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第3話 猫被り①

 特に問題もなく東都翠陵大学を受験し、合格した。そして入学式も本日、無事に終えた。しかし、式場から外に出た瞬間、武藤の想定していない光景が広がっていた。

 もはやどこの大学でも風物詩といっても過言ではない、『サークル勧誘』をする学生たち。大声で呼びかけたり、あちこちで笑い声が聞こえてくる風景が、どこかコミケのざわめきを思い出させた。

 黒縁眼鏡のブリッジをくいと指で上げ、特にうるさく誘ってくるスポーツ関係のサークルを全部無視して、それでも周囲を見回しながら校門に向かって歩みを進める。その最中で、目当てのサークルを見つけた。


「文芸サークルでーす。よろしくお願いしまぁーす!」


 他のサークルに比べるとあまりにもささやかで、チラシを配っている先輩が2人いるだけだ。だが、武藤は迷わずそこに向かって行く。

「すみません、1枚いただけますか?」

「えっ?あ、はいっ!文芸サークルに興味あるのかな?」

 細い銀フレームの眼鏡をかけた女性が武藤に向かって朗らかに笑いかける。チラシを受け取って、武藤は内容に目を通しながら答えた。

「あの……俺、読み専なんですが、いけますか?」

「え?」

「自分で書いたことはないんです。ただ、皆さんの作品を読みたい、そう思ってます。それでは入部資格に足りませんか?」

「そんなことないよ!!」

 ぶんぶんと首を左右に振りながら、その女性……文芸サークル副部長である環《たまき》 律子《りつこ》はにっこりと笑顔を見せた。

「文芸にまったく興味がないならちょっと困るけどね、でもそうじゃないでしょ?むしろみんなの作品読んでくれるなら嬉しいよ!是非講評してほしいし!!えっとね、来週の月曜日に説明会をやるから、良かったら来てほしいな。時間と場所はチラシに書いてあるからね」

「……あ、本当だ。分かりました」

 チラシを再度確認してから、武藤はそれを肩にかけていたメッセンジャーバッグにしまい、環にぺこりと頭を下げてから、今度こそ外に出るために校門へと向かった。その背中に「新入部員確定1名様ゲットー!!」と叫ぶ環の声が聞こえてくる。

 できれば暫定と言ってほしかったが。そんなにも自分は入部する気満々に見えたのだろうか。少し恥ずかしくなって、武藤は頭を軽く掻いた。




 翌週の月曜日、武藤は文芸サークルの説明会のため、指定されていた場所に赴いた。

 中を覗いてみると小さな教室で、中には説明会の準備をしている先輩たちと、すでに席について待っている数人の1年生。自分も含めると5人といったところか。しかしこの説明会の後、ここにいる他の4人が入部意思を見せるかどうかは分からない。

「あっ!あの時の子だ!!来てくれたんだね!」

 そろっと入って静かに席に座ろうとしていたのに、環に目ざとく見つけられ、さらには大声で呼びかけられ、全員の視線が急に自分に向いてしまう。それに武藤は、眉間にしわを寄せた。

 ぺこりと環に向かって頭を下げると、武藤は黙ったまま近くの席に腰かける。自分の後に人が入ってくることはなく、時間が来たので説明会が始まった。



「はじめまして、文芸サークルの部長、柿原《かきはら》圭介《けいすけ》だ。文学部の4年生になる。今日は来てくれてありがとう」

「はじめまして、私は副部長の環 律子です。私は経済学部の3年生。文芸サークルは趣味の一環でーす」



 まずは部長と副部長が名乗り、文芸サークルの活動内容の説明が行われた。

「まずは、これを見てほしい」

 そう柿原が言っている間に、環がささっと文芸誌を1冊ずつ新入生に配っていた。武藤が表紙を見て首を傾げる。去年の冬のコミケでも文芸誌は購入したが、その時とは装丁が違っている。

「これは一番最近に作成した、我がサークルの文芸誌だ。今年卒業していった先輩たちの卒業制作ともいえる。もちろん、寄稿は我々も含めた部員全員が対象だ。文芸誌は夏と冬、そして翌年の春の3回作成し、冊子化している」

「だけど、寄稿は強制じゃないわ。最初はこの文芸誌を読んでみて、書いてみたいって思った時に筆を取ってくれたらそれでいいの。読むだけでもいいわよ、みんなで読んで、作品の講評や感想を言い合うのも、サークルの醍醐味なの」

 ……卒業制作。そんな冊子があるなんて知らなかった。ぺら、と武藤が何気なく目次を開いてみる。10数名の名前が連なっている中、それでもそこに東雲朔夜の名前はなかった。よく考えれば当然だ。載っているとしたら『前年』のものでなければおかしい。

 そこまで考えて、武藤の背がぞくりと粟立った。もしかしたら、昨年、その前と遡れば、この卒業制作なる冊子にも東雲朔夜の小説が載っているかもしれない。


(俺がまだ知らない小説が、きっとある)


「あとは夏と冬のコミケに文芸ジャンルで出展している。まぁ、締め切り前は……ご想像に違わぬ修羅場になってるが、なんだかんだでみんな気楽に、でも真剣に楽しんでいる。良かったら俺たちの仲間になってほしい」

「今から入部届を配るけど、これはあくまで渡すだけ。別に今記入する必要はないよ!よく考えて、興味が湧いたらサークル棟に顔を出して、提出してくれたら嬉しいかな。来週末には新歓コンパをしようと思ってるから、連絡先は入部届を出してくれた時に交換しましょう」

 2人はそう言っていたが、武藤の気持ちはもう決まっていた。ペンケースからボールペンを取り出す。

「渡した文芸誌は、是非持ち帰って読んでみてほしいかな。面白そうって思ったら気軽に来てみてね」

「では、質問がなければこれで終わりにしようか。みんな、今日は貴重な時間をどうもありがとう。解散!」

 部長の号令で、参加者の1年生が文芸誌と入部届をカバンにしまい、順に「ありがとうございました」と伝えながら部屋を出て行く。武藤は最後になってしまったが、同じように冊子をメッセンジャーバッグにしまうと椅子から立ち上がり、1枚の紙を手にしたまま部長の元へと歩いていった。

「あの、柿原部長」

「ん?」

「今、入部届を出しても構いませんか?」

「……え?いいのか?後でも構わないんだぞ?」

「構いません。もう決めてたので」

「そうか……じゃあ、受け取らせてもらうよ。ようこそ、我が文芸サークルへ!」

「ほら、やっぱり確定の希望者だったー!!」

 武藤と柿原の隣で、環が嬉しそうにクルクル回っている。目が回ったのか、その回転がよたりと止まったところで、彼女はスマホを取り出した。

「じゃあ、新歓の日時と場所が決まったら連絡するから、LINE、交換してもらっていい?文芸サークル用のグループLINEもあるんだけど、それは新歓が終わってからね」

「分かりました」

 こくりと頷いて、武藤も携帯を取り出すと部長と副部長、それぞれと連絡先の交換をし、ぺこりとお辞儀をしてから部屋を後にした。

 残った柿原と環は、ふふ、と入部希望の紙を眺めて笑う。


「部員第2号は、武藤くん、か」





次回へ続く!!

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