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十二支の猫と、猫嫌いの俺  作者: シャーマンカイ


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2/3

第2話 一人増えてないか?

ドクン


これが、死ぬってことか?


あの女から生き延びるために、ずっと足掻いてきた。

それが終わった今となっては……

むしろ、ほっとしている。


焼けるような痛みは消えていた。


代わりに、優しい熱が体に染み込んでくる。


気持ちいい。


もしかしたら、あいつの言っていたことは正しかったのかもしれない……。


俺の中のどこかは、本当に死にたがっていたのかもしれない。


ドクン


「マシロ、タバコ買ってこい! 手ぶらで戻ってくるんじゃないよ!」


ドクン


「しばらくお母さんには会えないからね。病気がひどくて、もう君の面倒を見るのは無理なんだ」


ドクン


「マシロって全然笑わないよね。かわいそうに、母親と離れてからまだ立ち直れてないんじゃない?」


「そうね。あまり無理に聞き出さないほうがいいわ。時間が経てば、きっと大丈夫よ」


「自殺を考えてるんじゃないかって心配で。あまり自分のことを話してくれないから……どう考えてるのか分からなくて」


「分かってる、分かってる」


ドクン


自殺、ね……。


いや。


そんなわけない。


あいつらの口から聞くと、今でも腹が立つ。


ポツッ。


それにしても、なんでこんなこと思い出してるんだ!?


せっかく気分がよかったのに。


この体に染み込んでくる、穏やかな熱と一緒に。


「死にたいのか!」


もちろん、そんなわけない!


でも、もう死んでる。

あのクソ猫にやられたんだ。


「ほら! ほら! ほら!」


ん?


まだ霧のかかった目が、光に照らされて眩んだ。


暗闇から、柔らかい人工の光へ。

さっきの眩しい白とはまるで違う。


目はまだ当てにならなかったが、何かの形だけは分かった。


何かが顔に触れている。


液体が顔を伝っている。


細い髪が頬をくすぐった。


そして……。


何か柔らかいものが、口に触れていた。


俺はそれを噛もうとした。


「痛っ!」


顔の前にあったものが、霧のかかった視界からすぐに消えた。


もう見えない。

でも、鼻をすする音が聞こえた。


「ちょっと、何すんのよ! 噛んだでしょ!」


「お前……なんで……俺にキスしてるんだ?」


ほとんど言葉を最後まで出せなかった。


息が苦しい。


「キス!?」


「心臓マッサージしてたの! 人工呼吸も!」


ズズッ


女にキスされた?


「く、苦しそうにしてたし、脈もなかったのよ! な、何をすればよかったの!?」


声が震えていた。


泣いてたのか?


そのときは、この女が俺の胸を出したままにしているせいで寒い、ということのほうが気になった。


でも……。


こいつ、俺に脈がないって言ったよな?


俺、死んだのか?


さっきの化け物との出来事が、全部頭に蘇った。


右腕!


喉!


一気にパニックになった。


俺は起き上がろうとした。


でも、彼女にすぐ止められた。


いや、「止められた」なんてものじゃない……。


彼女は俺の肩を両腕で押さえつけ、完全に地面に押しつけた。


まだ十分に回復していないのか、それとも……


こいつが化け物みたいに力が強いのか、分からなかった。


「動かないで。ついさっき意識が戻ったばかりなんだから。救急車は呼んだから、もうすぐ来るはず」


彼女の顔が、また俺のすぐ近くまで来た。


目が合った。


今度は、ようやく彼女の顔をちゃんと見ることができた。


でも、彼女はすぐに俺から目をそらした。


恥ずかしいのか?


それとも、近すぎるのか?


顔は少し丸みを帯びていた。


細い黒髪は後ろにまとめられていたが、何本かの髪が顔にかかっている。


動けないからなのか、それとも俺が彼女を見ていたからなのか……。


俺は落ち着いていた。


彼女から目を離さず、右手を喉まで持っていこうとした。


彼女の目が、また俺の目に戻ってきた。


目が……


「やったぁぁぁ!」


「やっと契約を無理やり成立させられた! 途中で殺しかけちゃったけど、あんなにしぶといなんて……。魂を汚しちゃってごめんね。でも、これも大義のためだから!」


地面に押さえつけられたまま、俺は右から聞こえた声のほうに顔を向けた。


あれだけ叫ばれたら、そうするしかない。


でも、その声の主が誰なのかは、もう分かっていた。


やっぱり、こいつだ。


あの幽霊猫。


こいつ、自分のやったことは俺を殺すって言ってなかったか?


