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7.「推しブロマンス計画」裏の密約

 やらかした――。


 剣術大会の翌朝になっても、心を抉られるような衝撃は治らなかった。


「ガイアスにバレた……」


 ローゼ=ロズ、つまりロズが男装した私だとバレた以上、もう士官学校にはいられない――。


「終わった……私の『推しブロマンス計画』」


 ひと月も経たないうちに、まさかこんな形で――。


 今日は休校日。

 それでも、門下生たちはやって来る――鍛錬場へ行かなければ。


 でも。

 行ったら、ガイアスと顔を合わせることになる。


「いや、めっちゃ気まずい!」


 せめて、鎧だけは着なければ――重い身体を起こし、得意の早着替えをしようとした、瞬間。

 扉の外から、覚えのある気配が漂ってきた。


「この重くて乱暴な感じ……」


 間違いない。

 ガイアスだ――。


 慌てて鎧の冑だけかぶり、顔を隠した。

 下は純白のワンピースのままというチグハグぶりだが、仕方ない――やけに響くノックに対し、返事をすると。


「……お前、ついに狂ったのか?」


 頭だけ完全防御の私を見たガイアスは、呆れたようにため息を吐いた。

 あちらは身体だけに鍛錬用の鎧を纏い、出勤準備完了状態だ。


「……何の用だ?」

「何じゃないだろ。もう始業だぞ」


 遅いから迎えに来た――そう言って、ガイアスはため息を吐いた。


(なんか、いつも通り……?)


「指南役が門下生より遅れるな。早く来い」

「あっ、待て……!」


 そんなことより、ロズが女だとバレたはずでは――冑の下の顔を火照らせつつ、いっそ自分から踏み込むと。


「……その話は後でだ」


 低い声で残し、部屋を出て行ってしまった。


「後って……」


 もうすべて終わった。

 彼らのブロマンスを近くで見られないなんて、人生バッドエンドも同然。


「……あとはぜんぶ、墓まで持っていくしか」


 男装の本当の理由は、私の胸に一生しまっておかなければ――いや、本当にこのまま諦めるしかないのだろうか?




 指南終わりのガイアスに、中庭のベンチへ誘われた。

 しかも、「男装のわけを正直に話せば見逃してやる」と事前に言った上で。


「……本当に、いいのか?」


 私の『推しブロマンス計画』、まだ終わってなかった――!?


 絶望の淵に、光が射したかと思えば。

「ただし」、とガイアスは声を低くした。


「“剣の道を極めるため”とか言うのはなしだぞ。あり得ない」

「それは……」


 士官学校で私の相手をできる奴なんか、滅多にいない――ガイアスの主張に言葉が詰まった。


(この男、意外と勘がいいな……)


 パパはそれで騙せたのに。


 でも、言っていいのかな――?


 いや、ふつうは御法度だ。

 カプ対象に『計画』のことを話すなんて。


「あの……こういうのはナマモノなので。できればご本人には話したくないんだけど」

「……残念だ」


 ふっと笑ったガイアスは、父アーノルドのところへ報告に行くと立ち上がった。


「あっ、待て……!」


 こうなったら、話すしかない。

 推し(ノーベル)とガイアスの友情を育みたいがため、男装して士官学校に紛れ込んでいたことを。

 ガイアスの腕を引き戻し、震える声で打ち明けた。


「……と、いうわけだ」


 もうすべて終わってもいい――そんな心境で吐露したというのに、ガイアスはといえば。


「くっ……ふははは! もうダメだ、耐えきれん」


 珍しく、腹を抱えて大笑いしている。


「こっちは人生賭けてたんだから! 笑うな!」

「だってお前、そんなことで……あはははっ!」


 もう、怒りと恥ずかしさで涙が出そうだ――唇を噛み締め、その場から逃げ出そうとした瞬間。

「待て」と、ガイアスに腕を掴まれた。


「目的は叶ったも同然だろ」

「……はい?」


 ようやく笑いを引っ込めたガイアスは、今度は少しだけ真面目な顔で言った。

 実際に彼はノーベルのことを認めているし、幸い奴も俺を慕ってくれている、と。


「でも、それだけではダメなんです……じゃなくて、駄目なんだ!」


 ともに厳しい修行の日々を乗り越え、やがて相棒になるも裏切られ、それでも手を離さずに信じきるドラマが見たい――!


