第7話 フィールドワーク②
牛丼を奢り、さらに交通費も出すからと言えば、腹が満たされて少し機嫌が良くなった武藤が「仕方ないな……」と呟くに至った。猫柳は心の中でガッツポーズしまくった。
猫柳からすると、武藤はただお堅いイメージしかない。いつも太い黒縁眼鏡をかけて、難しそうな顔で本を読んでいる。だからこそ、4月の新歓から6月の今になるまでほとんど話したことがなかったのだ。
猫柳にとって、武藤はまだ未知の人間だ。これから同じサークルで4年、共にやっていくなら仲良くなっておきたい。だからこその今回の誘いだった。多少強引だったことは認めよう。
都心から郊外の方までは快速の電車で行けたが、そこからは鈍行でのんびりとした道程だ。電車自体が古く懐かしい雰囲気のある、シートが薄く固い90度のボックス席。窓側からほんの少しだけ出ているテーブルが謎だ。用途が分からない。
「あ、見てよ武藤くん、いきなり家が減った!」
「うわっ、トンネルで耳がキーンってした!!」
「ねえ武藤くん、田んぼと畑ばっかで何にもないのに、なんでこう、ぽつぽつと中に建ってる家って大きいのかな。あれが百姓貴族ってやつ?」
「あ、そうだ。武藤くんお菓子食べる?」
「猫柳、お前ちょっと黙れ。」
武藤は鈍行電車に乗り換えてからずっと、猫柳が古書店で買った資料に目を通していたのだが、いい加減に猫柳が鬱陶しくなってきた。
「え?」
「今、行き先の情報を頭に入れてるんだ。邪魔するな」
きょとんとしている猫柳にそう言えば、猫柳はじゃあ読み終わったら言ってね、とにっこり笑って一人、外を流れる景色を堪能し始めた。
武藤にとっては“付き合わされた外出”だが、猫柳にとってはフィールドワーク。つまり“調査”なのだ。なのにどうして猫柳は遠足気分でいられるのか。
「猫柳」
「なに?」
「そのポッキー、俺にも寄越せ」
「ん?うん、いいよ」
なんとなく釈然としなくてそう言えば、猫柳はにっこりと笑って開けていたポッキーの箱を差し出してきた。
「両手塞がってるなら、あーん、したげよっか?」
「殺すぞ」
「あっはは、冗談だよ。はいどうぞ」
「どうも」
箱からポッキーを抜き取ると、武藤は悔しそうにそれをひと齧りする。ずっとヘラヘラ笑っている奴なだけなのに、なぜだか猫柳に勝てる気がまったくしないのだ。
武藤はどうにかして猫柳のヘラった笑顔を引っぺがしてやりたくて堪らなくなる。しかし次の瞬間には、もう『どうでもいい』の方へ気持ちが傾いていた。
猫柳がどういった人間で、どんな風に誰と接しようと、自分にとってはどうでもいいのだ。
――――そう、それが自分に向けられるものでないのなら。
辿り着いた駅は、駅員すらいない無人駅であった。改札口っぽいところに『きっぷ入れ』と書かれた木箱が置いてあるだけの、寂しい駅。無人駅を経験したことのない武藤が、わずかに眉を寄せて言う。
「これ……大丈夫なのか?」
「うん。無人駅って大体こんなんだよ?ここにポンっと切符入れておしまい」
「いや、キセル乗車とか……」
「そっちの心配!?そんなことしてまでここに来たがる人がそもそもいないって!俺のばあちゃんちも結構ド田舎で、無人駅だけど、そんなの聞いたことないよ」
「不用心駅の間違いだろ……」
「ぶふっ!武藤くんの天然が面白い……!!」
「……馬鹿にしているのか」
「してないしてない!ほら、早く行こう」
くつくつと笑いを零したまま、猫柳は改札口の向こうで手招きしている。憮然としたまま武藤も切符を箱に突っ込んで、改札口から外に出た。
改札口を出たそこはもう、文字通り『外』であった。日が傾きかけている空には、雲がかかっている。もしかしたらひと雨くるかもしれない。
「猫柳、ここから目的地まではどのぐらいだ?」
「もう5分もしたらバスが来るはずだから、それに乗って……40分くらいかな?そしたら、とりあえず人が住んでいる場所まで出られるから、そこまで行くよ」
「とりあえず人が住んでる場所……」
なぜだか猛烈に嫌な予感がしてくる。見渡す限り、何もない。猫柳の話の通りならバスは来るようだが、そのバス停が見当たらない。ロータリーにもなっていない。
「あっ、武藤くん、もしかして田舎は初めてかな?」
「まぁ……さすがにここまでのものは……初めてだな」
「じゃあ、いい経験になるかもね」
「不便さの?」
「そんな感じ」
うんうんと笑いながら頷く猫柳を、目を据えて睨む。そんな経験値は要らない。そんなやり取りをしているうちに、バスは駅にやってきた。
次回へ続く!!
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