第8話 フィールドワーク③
バスに揺られること40分。確かに民家がぽつぽつと立ち並ぶ場所に辿り着いた。どうやらここが“終点”らしい。しかし駅から乗ってきたのは自分たちだけ。途中で乗車する者もいなければ、他にバス停もなかったのだ。
「おい猫柳……田舎って……こんな感じなのか?」
「そうだよ?」
「けど、駅からここまでバス停ひとつなかったじゃないか。ここと駅を往復してるだけなのか?」
「うん、田舎ではそういうの結構あるよ。バス停はないけど、タクシー停めるみたいに手を上げたらそこでバスが止まって乗せてくれたりするんだよ」
「田舎……すごいな」
「そう?田舎あるあるだと思うけどなー」
そう言いながら猫柳は集落のある方へブラブラ歩いていく。帰り方も分からない武藤は、それについて行くしかない。日は更に傾いてきている。スマホで時間を確認すると、そろそろ17時になろうとしていた。
「で、猫柳。お前はここに何を調べにきたんだ?」
「えーっと、ここにさ、古くからある神社が……あ、第一村人発見!!」
民家を見回しながら歩いていた猫柳が、玄関前の植木を整えている少し腰の曲がった女性を見つけ、声をかけようと足早に行ってしまった。武藤も慌てて追いかける。
追いついた時には、人好きのする朗らかな笑みを住人だろう女性に向けて、猫柳はもう話しかけていた。
「すいませ~ん、こちらにお住まいの方ですよね?」
「ん?お前さんらは……ここいらじゃ見ん顔だね」
「東京の方から大学の調査で来ました。地域の神社の歴史とか、昔の祭りとかを調べてて。いわゆる現地調査ってやつです」
「あぁ、言うても祭りとかそんなの、今は誰もやらんけどなぁ」
「神社はありますか?そこって見に行っても大丈夫でしょうか?」
少し困った表情を浮かべながら、猫柳は小首を傾げる。年配の女性なら恐らくイチコロだろう。これを狙ってやっているのなら末恐ろしい男だと武藤は思った。
「んー、そんなら村長さんに一言、言ってけばええと思うよ。先に電話しといたるけんね」
「やった!ありがとうございます!」
また、猫柳が違う笑い方をする。どこか畏まったような、それでもどこか喜びを隠しきれないといった笑顔。いつもヘラヘラ笑っている顔しか見てない武藤からすれば、『猫被りが皮を変えた』ようにしか見えない。
村長の家の場所を教えてもらった猫柳が、こっちこっちと武藤を手招く。その時にはもういつものヘラっとした、気の抜けるような顔だ。これはもう化け猫かと思ってしまっても仕方がないだろう。
村長の家は、最初の住人の家から徒歩で10分ほどの所にあった。ここだね、と表札を確認してから、猫柳がインターホンを押す。すると、すでに連絡がいっていたのだろう、村長自身がすぐに出てきてくれた。
今度の猫柳は少し緊張した表情を見せ、丁寧に挨拶をする。ぺこりと深く礼をしたので、一応武藤もそれに倣っておいた。自分だけ突っ立っているのもおかしい気がしたのだ。そして神社の見学について許可を得ると、ホッと安心したような笑みを村長に向けていた。
「本当に、突然な上にこんな時間ですから、ご迷惑だろうなって思っていたんです。本当に助かります」
「いいよいいよ、神社っていうても神主もいないようなところでね、掃除だって隣保で交代でやっとるぐらいだからね。それにまだ日も明るいし」
「その神社、何か資料とか文献とか……そういうものって保管されてます?」
「あーん?……あるかは分からんが倉庫はあるよ。掃除道具しまってるのとは別の倉庫でワシも開けたことないんだよなぁ……。鍵はあるから、見てみるかい?」
「本当ですか!?嬉しいです!!」
ありがとうございますと何度も頭を下げる猫柳に、車を出して送ってくれるという村長の好意のオマケ付きで、神社に行けることになった。
村長が家の中に神社の倉庫の鍵と車のキーを取りに戻った後、猫柳が武藤の方へ顔を向け、ヘラっと笑ってVサインをしてみせた。
意外とこの猫柳という男、猫被りではあるが、被る皮は何種類も持っているらしい。そして、その時々で変えるようだ。それならそれで少し疑問が残る。
(……なんで俺にはヘラヘラした顔しか見せないんだ?)
困った笑顔、苦い笑顔、嬉しそうな笑顔、安心した笑顔。笑顔だけでもこれだけあるのに、武藤に対してだけはいつも同じ顔をして笑う。これは、猫柳に距離を取られていると判断していいのだろうか。
だがそれなら逆の疑問が出る。だったらなぜ、武藤をこんなところまで引っ張り出してきたのか。仲良くするにしたって、もっと別の方法があるだろうに。
「やったね、神社見せてくれるって!」
「資料あさりもいいが、小さな神社でもちゃんと参拝はしろよ」
「わーかってるよ、もう!」
そんな話をしている間に、村長が車を回してきた。ありがたく乗せてもらって神社まで5分。思ったより近かった。これなら戻りは歩きでも良さそうだ。
「倉庫、手前にあるのが掃除道具入れてるやつで、奥のやつが、たぶんアンタらの探してるモンがあるかもしれん倉庫。はい、鍵はこれね。好きなだけ見てもらってええけんど、ボロいから出入口だけはそっと開けとくれよ」
「はい、ありがとうございます。時間がどのぐらいかかるか分からないので、鍵はこちらからお返しに伺います」
「ここで待っとらんで大丈夫か?」
「ええ、場所も分かりますから。送ってくださって助かりました。ありがとうございます」
「そうかい。じゃあ帰らせてもらおうかな。頑張って勉学に励んどくれよ。じゃあ、また後でね」
神社の鳥居前で降ろしてもらうと、猫柳はそう言って頭を下げ、村長はにこやかに応えて車で帰っていった。
「さて、ここからがミッションだ。腕がなるねぇ」
「俺は……すでに心が折れそうなんだが……」
神社へと続く、これでもかというほどの長い階段を見上げて、武藤は重苦しいため息を零したのだった。
神社の階段を上りきって、武藤は息も絶え絶えに膝をついていた。運動と縁のない自分には少々どころじゃなくキツかった。それに比べて多少は息を切らしているものの、猫柳は元気いっぱいだ。
「ねえ武藤くん、見てみなよ!振り返ってみて!!」
「……なんだ?」
呼吸が少し整ったところで武藤が振り返り、そして息を呑んだ。
高所ゆえに一望できる集落、そして山間に少しずつ着地しようとしている夕日。オレンジの光が民家だけでなく風景全体を橙に染めている。
「これはちょっと凄いねぇ……。研究とは関係ないけど、記念に写真撮ろうっと」
いそいそとスマホを取り出し猫柳は風景を何枚か写真に収める。そうしてまだ座っている武藤に向かって手を差し出すと、ヘラっとした笑みを見せた。
「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせちゃおう。立てる?」
「余計なお世話だ。まずは参拝だぞ」
差し出された手をぱしんと払い除けて、武藤は自分で立ち上がった。年寄りじゃないのだ、立つぐらい自分でできる。
きょとんとした顔で払われた手を見つめると、猫柳は「まいったなぁ」と言いながら、それでも軽い笑顔を見せたのだった。
次回へ続く!!
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