第4話 猫被り②
新歓の連絡は意外と早くに送られてきた。次の週の土曜日。場所は大学の最寄り駅近くにある居酒屋だ。そこの座敷部分を予約したらしい。
(……そうだ。明日、バイト先に言って土曜休みをもらわないと)
あまり人と深く関わらない武藤は、他に伝えておく相手もいないので、そのことだけを頭に入れてスマホの画面を消す。
入学式前に引っ越してきた、この1LDKのアパートにもすっかり慣れた。ちょうど明日のシフトは午後から入っている。その時に直接話せばいいか。そう考えをまとめると、武藤はリビングの二人掛けソファに寝転がって、大学の図書館で借りてきた小説に目を落とすのだった。
大学での授業と、バイト。そして読書の日々。それだけで武藤の時間はあっという間に流れてしまう。そうして気がつけば、新歓の日は明日に迫っていた。
新歓の場所になっている居酒屋に入ると、それを目ざとく見つけた環が「武藤くーん、こっちー!」と大声で手招きをしてきた。だから大声で呼ぶのはやめていただきたい。……とは思っても、頼んだところできっと無理なのだろうと武藤は諦めた。彼女のそれはもう性格なのだろう。
ぺこりと頭を下げて座敷に上がる。座敷は畳に座布団だが、そこは掘り炬燵になっていた。結局椅子だな、と、にべもないことを考えつつ空いている席に座ると、近くの名も知らぬ部員がメニューを手渡してきた。ドリンクは好きに選んでいいらしい。
そういえば……と見回したところ、あの説明会の後に入部したのは2人だけだったようだ。自分も含めれば3人か。
「さて、そろそろ時間だから始めるか?」
「待った待った部長!まだ1人足りない!」
「あー……遅刻か?」
「連絡はきてないけど……あっ!」
柿原と話していた環が居酒屋の入店音で顔を上げ、ぱっと顔を輝かせる。男が一人、座敷まで駆け足でやってきて、ぜーはーと肩で息をしながら「間に合ったぁ!」と声を上げた。茶髪の猫っ毛が印象的な男だ。
「遅いぞ、1号!遅刻ギリギリなんて生意気な!!」
「勘弁してくださいよ、これでも俺、超走ったんっすよ!!つか、1号ってなに?」
「部員第1号だから、1号だよ」
「なるほど。……ってか超どうでもいい!!そのあだ名はやめて!!」
「罰として今日だけはずっと1号と呼んでやる……ふふふ」
環の言葉に苦笑を見せて、その男は武藤の向かいに座った。単に空いている席がそこしかなかっただけだ。武藤はメニューの中から無難にウーロン茶を選ぶとメニューを向かいの男に手渡した。
向かいの男はメニューを見て、それから武藤を見る。そして小首を傾げた。ああ、そういえば言葉が足りていなかったか。
「ドリンクはメニューから好きに頼んでいいらしい」
「そっか、ありがとね」
にこりと人好きのする顔でメニューを受け取ると、男はさっそくドリンクを選び出した。動くたびに明るい茶髪がフワっと流れて、少しだけあちこちに跳ね散らかっている。そういうヘアアレンジなのか、走ってきて乱れたのかは分からないが。その男は隣の席にいた女子に「ねぇ、なに頼んだ?」などと声をかけている。さっそくナンパだろうか、ご苦労なことだ。
「じゃあ、全員揃ったようなので、歓迎会を始めたいと思う。まずは乾杯をして、順に自己紹介をしてもらおうかな。ドリンクは揃ったか?」
「はーい、じゃあみんなジョッキ持ってー!」
柿原と環の言葉に従い武藤は届いたウーロン茶を手にする。向かいの男はいつの間に注文したのか、ジンジャーエールを手にしていた。
「では、新入部員の加入を祝って、乾杯!!」
「「 かんぱーい!! 」」
みんなで声をあげて、ジョッキをぶつけ合う。ちなみに今回参加している人数は先輩も含めれば12人もいる。1人くらい何も言わなくても平気だろうと、武藤は面倒になって乾杯は口パクで済ませておいた。
