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第2話 プロローグ②

 それから毎年、武藤は夏と冬のコミケに行くこととなった。もちろん、東都翠陵大学文芸サークルの本を買うためだ。せっかくだからと他にもいくつか買うが、入場して一番最初に訪れるのは、東都翠陵大学のサークルだった。

 最初に武藤にコミケを教えた友だちは、また違うジャンルがお目当てだったようで、「壁サーだから売り切れ前に急いで行かないと!」と言っていた。壁に沿った机の周りは、なるほど確かにと思わせられるような混雑ぶりで、行列までできているのだ。

 しかし自分が向かうのは、友だちいわく『島中』といわれる場所らしい。すぐに完売になるようなことはないそうだが、それでもお目当ての本が売り切れていたら、それはかなり――いや、相当残念なことだろうと思った。

 武藤は毎回数冊の文芸誌を買うが、東都翠陵大学の本はいつも最後に読むようにしていた。好物は最後まで取っておくタイプではないのだが、東雲朔夜の小説を読むのは最後に回したくなるほど、不可思議な手触りを強く感じられるのだ。たくさんの『つるり』のあと、締めに『ざらり』を味わう。まるで食後のデザートのような扱いだ。

 だが、それがデザートではなくメインディッシュになるには、そう時間はかからなかった。

 つまりそれが――――


 武藤にとっての“恋”の始まりであり、相手が“小説”だったのである。





 高校3年生の夏のコミケ。そこでいつものように手に入れた東都翠陵大学の文芸誌。いつものように家に帰り、いつものように文芸誌を順に読み進める。

 最後に残した一冊。東都翠陵大学の文芸誌を開く。そして、最後まで読み終えたとき、武藤の中に違和感が生まれた。


(――――いつもの『ざらり』が……ない?)


 ページを繰り、もう一度確かめる。そして、その確認は目次の作家欄に移る。

 それらのどこにも「東雲朔夜」の名前が――――ない。


(東雲朔夜の小説が……載ってない?)


 これは武藤にとって想定していないことだった。これまでの4年間、一度だって欠かしたことはなかった。しかしそこで武藤はあることに気がつく。4年という時間だ。

 普通の4年制大学であれば、よほどのことがない限り卒業となる。だが、大学院へ進むという進路もあるので、夏だけ休筆した可能性だって捨てきれない。




 冬のコミケまでの間は、過去の作品を読み、あの独特の感覚に触れ続けていた。この『ざらり』の本質はなんなのだろう?なんて考えてみたりもした。

 今までフィクション小説の手触りはすべてつるりとしていた。フィクションという虚構で固めた、作家の意図も感情も出さないコーティング。

 それで、ふと武藤は思いついた。もしかしてこの『ざらり』は……。しかしあり得るのか?フィクションに作者の感情が見えている、なんてこと。冒険小説なんてどう考えてもフィクションだ。作家の感情が漏れ出しているなんてことが……。


(――――東雲朔夜だから、か?)


 彼にしか出せない技巧なのだろうか。文章の端々に感じる感情の漏れ。それがつるりの内側から見えてでこぼこになり、ざらりとした手触りになるのか。ならば、今まで楽しんできたざらりとした手触りは、東雲朔夜の『感情』で、自分はそれに『恋』をしたことになってしまう……のだろうか?


(嘘だろ……?)


 しかし、武藤は東雲朔夜という作家自身には、ほとんど興味がなかった。あったのはあくまで作品への興味。だから、たとえば作家本人に会ってみたい、などと思ったこともない。


 だけど、もし、これが“そう”なのだとしたら?


 それを確かめるためにも冬のコミケへと向かったが、その時の新刊の目次にも東雲朔夜の名前を見つけることはできなかった。





 それでもコミケでは何冊か文芸誌を購入し、家に帰ってから、それらはひとまず自分の机の端へと追いやられていた。自宅の1階からは「大掃除を手伝え!」という母親の声がしていたが、それも耳に入らないほど、武藤は思考の海に沈んでいた。

 なぜ、今年になって東雲朔夜の小説が載らなくなったのだろうか。この4年間は欠かさず載っていたというのに。


(……やっぱり……)


 そうなのか、と思い至った。通常の4年制大学で問題なく過ごしていたのだとすれば、今年の春に卒業していたはずだ。もしかして、東雲朔夜は、卒業してしまったのかもしれない。

 可能性としては、それが一番高い。しかし大学院に進んだ可能性だってあるし、まだ残っている可能性も捨てきれない。諦めきれない。

 要するに、自分はまだ『東雲朔夜の小説』を読みたいのだろう。


(もしかしたら、)


 視線を机の上に置いてあるA4の用紙へと向けた。そこには、『大学受験希望申告用紙』と書かれている。

 本当に東雲朔夜が東都翠陵大学に在学していたとしたら、その痕跡が残っているのではないか?未発表だった原稿を目にすることができるのではないか?

 志望校の紙を見下ろす。武藤は少し迷ってから、ペンを取った。


『東都翠陵大学』


 他にも書いていた志望校に追加で1校、そう書き足す。



 東雲朔夜の小説の痕跡を辿りたかった。




次回へ続く!!

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