俺、マジで死んだのか?


諦めて、俺は目を閉じた。


「えっと……すみません。もう少し静かにしてもらえますか? この子、ついさっき心停止したばかりなんです。休ませてあげないと」


「この人間は何を言っているの? 当然、心停止したわよ。私が魂を輪廻から切り離したんだから」


「え……何を言ってるんですか?」


俺を押さえつけていた女は、ようやく手を離し、猫をよく見るために膝をついた。


しばらく、じっと見つめていた。


二人とも、何も言わなかった。


やがて、猫が沈黙を破った。


「待って」


少し間を置いて、


「あなた、私が見えるの?」


「えっと……はい……」


その返事を聞くと、猫は手を振った。


何も起きない。


数秒が過ぎた。


もう一度。


やっぱり何も起きない。


もう一度。


どんどん苛立ってきているようだった。


隣では、女が俺の腕を握り始めた。


どうやら、こいつも気まずくなってきたらしい。


俺も気になってきたので、片目を開けて猫を覗いてみた。


うん。


確かに、気まずい。


猫が何度も何度も手を振るのを見ていると、なんだか笑えてきた。


あの化け物だってことを、ほとんど忘れそうになる。


十回目くらいで、ついに猫がキレた。


「クソったれのグリモワール!」


また手を振った。


「なんで出てこないのよ!?」


こいつ、あれを現実の世界でも出せるのか?


……嫌な予感しかしない。


女のほうも、どうしていいか分からなくなっているようだった。


目の前の狂人から、逃げ出したいんだろう。


でも、ついさっき取り戻したばかりの俺の腕をあれだけ握り潰してるところを見ると、俺を一人にして逃げる気もないらしい。


「痛い、痛い、痛い! 俺の腕、俺の腕!」


女はびくっとして、すぐに手を離した。


一方、猫は妙な召喚をやめていた。


俺は少しだけ上体を起こした。


そのとき、二人の視線が俺に向いているのを感じた。


鋭い目。


あの真っ白な空間で、猫に見せつけられてきたものと同じだった。


身の安全を考えれば、目を伏せておいたほうがよかったんだろう。


俺は逆を選んだ。


女の目を、まっすぐ見た。


その瞳孔は、猫のものだった。


彼女は、何の感情も見せずに俺を見つめていた。


まるで、俺の奥まで見ようとしているみたいに。


今度は俺のほうが目をそらした。


そして顔を向けた拍子に、ほとんど反射的に猫へ目が向いた。


猫の目も、同じくらい鋭かった。


そのうえ、赤い。


ろくなことにならない。


認めるのは少し恥ずかしいが、こんな目を二つも向けられたら、もう十分だった。


二人?


やめておこう。


逃げないと。


片方がブチ切れているのは分かっていた。


もう片方は、さっぱり分からない。


俺は何事もなかったように立ち上がり、二人のどちらとも目を合わせないようにした。


俯いたまま。


そして、俺は救いへの第一歩を踏み出した。


気づくより先に、猫が俺の前に立っていた。


「どこへ行くつもり!?」


爪が伸びていた。


「相変わらず速いな」


ああ。


これが、死への第一歩だった。


猫が爪を俺に振り下ろした。


……


俺は目を閉じて、攻撃を待った。


でも、何も起きない。


もう少し待った。


それでも、何も起きない。


目を開けた。


猫は、動きを止めていた。


「嘘でしょ……」


彼女の目つきが変わった。


あの鋭い表情はもうない。


俺の後ろを見ていた。


瞳孔も普通に戻っている。

それも初めて見るものだった。


何がそんなにこいつを動揺させたんだ?