自己紹介は部長から順に年上から始められた。現在4年生なのが柿原を含め2人。3年生が環を含め3人。2年生も3人。そして1年生、つまり武藤を含む新入部員が4人。今回は全員集まれたということなので、これで文芸サークルの全員が揃ったことになる。
「さて、じゃあ新入部員のみんなの自己紹介をしてもらおうかな。そうだな、右側に並んでる2人からいこうか」
部長の言葉で自分がいる側だと知り、武藤は心の中で小さく舌打ちをした。この時間が一番嫌いなのだ。先に、自分の隣の男が起立して自己紹介を始めた。
「社会学部1年の鈴木貴之です。小説を書くのは趣味ですが、いつかプロを目指せるようになりたいです。目指せ夢の印税生活!というわけで、よろしくお願いします!!」
鈴木の自己紹介の後にパチパチと部員たちの拍手があって、彼は着席した。次は武藤の番だ。軽く吐息を零すと渋々立ち上がる。
「法学部1年の武藤です。俺は読み専でして、皆さんの作品を読ませていただきたくて入りました。よろしくお願いします」
そう淡々と告げると、武藤は周りの拍手も待たずに着席した。その次は左側の2人だ。内側に座っていた女子が立ち上がる。
「坂本彩花といいます。えっと……教育学部1年です。エッセイとか、詩とか、そういうのを書いてみたいと思ってます。よろしくお願いします」
そうして彼女がぺこりと頭を下げると拍手が起こり、恥ずかしそうに坂本は席につく。
そして、その隣……武藤の向かいに座っていた男が立ち上がった。
「都合悪くて説明会行けなくてすみませんっした!文学部1年の猫柳です!気軽に“猫”って呼んでね、よろしくでっす!」
その明るさと元気な声に周りのテンションが上がったのか、なぜかこの時だけ「次遅刻は罰金な!」「いや、次の文芸誌の印刷代を猫持ちにしよう!」などとヤジが飛ぶ。それを困った顔でまあまあといなして、猫柳はストンとその場に座った。
「じゃあこれで自己紹介は全員終わったな!好きなだけ飲んで騒いで、友好を深めてくれ!いきなりだがもう今日は無礼講だ!!」
柿原の言葉にわっと場は盛り上がり、それぞれ好きなように近くの者と話し始めた。自分の隣の鈴木という男は、反対隣に座っている2年生の先輩と何やら盛り上がっているようだ。自分に話しかけられるよりよっぽどいい。
ふと向かいを見ると、猫柳が隣の坂本と喋りつつも、近くの先輩の話にツッコミを入れたりと実に忙しそうだった。しかし楽しそうにも見える。
ふと、ある会話が耳に入ってきて、予期せず盗み聞きのような形で猫柳の言葉を聞いた。文芸サークルらしくいろんな作家の話を各々グループでしているのだが、とある作家の崇拝側とアンチ側がこの場にいるようで、驚くことに猫柳はどちらの会話にも滑らかに混ざったのだ。器用なものである。
武藤は思わず猫柳に視線を向けた。その振る舞いが理解できなかったのだ。この男はただ明るく気さくなイケメンではない。いわゆる“八方美人”というタイプだ。都合のいいように相手の話に合わせ機嫌を取りながら笑い合う。
それが駄目だというわけじゃない。ただ、武藤はその手の人間が気に入らないだけだ。勢いでグイっとウーロン茶を呷る。空いたグラスを見て、猫柳が武藤を見た。
「あ、武藤くん、だっけ?飲み物おかわりいる?」
「……そうだな」
「じゃあ、はい、メニュー。言ってくれたら注文するよー」
「いや、それぐらい自分でやる」
「そう?それならいいんだけど」
それ以上は押すこともなく、猫柳はにこりと笑みを見せた。その笑顔が、他のメンバーに見せる表情と寸分の狂いもなくて。
「ふん……猫被りめ。」
出汁巻きを口に放り込んで頬張りながら、武藤はそう呟くともう興味を失くしたように追加の飲み物を選ぶためにメニュー表を開いた。
次回へ続く!!
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