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8.頼むから私じゃなくて推しを見てください

 分からない――推しも、ユリシアも。どうして私をあんな目で見ていたのか。

 

(それ以上に分からないのは……)


 隣で、打ち直したての剣を提げて歩く騎士だ。


 夕日に目を細めつつ、ガイアスはこちらを見た。


「俺の遣いについてきて、どうだった?」


 推しが見れただろう、と、彼は得意げだが。


「……あの挨拶では駄目だ」

「ん?」


『推しブロマンス計画』に協力してくれるとは言ったものの、彼は何にも分かっていない。


「“会いたかった”というワードは最高だ。だが!」


 ガイアスの表情筋が死に過ぎていて、推しがそちらより私を見てしまっていた。


 攻めなんだから、もっと積極的に距離を詰めてくれないと――!


 もはやナマモノとか関係ない。

「やる」と言ったからには、とことん付き合わせなければ。


「とにかく笑顔が怖すぎる! もっとこう、“この世で一番尊いものを見た時の顔”で……」


 熱弁したところ、深いため息が返ってきた。


「俺は意に介さない方法で、友情を育むよう指示されているんだが?」

「うっ……」


 これは本来、俺の心を無視している行いだ――そう言われてしまうと、何も言い返せない。


(この人、ただの剣術バカじゃなかったんだ……)


 たしかにブロマンス(強制)なんて、自分の欲望を叶えるためだけの愚かな行為だ。


 私はいつから、こんなに傲慢な女になってしまったのか――悪役令嬢設定だったローゼリアより、ずっと心が悪に染まっている。


「……そうだな。やはり、この話は無かったことに」

「報酬があれば構わない」

「は……?」


 本当に、この男は――。


 人を絶望の淵へ叩き落とした瞬間、優しい言葉を吐いてくる。

 さすがは『バラ剣』のメイン攻略対象だ。


 報酬が何かは要確認だが。


「そもそも、願いを聞くという約束もしていたが?」

「あれは“達成報酬”だろう」


 定期報酬がなければ、務まらないほど酷な契約だ――そう言われると弱い。

 ガイアスに限って、危ないことを頼んでくることはないだろうし――。


「ん」


 威嚇するような声に顔を上げると。

 ガイアスの手が、目の前にさし出されていた。


「ん?」


 そっぽを向いた横顔を見つめ、訊き返せば。

 少し乱暴な手が、勝手に私の指を掴んできた。


「え……これって」


 手を、繋いでいる。

 町中でガイアスと。

 しかも、指を絡ませて――。


(大きい手……しかも、熱く脈打っている)


 じゃなくて――!


「こっ、これが報酬になるのか?」


 (ロズ)の傷だらけの手を握って、どうするのつもりなのか。


 茜色の横顔は答えない。

 目も泳いでいる。


「傷だらけだが……この手があれほど強いなどと、誰が想像できるだろうか」


「綺麗だ」――。


 雑踏に混じる呟きが、あの“剣術バカ(ガイアス)”から発せられたものだと分かった瞬間。


「グッ……!」


 胸に、透明な剣で貫かれたような衝撃を受けた。


 今のは何だったのか――推しへのトキメキと似ていたが、それよりもっと鋭かった。


「……って、もう報酬お終いだ!」


 慌てて手を振り解けば、彼は名残惜しそうに自分の手を見つめた。


「ああ。また後日もらう」


 その寂しそうな笑いは何なんだ――。


 それに、どうして私は声が震えているのだろうか。

 相手は“推しのカプ相手”だというのに。




 鍛冶屋の帰り――「手繋ぎ事件」以来、ガイアスはキャラ崩壊した。


「おい、お前も来ないか? ノーベルとこれから昼飯だ」


 いつも一人で食べていたくせに。


「放課後の鍛錬、お前も参加しないか? もちろんノーベルも一緒だ」


 いつも一人で鍛錬していたくせに。


 これが『推しブロマンス計画』への、彼なりの協力法なのか。


 学校生活で絆を育むイベントへ、積極的にノーベルを誘っているところまではいい。

 ただ――。


「どうしてっ! 私も誘っちゃうんだよっっっ!」


 あいつ、私が理想とする“ブロマンス”が何か分かっていない。


 私はふたりを側から見守る壁で良いのに――!


 誰もいない中庭で、ひとり不満を叫んでいると。


「おい、ロズ」

「ひゃっ……!」


 今度は何の誘いに来たのか――生き生きとしたガイアスが、生け垣の向こうから現れた。


「今日の分の報酬をよこせ」

「えっ! ここでか?」


 それだけはまずい。

 もし誰かに見られようものなら、「新入生歓迎剣術大会」の決勝カードのふたりが、意味ありげに手を繋いでいるようにしか見えないだろう。


 “理想のブロマンス”をじっくり堪能するどころではなくなってしまう――!