俺は振り返った。


背後には、グリモワールが浮かんでいた。


俺の腕を引きちぎった原因の本だ。


大きく開かれている。


一ページいっぱいに文字が書かれていた。


ものすごい量だ。


俺の目がその上をさまよった。


契約。


宿主。


不可侵。


「それ、読まないで」


猫が俺を遮った。


「なんで? すげえ面白そうじゃん」


俺は、さっき読めたところを急いで整理した。


「この契約によると、お前は俺を殺せない。生きてる人間と霊をつなぐ契約なんだろ?」


続きを読もうとした。


グリモワールが消えた。


……


俺は勢いよく振り返った。


「どうやったんだ!?」


彼女は答えなかった。


そこに立ったまま、捨てられた猫みたいな顔で俺を見ていた。


「まあ、どうでもいいか」


俺は肩をすくめた。


「俺がちゃんと生きてて、お前にもう口出しする権利がない。それが分かれば十分だ」


俺は歩き出した。


「じゃあな」


出口のほうへ完全に向き直ろうとしたところで、彼女が俺の右腕をつかんだ。


いつものような力は感じなかった。


その気になれば、振りほどける。


「待って。説明させて」


俺は時計を見た。


19時15分。


え?


ここで起きたこと、どれくらい時間が経ったんだ?


せいぜい十分ってところか?


驚きを隠せなかった。


そして、彼女はそれに気づいた。


「驚いた?」


たった一言なのに、そこには悪戯っぽさがたっぷり含まれていた。


「霊界では、地上とは時間の流れ方が違うの。私たちのルールや力なんて、ただの人間であるあなたには想像もつかないわ」


そう言いながら、彼女は俺の服を丁寧に整えていた。


「でも、私の宿主になれば、あなたが私たちの神になれるって言ったら?」


彼女は胸を俺の胸に押しつけた。


「あなたがすることは、私の言うことを聞くだけ」


神になる?


何のために?


彼女は止まらなかった。


いいことばかり並べてくる。


それに、俺の時間まで奪っていた。


こいつ、全部は話していない。


説明しているようで、そうでもない。


何を言えば俺を丸め込めるか、探っているんだ。


ここまで付き合ってきて、俺もだんだんこの猫のことが分かってきた。


こいつは獲物で遊ぶのが好きなんだ。


ただ、俺はもう獲物じゃない。


「先に言っておく」


彼女は黙った。


「俺はお前の宿主じゃない」


「何言ってるのよ! グリモワールを持ってるのはあなたでしょ!」


「よく聞け。お前の言う宿主ってのは、人形なんだろ。俺が人形に見えるか?」


「俺の時間を無駄にするな。急いでるんだ」


どうやら、またこいつを怒らせてしまったらしい。


彼女は俺の胸に手のひらを当てた。


「離せよ、クソ猫」


俺は彼女の腕をつかんだ。


突然、熱が全身を駆け巡った。


そして、彼女は手を離した。


衝撃で、俺はよろめいた。


グリモワールが現れた。


猫はものすごい勢いでページをめくっていった。


それから、女のほうに目を向けた。


「まだ私が見えるんでしょ!」


女は答えなかった。


ずっと俺から目を離していなかった。


まるで、周りのことがほとんど頭に入っていない子猫みたいだった。


「嘘でしょ……」


猫の怒りは、少しずつ諦めへと変わっていった。


彼女は頭を抱えた。


俺はもうここには用がなかった。


二人をそのまま残して、俺は歩き出した。


何歩か進んだ。


「おい! どこ行くのよ!? 救急車は!?」


俺が離れたことで、女はようやく我に返ったらしい。


俺は足を止めずに答えた。


「悪いけど、家に帰る! 助けてくれてありがとな!」


手だけ上げた。


「戻ってこい! まだ終わってないぞ、このクソ人間!」


後ろから猫が怒鳴った。


俺はそのまま立ち去った。


* * *




「ったく、早く追いかけなさいよ! そこで突っ立ってないで!」


「えっ! でも、本当にもうこんな時間!? お父さんに殺される!」


沈黙。


「それに、あなた。ホームレスだからって、礼儀を欠いていいわけじゃないでしょ。ついてこないで! 警察呼ぶわよ!」


「誰に向かって言ってるのよ、この間抜けな犬!」


女は地面にあった自分のキャップを拾い、頭に深くかぶった。


そして、走り出した。


「警察! 助けてー!」


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