにこんな……」
「くっ……!」
今、上から笑い声が漏れた。
おそるおそる顔を上げると――ガイアスは、また柄にもなく笑いを堪えている。
「本当に、お前は変なやつだな」
「なっ……!?」
抗議しようと腕を張れば、抱きしめる力が強くなった。
私に触れて、楽しそうにしているのは何なのか。
こういうことは私と10メートルほど距離をとった上で、推しとやってほしいのだが――!?
どういうわけか、拒絶を口にできない。
「まだ分からないのか? 最初から練習ではない」
「は……」
見たことない顔で、ガイアスがつぶやいたのは。
「お前だから……」
「私だから……? って!」
(いや、いやいやいや……!)
私が『ガイアスルート』に入るなんて、そんなの認められない――!
そんなことになったら、誰が推しを幸せにしてくれるのか。
私の“生きる意味”は、どうなってしまうのか。
推しとガイアス、見つめ合うふたりからしか取れない出汁があるというのに――!
「……帰るぞ」
頭の整理がつかないうちに、辺りが星空から夕暮れへ戻っていた。
ガイアスの手に引かれ、もたついた足を動かす。
(ガイアスってたしか、モテてたよね……?)
ガイアス見学に来ているご令嬢を、うちの敷地でも頻繁に見かける。
なのにどうして、剣ばっかり振るってる私なんか――。
(いや、違う違う……!)
ガイアスの「お前だから」の直訳は、「お前だから遠慮なく練習できる」――だ。
「ふぅ……勘違いするとこだった」
ほっと胸をなで下ろした、その時。
「うわぁあああ!」
校門の方から、覚えのある悲鳴が響いた。
(まさか、また……!?)
ガイアスと視線を合わせた直後、ふたり同時に駆け出した。
全力で、校門まで駆けていくと。
「あっ、おふたりとも来てくださったんですね〜!」
相変わらずのんきな推しの前に立ちふさがるのは、黒服の男たち――入学式当日、推しを中庭で襲った不届き者だった。
「またノーベルを狙って……ん?」
いや。
このモブ、最高のタイミングで出てきたのでは――?
「ガイアス、今だ」
「は……?」
「剣を抜け! 推しの好感度・爆上がりイベのはじまりだ!」