 そこまでして、私と手を繋ぐメリットはいったい何なのか。

 ガイアスはいつまで経っても教えてくれない。


「ほら、手をよこせ」

「……ああ」


 渋々出した手を、強く引き寄せられた。

 熱くて大きい手――それに、距離が近い。ガイアスからスパイス系の良い匂いがして、心音が速くなる。


(ガイアスルートやってたら、こんなイベントあったのかな……)


「なんだ、また推し(ノーベル)のことでも考えているのか?」

「はぁっ? 違うわ!」


 とっさに見上げた顔は、柔らかく笑っていた。


 なんだ、こんな顔もできるんだ――。


 それを、ぜひ推しの前でも披露してほしいところだが。

 私を見る目が真剣で、調子が狂いそうになる。


(怖いと思ってたのにな……)


 前世で、いつも私を見下していた上司の視線と同じ重さを、ガイアスの瞳に感じてしまっていた。


 でも、今のガイアスは――。


「このまま帰るか?」

「ば、バカ者!」


 結局、手を繋いでいる間、ローゼの口調で悪態をつくことしかできなかった。


 彼が口説くべきは“推し”。


 いや、恋愛関係になって欲しいとまでは思っていないが――私にこんなことをするメリットが分からない。


(もしかして、ノーベルルートに進んだ時のためのサンプリングしてる……?)


 分析完了。私は練習台だ。


 最近のガイアスは、もはや異常(バグ)レベルで推しをつけ回していた。私のお願いの域を超えて。

 もし本当に、ガイアスが推しに好意を抱いたとしたら、全力で応援するつもりだが――。


「手、熱かったな……」


 手に残った温度を見つめながら、ひとり薄暗い校門を出ると。


「ロズ様! 町までご一緒しませんか?」


 ちょうど隣の門から出てきたのは、ゆるふわな髪を跳ねさせたヒロイン・ユリシアだった。


「こんな遅くまで、何をしていたのですか?」

「え……?」


 何だろう、今の含みがある笑みは――。


 女学園の制服が似合う彼女と並んで、町へ向かって歩き出すと。


「私、見てしまったんです」


 ユリシアは足を止め、震える声で言った。

 ガイアスと私が、中庭で手を繋いでいた――と。


「なっ……」


「どうして」と投げかける前に、彼女は白状した。以前会話したあの穴から、と。


「ロズ様のお声がしたので、もしやと思ったら」


 そういえば。

 初めてあの穴越しに会話をした時も、彼女は私の気配を察して声をかけてきた。


(ヒロインの魔法って、なんだっけ……)


 推し(ノーベル)以外興味がなさすぎて、『バラ剣』の細かい設定を忘れていたが――思い出す間もなく、ユリシアは「応援します」と声を張った。


「え? いったい何を……」

「ですから、ロズ様とガイアス様の仲をですよ!」

「はぁっ!?」


 彼女は私を男だと思っている上に、ガイアスと手を繋いでいたのを「特別な関係」だと思い込んだのか――なんて、冷静に状況分析している場合じゃない!


(まさか、ユリシアも“ブロマンス”が好きってこと……!?)


 いや、この場合BL好きなのか。


 でも、思ってもみなかった。

 こんなに可憐な見た目と挙動の女子の中身が腐っているなんて。

 そして、それ以上に衝撃なのは――ガイアスとの仲を完全に誤解されていることだ。


「あの……大変申し上げにくいのですが」

「ロズ様のお心に咲かせた薔薇は、そのまま胸の奥へしまっておいてくださいませ!」


 ダメだこの子、話を聞かずに悶えている。

 前回鍛冶屋で、彼女が私に送っていた熱視線の理由――それは、ガイアスと私が2人で訪れたからか。


(あれ? でも……)


 あの時はたしか、私は男装のロズではなくふだんのローゼだったはず。

 引っかかりを口にしようとした途端、「ですが」と言葉を遮られた。


「実際、ロズ様自身満更でもないのでは?」

「え……?」


 ガイアスを見る目が、まるで「乙女」のようだった――。

 ユリシアは夢見心地になりながら、頬に手を当てていた。


「乙女って……」


 誰が――!?


 聞き返す間もなく、ユリシアは足を止めた。

 ここは彼女の実家の鍛冶屋前。夜でも、赤い灯が眩しいほどに燃えている。


「送ってくださって、ありがとうございました! おやすみなさいませ」

「え……あ、おやすみなさい」


 まんまと送らされてしまったが。

 ユリシアの意味深な微笑みと言葉が、頭から離れなかった。


 満更でもないなんて、まさかそんなはずは――。

 夜道を急ぐ途中、愛想の悪い大男の顔が浮かんできた。


 ガイアスルートは未攻略。


(だって、推しのオマケだったし……)


 でも、今近くにいるガイアスは。

 このローゼが負けるほど強くて、思ったより話がわかる人で、たまに優しい笑顔で笑って――。


(あれ……?)


 拒絶の理由を探してみたのに、拒む言葉が見つからない。


 それに。

 いつから私の頭は、推しより「ガイアス」で埋め尽くされるようになっていたのか――。


「いやいやいや、あれは推しのカプ相手だって……!」


 そう呟いても、繋いだ手の温度が、まだ残っている気がした。

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