 それこそが、私の描く理想のシナリオ。

 もう、こうなったら惜しみなく暴露してやる――。


「ガイアス、故郷を捨てて復讐したい相手とかいないのか!? 推しを鍛えて、ガイアス探しの旅へ送り出すからっ!」


 息を切らしながら、熱弁したところ。


「お前それは……“友情搾取”じゃないのか?」

「ぐぅっ!」


 ど正論に胸を貫かれた。


(この男、真顔でそれを言うのか……)


 でも、今のは私が悪い。

 完全に、厄介オタクになっていた――肩を落として、「ごめんなさい」と呟くと。


「お前、変なヤツだな」

「え……?」


 ガイアスの顔が、今度は優しく緩んだ。

 あんなに気持ち悪いこと言いまくったのに――しかも、他ならぬご本人に。


「というより、その理屈で言えば……修行で絆を育んだのは、お前と推し(ノーベル)じゃないのか?」

「ゔっ……」


 さらに図星を突かれ、いっそ萎むしかなくなった。


「で、でも……私では駄目なんだ」


 ふたりの男の友情を見守り、尊さを摂取すること――それが私の生きる原動力になる。「推し+ガイアス」からしか得られない栄養がある。


(いっそ嫌われてもいい……)


 すべて、正直に話すと。


「分かった。俺が推しと絆を育んでやる」

「…………え?」


 今、なんと言ったのか――。


 ガイアスはからかう様子もなく、笑いながら「どこまでの関係になればいい?」と言った。


「どこまでって……お互いの口から、“親友”って言葉が出れば……」


 それだけでもう、この人生に悔いはない。

 真剣にガイアスを見つめれば、彼は「ただし」と口角を上げた。


「あいつと真の友となれた暁には、お前にひとつ、願いを聞いてほしい」

「願い……?」


 突然、そんな提案をしてきたガイアスに首を傾げるも。命に関わることじゃないと聞いて、ほぼ自動で首が頷いていた。


(え……本人が協力してくれるとか、奇跡か?)


 しかも、士官学校にはそのまま居ていいなんて――問題が一気に解決したも同然だ。


「ぜひ! 頼む!」

「交渉成立だな」


 ガイアスはなぜか、笑顔のままだ。


 というより。

 優しくないか、こいつ――?


 ふつう“友情搾取”とまで言わせたら、私たちの幼馴染関係まで終わりだと思うのだが。

 まったく知らなかったが、意外と懐が広いのか。それとも、まさか――。


「……満更ではない?」

「何の話だ? それより――」


「早く()()()()着替えてこい」と指示された。


「は……何のために?」

「まさか、女物はひとつも持っていないとは言わないよな?」


 ふだん剣ばかり振るっている剣聖令嬢とはいえ、外出用のドレスくらい持っているが。

 何年ぶりかに袖を通す、エメラルドグリーンの簡易ドレスに着替えて出ると――。


「町へ出るぞ」


 なぜか少し嬉しそうなガイアスに導かれ、地中海のような白い屋根の連なる城下町を歩きだした。

 やがてガイアスが足を止めたのは、金属を打つ音が響く工房。


 士官学校生御用達の鍛冶屋だ。

 それ以前に、ここは――。


「いらっしゃいませ!」


 入学式の日に見たような、エプロン姿で出てきた白百合嬢。

 ここは『バラ剣』と同じく、この世界でも正規ヒロインの実家らしい。


「ご依頼の方で……あっ」

「ん……?」


 ロズとしての面識はあっても、ローゼとして会うのはこれが初めてだ。

 それなのに、ユリシアのまんまるな瞳が私を捉えて離さない。なんだか、熱い視線すら感じる。


「まさか決勝の2人(カップル)が……あっ、剣! 仕上がっているので、今お持ちしますね!」


(今、何か言いかけたような……)


 それにしても、ガイアスもどういうつもりなのか。

 鍛え直した剣の受け取りに、こうして付き合わせるなんて――今まではなかった。


「ユリシアさん、僕はこれで……って、あれ〜?」


 熱のたぎる工房奥から出てきたのは――剣を抱えた銀髪の男性。推し(ノーベル)だ。


「おや! おふたりでお出かけなんて、珍しいですねぇ」


 なぜ、推しがここにいるのか。


(まさか、ノーベルルートのフラグがユリシアに……!?)


 それだけは回避しなければ。


「ガイアス、出番です。推しを惚れさせるような挨拶をお願いします!」

「……趣旨が変わっていないか?」

「いいんです! 惚れさせる勢いで!」


 呆れ顔のガイアスとの囁き合戦が終わると。ノーベルに向き直ったガイアスは、「会いたかった」と微笑んだ。

 が――推しはポカンと口を開けている。


「ガイアス先生……? はい、僕もお会いしたかったです」


 ダメだ。

 滅多に笑うことのない男の笑顔に、「珍しいものを見た」という困惑が勝っているみたいだ――!


「それにもちろん、グライシス先生も」

「え……?」

「こんなところでお会いできるなんて、僕は幸運ですねぇ〜」


 推しの笑顔が、ふだんの3割り増しで輝いた。


(推しよ、違うんだ……)


 その笑顔を向けてほしいのは、私ではなく隣の無愛想男なんだ――!


 ロズならともかく、ローゼとして会った回数なんて、数えるほどなのに。


「ふぅん、そっちじゃないんだけどなぁ……」


 誰の悟り声かと思えば。

 剣を持って戻ってきたユリシアが、意味深に微笑んでいる。


(「そっちじゃない」って、何のこと……?)


 口調が違う。雰囲気も――。

 一方、推しは私を見つめたまま、まだ目を輝かせている。


「え……? なに、これ」


 両隣から感じる、別種の熱い視線。

 それは、なぜか私、ローゼリアに注がれていた――。

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